7 陛下と話をしたアーデルハイト
紡がれた言葉に固まっている間に、様子が落ち着いた陛下は、どういうことなのか話してくださいました。
それによると、王には王たる証が必要で、アイゼン王国の王家には、その証を持つ者が生まれたことは、今まで一度もなかったということでした。
証を持つ者が生まれたことはないけれど、"人々に好かれやすい"能力持ちが生まれてきたことはある。
その能力持ちがロザリンドなのではないかと、期待していたのだと語る陛下は、「あれの能力は王たる証ではなかったのかもしれぬな……」と、寂しげに笑い、わたくしの右手のコレが王たる証であれば、ロザリンドのアレは何なのか、という話になりました。
そこで、わたくしのそばで控えていたヴァルター卿が、陛下から発言の許可を得て、言い伝えを語ってくださいました。
ええ。言い伝えです。古い、古い、言い伝えですわ。
「陛下。儂らは訓練により状態異常にかかり難く、精神的にも強い家系です。それを活かし、昔、とある特殊個体の魔物を討伐したことがあるそうなのです」
「特殊個体だと?」
「はい。その特殊個体の魔物は、魔眼を使い他の魔物を支配下に置いていたのです。そして、その魔眼が効かない儂らの先祖が討伐したのですが、その後、その魔物の魔眼は処分されたことになっていたそうなのですが、何者かが持ち去った可能性があるのだとか」
「……まさか、貴様っ!!我ら王家が能力だと思っていたのは、その魔眼なるものの力だとでも言うつもりか!?」
「陛下。儂は言い伝えを述べているに過ぎませんぞ。魔眼の力だとして、それが
ヴァルター卿ったら、分かりませんからなぁでは、ございませんわ。
アイゼン王国王家が剥奪者で、その魔眼の能力を使ったことはマヌエラから聞いてご存知でしょうに。
それにしても、王の証だなんて、わたくし今まで耳にしたことはございませんでしたが、それは、国王になった者のみが知ることが出来たものなのでしょうか?
そのことを陛下に尋ねてみますと、陛下が即位されたときの即位式にヴィヨン帝国の先代皇帝陛下がご臨席くださり、そのときに「王が王たる証を持たぬまま、その玉座に座ることの重さを知れ」と、先代皇帝陛下は仰せになられたそうです。
それは人払いをしての非公式な場であったとはいえ、即位式という目出度い日にそのようなことを言われ、頭に血がのぼってしまった陛下は、どういう意味かと詰め寄ったのだそうですわ。
「若輩の身で王となり、迂闊な行動をしたものだ。だが、そのおかげもあって、余は消された歴史を知ることが出来た。知ったところで、どうにもならぬ。過去は変えられぬ。帝国から定期的に血を入れたところで、アイゼン王国王家に王たる証を持った者は現れない。元から証を持たぬ者が王になったのだから当然だ」
「その……、証を持った者というのは、王の子に必ず現れるものなのですか?」
「毎回ではないそうだが、それでも曾孫の代までには現れるらしい。ただし、アーデルハイトのような綺麗な模様ではないようだがな」
「3代から4代の間に現れるけれど、不完全な模様の者が多い、ということでしょうか?」
「そうらしい」
つまり、ヴィヨン帝国は、その王たる証を持っているということですのね。
でも、それは証を持った者から生まれた子には等しく可能性がある、ということなのかしら?
「あの、陛下……」
「なんだい?」
「わたくしは王たる証が現れましたけれど、ロザリンドとは同母の姉妹です。ということは、ロザリンド自身やその子にも現れる可能性があるのではございませんか?」
「王たる証をアイゼン王国王家は持たなかったのだから、ロザリンドが王となっても、その子に現れることはないだろう。それにあの子が自力で証を得られるとは思えぬし、何より王など無理だ」
「そうですか。つまり、証を持った血筋の王からしか、証を持った者は出ないということでしょうか?」
「ヴィヨン帝国の先代皇帝陛下は、そう仰せであった。それ以外で現れるのは、祖となる王だけ。アーデルハイト、其方のようにな」
「祖となる……王」
「ヴィヨン帝国の先代皇帝陛下は、証を持っておられるが、今の皇帝とその子たちが持っているとは聞いておらんから、皇子たちのうち誰が皇帝となっても証を持った子がいずれ生まれる」
王たる証を持った王から、証を持つ子が生まれる。
しかし、その証は祖となった王のものよりも薄かったり、欠けていたりするのだとか。
完全で綺麗な模様は、祖となった王だけ。
つまり、自力で証を手に入れた王から生まれた子は、そのおこぼれに与っているだけということなのでしょうか。
そして、陛下がヴィヨン帝国の先代皇帝陛下から伺った話によりますと、証を持った王の血筋とはいえ、王家を出てしまえば証は受け継がれなくなる。
だから、ヴィヨン帝国から皇子や皇女を迎え入れても、ヴィヨン帝国の王たる証を持った者がアイゼン王国王家に生まれることはないのだそうです。
ただし、王たる証を持った者が国外へ出て建国した場合は、受け継がれていくそうなので、テルネイ王国の"時戻し"の能力を持った王族にあるというアザは、王たる証なのかもしれません。
「陛下。ハイジ殿下のように自力で得た者は、勝手に国を興して王となれるということなのでしょうか?」
「……王たる証だ。勝手に国を興さずとも、王となっていくのであろうよ」
「なるほど。そうなりますか」
「だからこその証だ。ということなのでな、アーデルハイト」
「はい、陛下」
「成人と共に即位せよ。そして、国を興せ。アイゼン王国は余で終わりだ」
「っ!!?なっ、何を仰せになられるのですか!!お、終わりだなどと……っ」
「王たる証を持たぬ者が治める国は、終わらせなければならぬ」
「何故ですか!?そんなにっ……、そんなにも証が必要なのですか……?」
「危険な魔物がいる森があるだろう?あれは、元は今ほど危険ではなかったそうなのだ。その危険が増したのは、王が王たる証を持たぬからだと、ヴィヨン帝国の先代皇帝陛下は仰せになられた。もって余の代までであろう、ともな」
ヴィヨン帝国の王たる証を持った者の能力は、夢見というもので、起こる未来を夢で見ることがあるそうなのですが、それは見たいからといって見られるものではないし、内容を選ぶことも出来ないのだとか。
夢で見たものが起こる未来であった場合、王たる証の模様が熱くなるので、それで、ただの夢なのかどうか判断できるそうです。
そして、その夢見で見た未来は変えることは叶わず、必ず起こるとのこと。
ヴィヨン帝国の先代皇帝陛下は、危険な魔物がいる森から魔物が溢れるのと、アイゼン王国王家が今代で終わる未来を夢見で見たそうです。
その話を聞いたヴァルター卿は、「陛下、その未来に起こるとされたことをヴィヨン帝国の先代皇帝陛下からお伺いになられたのは、陛下の即位式のときだけですか?」と、尋ねました。
「ああ、そうだが」
「クックック、なるほどのぅ」
「ヴァルター卿、どうなさいましたの?」
「先代皇帝陛下がその未来を見たのは、ハイジ殿下がお生まれになられる前、つまり……」
「あっ……」
「二人とも、余は除け者か?何を隠しておるのだ……」
「も、申し訳ございません、陛下!」
「ハイジ殿下、陛下にも話して差し上げたらどうですかな?」
今の陛下ならば、話しても問題ないでしょうか……。
わたくしが一度死に、過去へと戻って来ていることを。
話せば長い長い話になるのですが、長く話してしまうと、死ぬ前のときの悔しさや無念さなどを目の前の陛下にぶつけてしまいそうで、思わず淡々と簡潔に、それこそ報告書をあげるように話していました。
それを陛下は真剣に、そして、少し痛ましそうに黙って聞いてくださいました。
粗方話し終えたところで、近衛騎士団長がサッとお茶を入れ直してくださったのですが、その様子に何やら見覚えがございました。
僅かに首を傾げていると、わたくしの後ろに立っていたヴァルター卿が、「彼は、元王宮侍従長であるイグナーツ殿の孫にあたりますぞ」と笑いながら教えてくださいました。
なるほど。近衛騎士団長の佇まいは騎士ですのに、たまに覗かせる所作やお茶の入れ方や出すタイミングなどが、イグナーツ様に似ておられたのですが、彼の孫でしたのね。
近衛騎士団長の母親が、イグナーツ様の娘なのだそうです。
近衛騎士団長のことは置いておきまして、話を戻しましょう。
わたくしは、ちらりと背後にいるマヌエラに視線を向けると、彼女は小さく頷いてくれましたので、テルネイ王国のことも話してしまうことにしました。
ただし、"時戻し"の能力については、伏せますけれどね。
「なるほど。やはり何か裏があるのではと思うていたが、奪還しに来たのだな」
「今のところ、テルネイ王国の王子をわたくしが女王となったときの王配にと望んでいるようなのですが、……わたくしが祖となる王になっていたとして、建国した場合、奪還は出来るのでしょうか?」
「王たる証を継承しただけの者では、祖となる王には敵わないだろうな。王配となって、そこから王子が誕生し、次は国の奪還を、と算段をつけておるのだろうが、アーデルハイトが祖となる王で建国を宣言してしまえば、アーデルハイトが初代国王だ。奪還の名目がなくなる。……いくら奪われた地であったとしてもな」
それを聞き、マヌエラに視線を向けると、嬉しそうにわたくしへと頷いてくれました。
どうやら、"時戻し"の対象になった上に、祖となる王になったわたくしへの好感度がかなりの勢いで上がっているようです。
なんだか、「テルネイ王国?知りませんわぁ、わたくしアーデルハイト殿下の筆頭侍女ですので〜」というマヌエラの心の声が聞こえて来そうだわ。
ウキウキと周囲にお花が舞っているようにも見えるマヌエラは、とても楽しそうでした。
陛下は、難しそうな顔をして、「やはりロザリンドの能力は……、魔物から来ているのか?」と言い、前髪をクシャリと握り、崩してしまわれました。
そこでマヌエラが陛下に発言の許可を求めたため、それを許可された陛下は、彼女の告げた内容に頭を抱えました。
「アイゼン王国王家の能力は"人に好かれやすい"とあった。それが、魔眼によるものだというのか?」
「はい、陛下。テルネイ王国では、それに対抗するための魔道具を開発し、魅了の魔眼の発動を抑えるものを第二王女殿下に、防ぐものを周囲の者に身につけていただいております」
「……それは、余や妃にもか?」
「はい。防ぐためとはいえ、勝手なことをした罰は受けるつもりでおります」
「…………良い。王といえど、余はただの王冠の台座に過ぎんのだ。アーデルハイトのためを思うての行動であるならば、それで構わん」
まさか勝手をした筆頭侍女を、ましてや陛下付きではなく、王太子付きの侍女がしたことをお許しになられるとは思いませんでした。
しかし、今の言葉に近衛騎士団長は不快感を示し、苦言を呈されました。
「陛下。陛下は、証がないことをずっと悩んでおられたことを私は存じ上げております。しかし、今、この国のためを思い、身を粉にして国のため、民のためにと尽くされておられる、そのお心こそが王たり得るのではないかと愚考いたします。証があれば、どのような人物であっても許されるなどといったことは、ないはずですから」
「それには儂も同意しますぞ。しかしですな、このハイジ殿下に現れた模様が祖となる王の証だとして、それを仮に神が決められたのであれば、教会の者たちが常々、説いて回りそうなものに思うのですが」
「あれらは政治と切り離されておるからな。ヴィヨン帝国の先代皇帝陛下から証の話を聞き、教会に赴いたのだが、そこで『迷える民あれば救い、困難に陥れば手を差し伸べる。それだけでございます。教会は、国王に王たる証がなくとも、することは変わりません。それは、国が違っても変わらないのです』と、そう言われた。ただし、祖となる王の証を持つ者の戴冠の儀は、教皇自らが執り行うことになっているそうだ」
王太子が即位して王となるときの戴冠の儀は、現国王が自ら王冠を降ろし、それを王太子へと載せる。
王が急逝してしまい、王太子が即位するときに王が不在の場合は、王の妻である王妃が王太子に王冠を載せるけれど、王妃も不在であれば王の母である王太后が、それも不在であれば最終的に宰相が行なうことになっておりますので、教皇自らが戴冠の儀を執り行うのは、祖となる王が戴冠するときだけなのだそうです。
教会に赴き、そこでそのような話を聞いた陛下は、証があろうが無かろうが既に自身が王として立っているのだから、そういったことなど関係なく国のために尽くそうと思い、今日までそうして来られたのだと、近衛騎士団長は言いました。
陛下は、ヴィヨン帝国の先代皇帝陛下から、魔物が凶暴化し、国が危うくなることを聞かされ、その対策もしていたそうなのですが、ヴァルター卿に言わせると、何の役にも立っていなかったのですよね。
それは、テルネイ王国の過激派たちが邪魔をしていたからなのですが、魔物の凶暴化が原因で危うくなるのではなくて、人的災害とも言えますわね。
「さて、と。教会に問い合わせて、その模様が祖となる王の証であることの確証を得ねばならんな。恐らく間違いないとは思うが、憶測だけで動くわけにもいかぬし、教会のお墨付きがあれば、それは揺るぎないものになる。その後には、周辺国にお披露目会の招待状を送らねばな」
「お披露目会ですか?」
「うむ。祖となる王が誕生したのだとしたら、そのお披露目をせねばなるまい。そこでアーデルハイトがアイゼン王国の領土はそのままに、新たに建国宣言をすることも周知させねばな」
「……どうしても、ですか?」
「どうしても、だ。それと、テルネイ王国の王子については会ってみてから考えるとして、婚約者にヴィヨン帝国の皇子はどうなのだ?」
「お断りいたしますわ。第一皇子殿下は亡命、第二皇子殿下は大公になられる予定、第四皇子殿下は婿入りしてからの陞爵だったはずです。いらぬ恨みは買いたくはございませんわ」
「女の恨みは怖いですからな!」
「あら、ヴァルター卿、わたくしも女性ですわよ?」
「おっと、失礼いたしました!」
第二皇子と第四皇子は女王の王配となれるならば、と思うかもしれませんが、それを婚約者のご令嬢たちや家族が納得するとは思えませんもの。
嫌だと言ったところで、皇帝が決めたことに逆らうことはないでしょうけれど、国政に影響は出てしまうでしょうから、そうまでしてゴリ押しするとは思えませんわ。
だからといって、テルネイ王国の王子と婚約するかと聞かれましても、まだお会いしたことがございませんからね。
それにしても、歓迎会を前にしてこの騒動。
お披露目会の追加となりますと、わたくし、ゆっくり刺繍をしている暇もないのではないでしょうか?
お友達を招いてのお茶会もしたいですし、少し予定を見直す必要がございますわ。
さて、ではそろそろお暇を……となった頃に、陛下がモジモジされておられるのですが、急いだ方が良いかしら?御手洗よね?
「そ、その、な。アーデルハイトよ」
「はい、陛下」
「う、うむ。その、な」
「はい、陛下。何でございましょうか」
「あ、あの、だな」
「…………。」
「は、ハイジと、余も……その、呼んでも構わん、だろうか?」
「え、あ、はい。……は?」
「そうか!良いか!で、では、これからは余もハイジと呼ぼう!」
御手洗に行きたかったわけではなかったのですね。
まあ、特に嫌だと思う気持ちも今はございませんので、良いのですけれど、まだモジモジチラチラされておられるのですが、今度こそ御手洗かしら?
そう思っているとマヌエラから、「お父様と、そうお呼びにはなられないのですか?」と、耳打ちされました。
あ、なるほど。そういうことでしたのね。
何だか気恥ずかしく思いましたが、「それでは、お父様、お暇いたしますわ」と告げると、陛下は嬉しそうに「うむ、何ぞあれば、いつでも頼りなさい」とおっしゃってくださいました。
はぁ。女王確定ですわ。しかも、祖となる王ですって。
お披露目会のときには、王妃様にも、いえ、お母様もご出席いただけると良いのですけれどね。
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