3 今後のために話を聞くアーデルハイト

 王太子直属部隊の隊長フランツの話によりますと、ヴィヨン帝国皇太子殿下は襲撃されたとはいえ、無事にヴィヨン帝国から脱出し、他国へと亡命しているとのこと。


 その際に、わたくしの直属部隊がヴァルター卿の指示で、亡命を手伝ったそうです。

ヴィヨン帝国の第三皇子が同母兄である皇太子殿下の襲撃を指示したことの証拠は掴んでいるそうで、ヴァルター卿曰く「アレが大人しく自国内で済ませている間は放っておくが、こちらに牙を剥くようなら叩き潰すまでよ」とのことで、それはもう楽しそうにしているのだとか。


 亡命を手伝った直属部隊の話によりますと、まさか同母弟に命を狙われるとは思っておらず、皇太子殿下はかなり憔悴しているとのこと。

そこまでして皇太子の座が欲しかったのなら、相談してほしかったと嘆いており、自分がアイゼン王国へ婿入りしても構わなかったと言っていたそうなのですが、皇太子殿下にも婚約者がおられたでしょうに、構わないものなのでしょうか。


 でも、まあ、命を狙われたのですから、多少は仕方がないことなのかもしれませんけれどね。


 ということは、ヴィヨン帝国の第三皇子は、そこまでしたのですから、アイゼン王国へ婿には来ないでしょう。

皇太子の地位に就いてなお、婿入りするなどと頭のおかしなことは言わないと思いますので。


 こうなると、テルネイ王国の王子が婿入りして来る可能性が高くなったかしら?


 アイゼン王国が剥奪者で、テルネイ王国が奪還を目的としているとなると、わたくしは男子を産んだとしても、消される可能性があるわね。

そうならないためにも、王宮内の掌握、政治への関与も早急に取り掛からねばなりませんわ。 


 わたくしは、フランツに労いの言葉をかけて休むように言うと、マヌエラへと話しかけました。

王宮内の掌握となれば、マヌエラでしょう?


 「ねぇ、マヌエラ」

「はい、アーデルハイト殿下」

「早急に王宮内を掌握しなくてはならないと思うのだけれど?どうかしら?」

「左様でございますね。王妃殿下が療養されておられますので、その方が良いかと存じますが、何故なのかお伺いしても良いでしょうか?」

「ヴィヨン帝国の第三皇子殿下が皇太子の座を欲したとなれば、仮婚約は解消。次の婚約者候補には、ヴィヨン帝国の第二皇子殿下か、第四皇子殿下、そこにテルネイ王国の王子様が加わるとなると、場合によっては、わたくしは子を産んだあとに消される可能性があるでしょう?」

「っ……。何故、消されるなどと仰せになられるのでしょうか?良い関係を築いていけるかもしれないではございませんか」

「…………マヌエラだけ残ってくれる?」


 わたくしは、困惑する側近たちを有無を言わさず部屋から出しました。

王宮にある図書室から本を持ち出し、その本がテルネイ王国と繋がりがあることを示してみせても、マヌエラはそのことに触れませんでした。


 アイゼン王国にテルネイ王国へと繋がる本があることを不思議だとは思わないということは、そのことが当然であると思っているから。


 でも、マヌエラがそんな迂闊な態度を取るとは思えないの。

だとするならば、マヌエラが、わたくしに気付いてほしいと思っているのではないかと考えたのです。


 だから、わたくしは、マヌエラに直接尋ねることにしました。

テルネイ王国は、王位奪還を目的としていて、そのために、邪魔なわたくしを消すつもりでいるのではないか、と。


 そうするとマヌエラは、心底驚いたという顔をして言葉を失っているのですが、彼女が本当に驚いているのかどうか、わたくしには判断できないのよ。

 彼女は、本心を隠すことがとても上手ですからね。


 「ねぇ、マヌエラ。あなたほどの人であれば、その答えに行き着くわよね?なのに、フランツとの会話に何も反応しなかった。テルネイ王国とアイゼン王国に繋がりがあったことをわたくしが口にしたときも、そのことに触れなかった。どうして?」

「…………わたくしは、ここがテルネイ王国であった頃から、代々王家に仕えてきた家の者でございます(隠し要素の内容があまりにもお下品だったため、早急に話題を変えたかったからです、とは、とても言えませんわ……)」

「そう。やはり、そうでしたのね。……ヴァルター卿は?」

「閣下がお生まれになられたのは、国のために尽くすお家でございまして、テルネイ王国派とも、また違うのでございます。けれど、アーデルハイト殿下を裏切るようなことは、決してないと断言できますわ(今もアーデルハイト殿下のために嬉々として動いておられますよ)」

「……テルネイ王国は、わたくしが女王のままでも構わないと思う?消したいのではなくて?」

「……あちらからの報告にて、アイゼン王国女王陛下の王配にテルネイ王国王子を望む、とございました。ですので、アーデルハイト殿下が消されることはございませんし、我々が全力をもってお守りいたします(必ずお守りいたしますわ。この命にかえても)」

「どうして、そこまで?」

「それは、アーデルハイト殿下が、"時戻り"をされておられるからでございます」


 "時戻り"というのは、時を戻すことが出来る"時戻し"の能力で、過去へと戻ったことを指し、その能力持ちは強弱はあれどテルネイ王国王家に現れるとのこと。

そのことから、わたくしが夢で見たといって話した内容を聞いてマヌエラは、わたくしに時戻りが起こったのだと判断したそうです。


 この"時戻し"の能力を持った王族は、生まれや性別に関係なく、第一王位継承権が与えられるとのことで、場合によっては、能力持ちではない国王よりも立場は上になるのだとか。


 わたくしが過去へと戻ったということは、テルネイ王国の王族がその"時戻し"をわたくしに対して使った可能性が高いとのこと。

何かしらの理由があってそうしたのだから、それが判明するまでは下手なことは出来ないし、能力を使ってまで戻したからには、必ず大事な意味がある、と。


 場合によっては、証を持たない国王よりも立場が上になる能力持ちの王族が、わたくしにそれを使ったとなると、第一優先事項はわたくしの命を守ることになるそうです。


 つまり、死んだわたくしの時を戻したのは、セラ様?

わたくしが接触したテルネイ王国の王族は、知っている限りではありますが、セラ様だけですもの。


 あぁ……、なんてこと……。

セラ様、あなたに早くお会いしとうございますわ。


 わたくしは、うっとりと目を閉じると、セラ様に思いを馳せましたが、話が途中であったと、意識を戻しました。


 「では、マヌエラ。テルネイ王国は、王位の奪還は血筋を戻すことを目的としていて、国の奪還は考えていないということなのかしら?」

「テルネイ王国王家とその臣下たちは、逃れた先で国を興しましたが、祖国に、ここへ還りたいと願う者は後を絶ちません。しかし、アーデルハイト殿下が"時戻り"をされた以上、奪ってまで、と考える者は減ってきております」

「ということは、国の意向を無視して勝手に動いている者がいるのね?」

「左様でございます。その者たちをわたくし共は過激派と呼んでいるのですが、アーデルハイト殿下が尽く潰しておられますので、ご心配には及ばないかと存じますわ」

「わたくしが?」

「はい。アーデルハイト殿下が立太子されてすぐに側近となった者たちや、魔獣馬の調教師アレクセイが過激派でございます。そして、アーデルハイト殿下をお守りするために、わたくしが裏で動いております」


 ここぞとばかりに自分を推してくるマヌエラ。

何か、崇拝じみたものを感じるのですが、気のせいかしら?


 ヴィヨン帝国に関しては、別に皇族と婚姻を結ばなくとも、普通に取引すれば済む話ですものね。

輿入れさせる皇女に資金を持たせるから、ややこしいことになるのですわ。


 死ぬ前のときは、血筋を戻すことだけではなく、国の奪還もしようとしていたため、わたくしは消されることになったのでしょうか。


 わたくしが、今回の人生で消される可能性が減ったのは、セラ様がわたくしを戻してくださったから。

セラ様は、どこまでいっても、ここにおらずとも、わたくしを守ってくださるのですね。

 

 マヌエラがテルネイ王国側の人間なのだとすれば、セラ様がどうなさっておいでなのか、何か知ってるいるかしら?


 「ねぇ、マヌエラ。セラ様は、セラフィマ様は、テルネイ王国におられるのですよね?」

「それが……申し訳ございません。そのお方について、勝手ながら確認をさせていただいたのですが、普段やり取りをしている人物としばらく連絡が取れておらず、その返答がまだ得られておりません。恐らく、テルネイ王国におられるかと存じますが、確かなことは申せません」

「……そうなのね。連絡が取れていないのは、今もなの?」

「先日、一方的に連絡を寄越して来ましたが、こちらの質問に対しての返答が一切ございませんでした」

「そう……。でも、前回はその能力持ちであったセラ様がお輿入れされたのよね」


 マヌエラが言うには、わたくしが死ぬ前のとき、第一王位継承権を持っていたであろうセラ様が、アイゼン王国国王のもとへと輿入れされ、王妃となって王子を産んだことで、その王子は、テルネイ王国の継承権とアイゼン王国の継承権の両方を持つことになっただろうとのこと。


 でも、それだけで国の奪還が叶うものなのかと、首をひねり、ちらりとマヌエラを見ると、今では起こり得ないけれど、奪還が叶う方法があると答えました。


 その方法とは、ロザリンドを使うことだと言うのです。


 ロザリンドは、アイゼン王国王家が後天的に手にした魅了の魔眼なる能力を持っており、そのロザリンドを言葉巧みに誘導し、テルネイ王国王家が望むように周囲を洗脳させて動かしたのではないか、とのこと。


 なるほど、と思いました。

ロザリンドがあれほど勝手なことをしていても、誰も何も言わず、全てを肯定して受け入れていたのには、その能力があったからなのですね。


 ずっと気味が悪いと思っていたのですが、理由がちゃんとあって良かったわ。


 テルネイ王国では、魅了の魔眼をどうにか出来ないかと、そのための魔道具を開発しており、ロザリンドには魔眼を使えなくするためのものを身につけさせているのだとか。

それでもロザリンドが癇癪を起こしたりなどの強い感情を発すると、魔道具では防ぎきれないこともあるため、ロザリンドの周囲にいる者たちには、魅了の魔眼に抵抗できる魔道具を身につけさせているそうです。


 わたくしは、その話を聞いて、おかしなことに気付きました。


 「ねぇ、マヌエラ」

「はい、アーデルハイト殿下」

「わたくし、死ぬ前のとき、ロザリンドと接していましたが、魅了の魔眼なるものの影響を受けていなかったように思うのだけれど。どうしてなのかしら?」

「恐らく、魅了の魔眼を防ぐ魔道具を身につけておられたのではないかと存じます。何点かご用意しておけば、毎日同じものを身につけることの違和感をなくせますので」

「なるほどね。今は、どうなのかしら?わたくしが知らないうちに、勝手に魔道具を身につけさせられているということはないの?」

「そのようなことは、ございませんので、ご安心くださいませ。身につけていただく際は、必ずアーデルハイト殿下のご許可を得てからにいたします」


 マヌエラが言っていることが本当かどうかは分かりませんが、彼女を遠ざけてしまうのは、悪手になりそうなので、難しいところですわね。

それを分かっているのか、マヌエラも少し寂しそうな顔をしておりますが、彼女ほどになりますと、それすらも演技である可能性が高いのよね。


 信じてみるのも良いでしょうけれど、信頼できるかは、まだ先の話になりそうですわ。

 


 

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