6 事後処理をするアーデルハイト

 みなさん、ごきげん……忙しいですわ!!

ゆっくりお茶も飲めなくてよ!?


 今までは、忙しいといえども軽食やお菓子をいただきながら、お茶を楽しむ時間はございましたが、ここ数日は、お茶は喉を潤すためだけのものになっております。


 騒動のあと、怪我人の対処を終えて、フランツの報告を聞いてから、陛下へと報告書をあげました。

報告書をあげる前に、ロザリンドが王太子専用の馬場にて失神したとだけ伝えると、何やらわたくしが悪いみたいに思われそうでしたから、そこは仕方がございませんわね。


 魔獣馬のカローリが大暴れした日から5日ほどが経ちまして、目の回るような忙しさからは解放されましたが、それでも、まだお茶をゆっくり楽しむ時間を持てそうにありません。


 王太子専用の馬場へと駆けつけたとき、カローリの覇気というか怒気というか、そういったものに恐怖を感じて身動きが取れなくなってしまったのですが、わたくしは意地で向かったのに対し、レオナは動けなくなってしまい、カールに支えられて後から合流しました。

あるじのそばに付き添って行けなかった、そのことが侍女のレオナにとっては、とても悔しかったのだそうですが、それに関してはヴァルター卿から「戦闘に慣れている者でもない限り無理な話だ」と言われていました。


 「でも、そうなりますと、侍女を伴って出歩けない場合はどうすれば良いのかしら?」

「そうですなぁ。さすがに年齢を考えますと男性だけの護衛というのは、あまり良い印象を与えんでしょうから、女性の騎士を置くしかありませんな」

「女性騎士の空きは、あったかしら?」

「まあ、空きはありましても、ハイジ殿下のおそばには置けんようなのしか残っておらんでしょう。ハイジ殿下、もう少々お時間をいただければ、何とかなりますのでな。ご心配には及びませんとも」


 ヴァルター卿は、伝手を使い、危険な魔物がいる森にて討伐に参加していた女性の兵士で、前線からは引き上げたけれど、まだまだ戦えるといった人員をこちらへ寄越してもらい、その人たちに対人戦の訓練と教養を身につけさせ、騎士認定試験に合格した者を採用するのはどうかと言うのです。

兵士の中にも貴族籍の方々はおりますので、問題ないそうですわ。


 もちろんこれには、女性だけとするのは贔屓となりますので、男性にも機会はありますが、男性の騎士は既に人数が多いため、採用枠はかなり狭くなりますね。


 女性の騎士に関しては、ヴァルター卿にお任せしておいて大丈夫そうなので、今は考えないでおくことにしました。


 そしてですね、アレクセイがどうなったのかと言いますと、カローリから至近距離で蹴られたことによって、背骨は複雑骨折、片足の太ももは踏み抜かれて、ちぎれかけており、もう片方の足はふくらはぎから下はグチャグチャ、肩も片方は砕かれていたそうですわ。

それほどの衝撃でしたので、もちろん内臓も損傷しておりまして、応急処置だけ施されて、あとは質問に正直に答えれば治療してもらえるとのこと。


 「あの、ヴァルター卿」

「何ですかな?」

「応急処置だけですと、痛みでまともに喋れないのではありませんか?」

「痛み止めは与えておりますぞ。まあ、さっさと喋らなければ、次の痛み止めは貰えないのですが、喋らずとも大体は何がしたかったのか予想はついておりますからな」

「ああ、もしかして、あの能力魅了の魔眼を使ってカローリに言うことを聞かせたかったのかしら?」

「そうでしょうな。第二王女殿下を上手いこと言い含めて、カローリを操るつもりだったのでしょうが、カローリは魔獣馬ですからな。人間のようには上手く効かなかった結果がアレです」

「迷惑な話だわ」

「全くですな」


 怪我の治療方法としましては、自然治癒に任せる他に、飲む治療薬と塗る治療薬があるのですが、骨折や内臓の損傷には飲み薬、外傷には塗り薬を使うことが一般的となっておりまして、医師は状態によって二つを併用して治療にあたります。


 骨折した場合ですと、飲み薬と患部に塗り薬を使うことで、複雑骨折を10日ほどで治すことが可能なのですが、それは本人の回復力にも左右されるとのこと。

治ったからといって無茶なことをすれば、再びポキっといってしまうので、しばらくは医師の診察を受けて、元通りになったかの確認が必要なのだそうです。


 アレクセイは、厩務員への暴行、王太子の許可があると偽ったこと、第二王女であるロザリンドを危険に晒したということで、本来ならば極刑に処されてもおかしくありません。

しかし、ロザリンド自身も王太子の許可があると偽っていたことから、アレクセイは極刑ではなく終身刑となったのですが、どちらが重いかは、わたくしには分かりませんけれどね。


 アレクセイは、何をしようとしていたのか白状すれば、治療を施されて、奴隷として国の管轄下にある労働所にて、死ぬまで酷使されることになります。

白状しなければ、中途半端に治療を施されて、痛みにのたうち回りながら牢屋で生かされることになりますので、さっさと言ってしまった方が身のためだと思うのですけれど、未だに何も話さないそうですわ。


 犯罪者となってしまったアレクセイをヴァルター卿が手配したとはいえ、アレクセイ以外に選択肢がほとんどなかったようなものですから、ヴァルター卿の責任が問われることはありませんでした。


 こういったときに、手配した者や紹介した者にも責を問うことがありまして、そういった者が責任を持った場合、罪を犯した者の罰が軽減されることがあります。


 例えばの話になりますが、ヴァルター卿が王太子の相談役を辞任、家も出て平民になることで責任を取った場合、アレクセイはきちんと治療を施されて、懲役刑で済みます。

でも、そのようなことをわたくしは、させませんけれどね。アレクセイ如きのために、どうしてヴァルター卿がそのような目に遭わなければなりませんの?理解できませんわ。


 ヴァルター卿は王太子であるわたくしの相談役となっておられますし、王太子直属部隊の管理や指導もしてくださっておりますので、居なくなってしまうと、とても困るのですよ。

それに、わたくしが信用も信頼もしている数少ないお方ですからね。


 それと、ロザリンドとアレクセイが、お互いに王太子の許可があると偽っていたことから、何やら示し合わせていたのではないかと、報告を受けた陛下が判断し、ロザリンドから事情を聴取するとのことでした。

ロザリンドが素直にそれに応じるとは思えませんが、陛下直々ともなれば、……甘えて余計に訳のわからないことを言いそうね、と思っていたら、遅遅として進んでいないそうですわ。


 陛下が忙しい中、時間を作ってロザリンドの聴取を行なってくださっているのですが、「わたくしは悪くない。悪いのはお姉様よ」といったようなことを繰り返しているそうで、そう言うのならば何故、王太子である姉が悪いのかと尋ねてみても、悪いものは悪い、としか返って来ないのだとか。


 ロザリンドは悪いことをしたと微塵も思っていないのですから、反省を促すのも難しそうですわね。


 馬場の使用を許可されていないロザリンドが、どうして阻止されることなくそちらへ行けたのかは、マヌエラが調べてくれたのですが、複数いるマヌエラの協力者はその日、何かと用事を言いつけられたり、途中で呼び止められたりと、ロザリンドのそばから一人、また一人と離されてしまっていたそうです。


 用事を言いつけたり、呼び止めた行為については、誰かに指示されて動いていたのかもしれませんが、そのことを罪に問えるわけもなく、そちらに関しては手をつけることは出来ませんでした。


 普段はマヌエラの協力者や陛下が手配された騎士がロザリンドを護衛しているのですが、あの時そばにいたのは、ロザリンドお気に入りの見た目が良いだけで使い物にならない、名ばかりの騎士でした。

そんな彼らは、守るべきロザリンドを放置して逃げ惑い、挙げ句にカローリに襲われて怪我をするという大失態。

 

 醜聞を避けるため、彼らは王女を守って怪我をしたということになり、表向きには怪我を理由に騎士を辞めることになりました。


 今回の騒動で、ロザリンドの言動を問題視した陛下は、ロザリンドを監視することを決め、その決定に異を唱え、彼女を庇おうとするような進言をしてくる側近も解任なさったそうです。


 陛下は、ロザリンドはまだ幼いのだから、きちんと教育すればこれから王女らしく育っていくと、王太子という重い責務などない、ただの王女なのだからと大目に見ていたところもあったそうなのですが、さすがに今回のことと、その後の言動を見て、矯正は困難だと判断されたようなのです。

親の贔屓目で見ても矯正が困難だと判断したロザリンドのことを周りが庇おうとするなど、これは何か裏があってのことではないか、と思い始めたそうですわ。


 そういったことが陛下からの手紙に書かれておりましたが、騒動についての手紙ですので、本来ならば国王から王太子へ宛てたものになるはずなのに、何故かアーデルハイト宛てでしたわ。

まあ、身内の話も含まれておりますので、良いのですけれどね。


 怪我をした厩務員への対応、カローリが暴れたことで壊れた柵や抉れた地面の修復、恐怖に陥った王太子専用の馬場にいた馬たちについての報告にも目を通さなければなりませんし、わたくしの普段の公務と授業もございますからね。忙しいのですよ。 


 ダンスの授業については、婚約者がいればその方にお相手を頼めば良いのですが、わたくしに婚約者はおりませんから、基本のステップを一人で練習しておりましたの。


 10歳のお披露目会を終えてからは、マヌエラの推薦でお友達となったエルトマン伯爵家のレギーナ嬢がダンスのパートナーをしてくださっているのですが、彼女は死ぬ前のときでは、セラ様付きの侍女をしていた方です。

男性パートも踊れるレギーナ嬢は、セラ様のダンスの練習相手も兼ねていたのかもしれませんね。


 しかし、レギーナ嬢にばかり男性パートを踊ってもらうのも申し訳なく思いまして、わたくしもレギーナ嬢を相手に男性パートを練習しておりますわ。

途中で女性パートと混ざっておかしなことになったりしますが、それもまた楽しくて、レギーナ嬢と笑いながらする練習は、良い息抜きにもなっているのです。


 死ぬ前のときにダンスは踊れておりましたが、基本を忠実に再現しただけの優雅さのない固いダンスだと嘲笑されていたので、ダンスはいちから練習を始めることに致しまして、練習を重ねた今は身体も柔らかく動いておりますし、踊ることが楽しいのです。

王太子として無様な姿を晒せないと始めたのですが、身体を動かすことが楽しくて、"やらなければならない"ではなく、"やりたい"と思うようになりましたわ。


 そして、わたくしの右手の甲に現れた模様なのですけれど、王宮の図書室へ手がかりを探しに行こうにも、予定が詰まっていてそんな時間は取れず、結局分からないままです。

ダンスの授業は、その時間に合わせてレギーナ嬢がわざわざ王太子宮へと足を運んでくれていますので、なるべくなら予定を変更したくありませんからね。


 アイゼン王国よりも歴史が古いテルネイ王国ならば、何か手がかりになるようなものがあったかもしれないと、マヌエラに尋ねてみても、「手の甲に綺麗な模様が現れるといったことは、聞いたことがございません。ただ、"時戻し"の能力をお持ちの王族の方は、お印のようなアザがあるそうですわ」とのことでした。


 そのアザを持つ王族は、"時戻し"の能力を持っていると分かるのですから、恐らく決まった形のアザなのでしょうけれど、アザであって模様ではないのよね。

でも、もしかしたら、この右手の甲にある模様が何かしらの能力の現れかもしれないと、うんうんと唸って色々やってみましたが、何も起こりませんでした。


 少しでも何か分かってから、と思っていたのですが、このまま時間が過ぎるよりかは、分からなくても陛下にご報告だけはしておいた方が良いだろうと、報告書を提出すると、見せて欲しいとのことでしたので、さっそくお見せすることになりました。


 陛下が指定されたのは、陛下の執務室の隣にある私室で、そこは陛下が執務の合間に少し休んだりされるお部屋で、執務室からしか入ることが出来ません。


 わたくしがヴァルター卿とマヌエラを伴って執務室からそちらの私室へと入ると、陛下はソファーに座っておられました。

わたくしたちが室内へと入ると、陛下は扉の横にいた近衛騎士団長に「鍵を頼む」と仰せになられました。


 カチャリ、と鍵が閉められたことを確認した陛下は、「よく来た、アーデルハイト。さあ、そちらへ掛けなさい」と仰せになられたので、わたくしは陛下の対面にあるソファーに座り、ヴァルター卿とマヌエラはわたくしの背後に立ちました。


 近衛騎士団長が陛下の座られているソファーの後ろに立つのかと思えば、なんと近衛騎士団長がお茶の準備を始めてしまわれました。

それに驚いて思わず声を掛けてしまうと、陛下は「大丈夫だ。かなり美味しいので、是非飲んでいくと良い」と、少年のような顔を覗かせてお笑いになられました。


 そういえば、陛下と近衛騎士団長は幼馴染でしたわね。

わたくしもエルトマン伯爵家のレギーナ嬢とそのような関係になれると良いのですけれど。


 近衛騎士団長が入れてくださったお茶は、香り高くまろやかで、とてもホッとするものでした。


 お茶で喉を潤した陛下は、わたくしに右手を見せるようにと仰せになられましたので、手袋を外してお見せいたしました。


 微かに震える手でわたくしの右手にそっと触れ、しばらく模様を凝視した陛下は、恭しく両手で取り、わたくしの右手を陛下の額より上に掲げると、静かに目を閉じて涙を零されました。


 そして、陛下の震える唇から紡ぎ出されたのは、「アイゼン王国王家悲願の王の誕生だ」という言葉でした。


 

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