9 教皇と面談したアーデルハイト
みなさま、いかがお過ごしでしょうか。
わたくしは現在、アイゼン王国王都教会へと来ております。
教皇様との日程の調整が終わり、本日、面談となったのですが、場所は教会の応接間から場所を移して、面談室でとなりました。
というのも、わたくしの右手の甲に現れた模様については、出来れば面談室でお願いしたいと、教皇様からご提案がございまして、寄進を渡し終えた後に大司教の案内でそちらへと移動することになったのです。
面談室というのは、そこで話したことは一切、外に出すことはしないという決まりのある部屋でして、人生の相談であったり、懺悔であったりと、どのような内容でも構わないのですが、面談室に入った時点で立場は貴賎を問わず平等ということになります。
大司教の案内で、教皇様がお待ちになられている面談室の扉の前までやって来ました。
扉の前には、教皇様の護衛である聖騎士が守りを固めており、大司教が「面談予定のお方がお着きになられたので、取り次ぎをしてください」と告げると、聖騎士が扉をノックしました。
わたくしの到着を告げると、中から「どうぞ」という男性の声が聞こえました。
それほどお年を召した声ではなかったので、教皇様はまだお若いのかしら?
聖騎士が扉を開けてくれたので、面談室の中へと入ると、ラピスラズリのような青い髪を結い上げ、白く透き通るような瑞々しい肌に、バサバサと音が鳴りそうなほど濃く長いまつ毛に縁取られたオレンジ色の瞳は、嬉しそうに潤んでいるようでした。
彼の顕になった額には、教皇であることを示す薄紅色の花の模様がございましたので、このお方が教皇様なのですね。
面談室には、ソファーとテーブルのセットがある以外に調度品などはなく、とても簡素な設えなのですが、わたくしは、この部屋にとても見覚えがございました。
わたくしが死ぬ前のとき、教会へ寄進をしに行った際に通されていた部屋と、今いる面談室が全く同じなのです。
寄進をしに行ったのであれば、教会の応接間へと通されるはずですので、わたくしは通されていた部屋が応接間だと思い込んでいたのですが、どうやら違ったのですね。
先程まで大司教と共にいた部屋は、華美ではないけれど年代物の調度品が置かれていましたし、案内されたときも「応接間へとご案内いたします」と言われましたので、あちらが応接間だったのでしょう。
つまり、死ぬ前のわたくしは、寄進の際に面談室へと通されていたのです。
わたくしが面談室にするように指示を出したことはないので、側近だった者たちが勝手に面談室で対応するようにと手配していたのでしょうけれど、王都教会へは寄進をしに年に数度は訪れていたので、周りからすれば頻繁に面談室に通う王太子だと思われていたのでしょうね。
人生に迷って聖職者に縋る王太子だなんて、不安でしかありませんわ。
でも、死ぬ前のわたくしは、人生に迷うどころか思考が停止しているようなものでしたけれどね。
教皇様から、「どうぞ、お掛けください」と声をかけられましたので、促されたソファーへと座りました。
普段なら座ることのないような固いソファーですが、死ぬ前のときには幾度となく座っておりましたので、全く問題ございませんわ。
「僕のことは、教皇とお呼びください。教皇となった時点で
「はい、かしこまりましたわ、カリオ。わたくしのこともアーデルハイトとお呼びくださいませ」
「はい、アーデルハイト」
「あの、もしかして、教皇様が面談室に入られることは、ないのではありませんか?」
「ないですね。教皇が面談室へと入るのは、祖となる王の証を確認するときだけですから」
教会の階級は、教皇、大司教、司教、司祭、となっておりまして、教皇は世界で一人だけ、国ごとに大司教は7人、司教は国の規模や広さによって変わりますが、アイゼン王国には32人、司祭は教会の数だけおります。
面談室にて、相談を受けたり、懺悔を聞いたりするのは、司教までで、大司教は王族への対応以外は教会に関する業務のみで、信者へ対応している余裕はないそうなのですが、国内に7人しかいないのであれば、信者への個別対応などしていられませんものね。
大司教が面談室へと入る時間など取れないのですから、世界に一人だけの教皇様となれば、更にそのような時間は取れないと思ってお尋ねしてみましたが、時間云々ではなく、祖となる王の証を確認する以外に入ることがないとは、驚きました。
祖となる王の証などといったことが、世間に浸透していないようですのに、教会では普通に知られている。
そのことを
「尋ねられれば答えはしますが、目指してなれるものでもないことから、説いて回ったところで、どうにもならないのですよ」
「なるほど。でも、誰も知らないのに、祖となる王の証を持つものが現れ、『王になります』と言って、周りは受け入れるものなのでしょうか?」
「ふふっ、神様がお認めになられたのです。知らずとも周りは王として戴くものですよ」
「そういうものですか」
「そういうものですよ」
お忙しいでしょうから、雑談はほどほどにして、わたくしは、右手の甲に現れた模様を確認していただくことにしました。
スルリと手袋を外し、
ほんのしばらく、その状態でいた
そこまでは良かったのですが、
不快な感じはしないのですが、どうしたら良いのでしょうか。
「あ、あの、カリオ?」
「はい、何でしょう?あ、すみません、女性の手にいつまでも触れていては、いけませんでしたね。不快な思いをさせてしまいました」
「い、いえ、そのようなことはございませんが、その……」
「ええ、何でしょう?」
「あ、あの、何だか、その……。カリオ、"おじいちゃん"みたいですわよ?」
「…………それは、何とも。……えぇ?おじいちゃん?」
「そ、そのっ、手の触り方というのか、その感じが、孫を愛でる"おじいちゃん"のようで……」
わたくしには、祖父との交流はございませんので、そういった経験はないのですが、年配の男性が優しい笑顔で、幼い子の手をポンポンと撫でていたり、揺らしていたりと、そのようなことをしていたのを見たことがありました。
その様子をセラ様が、「お孫さんかしらね?」と、微笑ましいものを見たと、目を細めておられましたので、そのときの光景と今の
さすがに失礼かと思い、謝罪しようとしたのですが、
しばらく声を抑えて笑っておられたのですが、やっと落ち着いたのか、「急に、ごめんね。そんなこと言われたことないから、おかしくて……」と、涙の滲んだ目尻をそっと拭いました。
「アーデルハイト。これから困難な状況に陥ることも出てくると思います。でも、これだけは忘れないで。あなたは神様に認められた王であるということを。誰に何を言われたとしても、あなたが王なのです」
「……はい」
「戴冠式には、是非とも呼んでくださいね。あなたに王冠を載せる大役もありますが、あなたの晴れ姿を楽しみにしているのですから」
「ええ、もちろんですわ。よろしくお願いいたします」
とても温かく、胸の内から溢れ出る喜びに涙が流れそうになり、慌てて止めようとしたのですが、そのまま受け入れるようにと言われてしまいましたので、流れる涙をそのままに、温かさに浸りました。
何故か
そうなると、もしかしたら
わたくしは、ついでだからと気になっていたことを尋ねてみたのですが、お答えはいただけませんでした。
「やはり、教皇様がどちらへ赴かれたのかということは、教えてはいただけないものなのですか?」
「そうですね。どこの国にいても僕がすることは、祖となる王に関して以外は同じです。そして、政治に関わらないとしていることから、僕がどこに居て、どこに赴いたかも口にすることはありません」
「なるほど」
教皇様は、世界を巡るということでしたので、テルネイ王国にも赴いていらっしゃるのかをお聞きしたかったのですが、まさか政治に関わらないという範囲に、どこに赴いていたのかの情報も含まれるとは思いませんでした。
「アーデルハイト。あなたが頑張っていることは、この国に入って幾度となく耳にしました。とても、素晴らしいことです。しかし、あなたは、まだ未成年なのです。ときには子供らしく過ごすことも大事ですよ。いずれ、嫌でも大人になっていくのですから、ね?」
「はい、……そうですわね。あの、……子供らしくとは、どのように過ごせば良いのでしょうか」
「お友達とお茶をしながらお喋りをしたり、遊びに出掛け……るのは無理でしょうか。王太子という立場ですと、出来ることが限られてきますね。ああ、でも、イタズラはいけませんよ。子供らしくとはいえ、イタズラをしてはいけません。良いですね?」
「イタズラ……。思ってもみませんでしたわ」
「いえ、ですから、イタズラはいけません。ダメですよ?」
「ふふふっ、ええ、大丈夫ですわ。お約束いたします、イタズラはしません」
「よろしい。……ぶふっ、あはははは!教皇と王太子の約束が"イタズラをしない"だなんて、初めての事でしょうね、きっと」
「んふふっ。え、ええ、きっとそうでしょうね。ふふっ」
次に会うのは、わたくしの戴冠式になります。
この後、アイゼン王国王太子アーデルハイトが祖となる王の証を得たことを承認する証書を書き上げて、出来上がり次第、送ってくださることになりました。
教皇様に子供らしく過ごしなさいと言われてしまいましたが、死ぬ前のときは子供でいることを許されず、今回は、既に中身が成人しており、子供らしくといったことが、どういうことなのか分からなかったので、お友達を呼んでお茶会を開いてみることにしました。
参考になればと思ったのですが、子供らしさとは、何かを参考にして行うことなのか疑問は残りますけれどね。
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