8 情報を整理するアーデルハイト
陛下の執務室横にある私室から、王太子宮にある自室へと戻ってまいりました。
今回のお話と今までのことを整理しながら歩いておりましたが、前方を歩くヴァルター卿の後ろについて行くだけだからこそ出来ることですわ。そうでなければ、考え事をしながら歩いていて柱や壁にぶつかってしまうもの。
王妃に次の子が望めないことと、生まれた第二子のロザリンドの身体が少し弱かったことで、陛下は早々にアーデルハイトを立太子させたのでしょうけれど、それは、側室を娶って、その側室が王子を産むことで、貴族間の勢力図が変わることを危惧したためだったと思われます。
アイゼン王国が
陛下自身の目でアーデルハイトのことを確かめなかったのは、側近や教師陣を信頼していたからなのでしょうけれど、恐らくロザリンドの魔眼も影響していたのだと思うわ。
私だけを見て。
私だけを愛して。
そんな感情が無意識に働き、陛下の思考能力を奪っていた可能性もあります。
それに、国の存亡が懸かっているのに、その期待を寄せているアーデルハイトが使い物にならないという情報からの焦燥感もあって、余計にアーデルハイトに対して憤り、厳しく接していたのでしょう。
思考能力の低下によって、アーデルハイトが幼子であるということも頭から抜けていたのではないかしらね。
死ぬ前のとき、テルネイ王国王女であるセラフィマ様を受け入れたのは、テルネイ王国と同盟を結ぶことで、アイゼン王国の存続を確かなものにしようと、信頼していた側近たちから進言されたことによって、決断されたのでしょうけれど、その側近たちが裏切り者だったのですから、目も当てられませんわ。
恐らく、陛下はロザリンドの魔眼による影響で、思考能力の低下を起こしていたこともあって、周りにいいように進められてしまったのかもしれません。
ヴィヨン帝国先代皇帝陛下の夢見に関することですが、夢で見た未来は変えられないことから、それを正確に伝えても問題ないと、アイゼン王国が今代で終わるといったことを
夢見で見た未来を絶対に変えられないのだという自信があるからこそ、教えたのでしょうけれど、善意によるものとは思えませんね。
アイゼン王国国王が変えられないものを知らされて足掻く姿をニヤニヤと嗤っていたに違いありませんわ。
お父様は、教えてくれたヴィヨン帝国の先代皇帝陛下に思うところはなさそうですが、人がよすぎます。
お父様の行動原理が分かったところで、胸につかえていた重たいものが少しスッと消えたような気がしますが、その代わりにお父様が解任した国王付きの側近たちへの苛立ちが増えましたわ。
まあ、そうは言いましても、王という地位にいるのですから、側近たちの実態を見抜けなかった己が悪いのでしょうけれどね。わたくしも含めて、ですけれど。
ということで、一緒に戻ってきたヴァルター卿に席を勧め、マヌエラにはお茶を用意してもらいました。
「ハイジ殿下、少々気になることがあるのですが、お時間よろしいですかな?」
「ええ、構いませんわ。……マヌエラ以外は退室してちょうだい」
「かしこまりました」
何やら人を排してのお話を希望されておられるようでしたので、そのように致しました。
立場上、いくらヴァルター卿といえど男性と二人きりになるわけにはいかず、マヌエラだけは残しましたが、彼女ならば居ても大丈夫でしょう。
「あのですな、ハイジ殿下」
「ええ、何かしら?」
「少々気になることがございまして、先程からずっと考えておったのですが、この仮説が確かだとした場合、ヴィヨン帝国の先代皇帝陛下は第二王女殿下を使うおつもりだったのではないかと思いましてな」
「はい?」
「
「どうして……あっ、もしかして、証を持つ者、もしくは、その素質があるものには魔眼が効かなかった……?」
そうなると、ヴァルター卿のお家も証の素質を持っていることになるのではないかと思い尋ねてみると、ヴァルター卿の家系に魔眼が効かないのは、幼少期からの訓練によるものであることが分かっており、王たる証とは関係ないのだとか。
国のために動き、国のために動く王に仕える家系であることから、国に混乱をきたさないためにも、状態異常に掛からないように幼少期から訓練することを義務付けられていたのですが、恐らく魔眼のことがあったために、それに対抗できるようにと、綿々と紡がれてきたのだろうということでした。
そこで、わたくしは、ハッとしました。
恐らく王たる証を持っていたであろうセラ様は、ロザリンドの魔眼が効かなかった。
そこから推察し、アーデルハイトにも魔眼が効いていないとなると、アーデルハイトが王たる証を持っているか、それが開花する間近であり、このまま行けばそのうち王たる証が現れる可能性があると判断された。
それは、つまり、祖となる王の証である可能性が高かった。
だから、わたくしは、冤罪をかぶせられて処刑されたのですね。
祖となる王が誕生してしまえば、テルネイ王国は国の奪還が叶わなくなってしまうから。
でも、セラ様は、国の奪還よりも祖となる王の誕生を望まれたから、わたくしの時を戻したのかしら。
セラ様、わたくし、やりましたわよ……。
わたくしがセラ様に思いを馳せて感謝していると、ヴァルター卿が「つまりですな、王たる証を持っているヴィヨン帝国先代皇帝陛下にも魔眼は効かない可能性が高いのです」と言い、わたくしの思考をセラ様から現実へと引き戻しました。
「そうですわね。帝国の、先代とはいえ皇帝をしていた人物ともなれば、いくら魔眼を持っていようと小娘のロザリンドをいいように転がすことなど、造作もないことだったでしょうね」
「恐らく、第二王女殿下は、裏を読むようなことや、政治的な取引のやり方など学んでおらんかったでしょうからな。ハイジ殿下を過去へと戻したのは、帝国が覇権を握ることを阻止する目的もあったのかもしれませんなぁ」
「そうね……。ええ、そう思う方が、気持ちとしては楽ではあるわね。先代皇帝陛下がロザリンドの持つ魅了の魔眼を使って大陸統一を目論んでいて、それを阻止するためだった。私的な感情でわたくしを生き返らせるようなことをしたのではなく、国のためを思ってしたのだとすれば、心は少し軽くなりますもの」
仮に、そういうことなのだとしたら、ロザリンドの魔眼を帝国にだけは知られるわけにはまいりませんわね。
今のところロザリンドは、周囲を固めてさえおけば、大人しく王宮にいてくれていますから、その間に魔眼を抑えるのと防ぐ魔道具の精度を上げていければ何とかならないかしら?
まあ、そこは、わたくしが頑張るところではございませんので、マヌエラ達に任せましょう。
わたくしの右手の甲にある模様を教皇様に祖となる王の証なのか確認をしていただく、ということなのですが、教皇様にその依頼の手紙を出すのは、国王であるお父様ではなく、わたくし自身がやらなければなりません。
これが祖となる王の証だとすると、わたくしが初代となりますので、アイゼン王国国王であるお父様が出すわけにはいかないのだそうです。
お父様が国王になったばかりの頃に教会にて、王たる証の話を聞いた際に、そのように言われたそうですが、確かにそう言われますと、なるほどと思いますわね。
ちなみに、教皇様というのは、世界各地にある全ての教会で一番偉い人という認識で良いのですが、その一番偉い人がどこにおられるのかと言いますと、それは、分かりませんの。
というのも、教皇様は、世界各地にある教会を巡っておられるため、1ヶ所に長く留まることは滅多にないのだそうです。
命ある限り、そうやって世界を巡って、人々に手を差し伸べていくことが教皇たる地位にいるものの使命とされており、私欲を満たすようなことや犯罪に手を出してしまうと、その地位は神様によって剥奪され、咎人の烙印をおされてしまいます。
教皇様の額には、薄紅色の花弁をした花の模様が現れているそうで、地位を剥奪された場合、その模様が逆さになり真っ黒になってしまうので、すぐに分かるのだとか。
さて、王都にある一番大きな教会、アイゼン王国王都教会へ、祖となる王の証らしき模様が現れたことについて、教皇様のご意見をお伺いしたい旨を認めた手紙を出しましたところ、教皇様からお返事をいただけました。
教皇様は、わたくしが教会へと手紙を出した翌日に到着されたそうで、こちらの都合の良い日に、わたくしの右手の甲にある模様を確認したいということでした。
なんという偶然なのかしら。
本来ならば、これが神様のお導き、などと思うのかもしれませんが、わたくし、神様がお暇だとは思えませんので、偶然で片付けますわ。
たかが一人の人間のことなど、神様は気になどしておりませんし、祈ったところで、縋ったところで、何も起きないもの。
わたくしを救ってくれたのは、神様でも、教会でも、教皇様でもなければ司祭でもない。
セラフィマ様という、美しくて、優しくて、慈悲深く、愛に溢れた、母であり、姉であり、友でもある、たった一人の家族が、わたくしの全てを救ってくださったのだと、そう思っております。
まあ、今はお父様とお母様も家族だと少しは思えるようになりましたが、ロザリンドに関しては、会ったのが5歳のときに一度だけですので、何とも言えませんわね。
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