2 吉報なのか凶報なのか迷うアーデルハイト
みなさま、ご機嫌いかがかしら?
本日は、王太子宮にて商人を呼んでおりますわ。
10歳のお披露目会を終えましたので、出掛けることも出来るようになったのですが、王太子が出掛けるとなると、そこそこ大変なのですよ。
城下とはいえ、道中の安全確保、行き先に事前に予約を入れて、その時間は他の人の入店を断っていただく場合もございますので、まあ、面倒なのですわ。
死ぬ前のときは、公務以外で出掛けたいなどと言おうものなら、ネチネチと嫌味を言われたのですが、ロザリンドは行きたいときに行きたいところへ自由に出掛けておりましたわ。
それも事前に予約を入れたりなどせず、突然に。
第二王女が突然来店して、店内の客が追い出されることもあったそうなのですが、そのことで反感を買うこともなかったというのですから、今になって考えてみますと、少々気味が悪い状況ですわね。
今はロザリンドがすることを全面的に肯定するようなことには、なっていないようですが、いつ、あのような事態になるかと少々不安だったりもします。
そろそろ商人が準備を終えて、お買い物が出来るようになったかしら、と思っていると、少し慌てているようなノックの音が響きました。
何か急ぎの用事でも出来たのかと、入室の許可を与えると、カールが血相を変えて入って来ました。
「まあ、どうしたのカール。そんなに慌てて、何かありましたの?」
「ア、アーデルハイト殿下、っはぁ……。落ち着いて聞いてください」
「ええ、分かったわ」
「見慣れぬ船が沖合に停泊していたそうなのですが、その船の出身地である国と貿易を始めることになったとのことです」
「っ……。国の名前は何というの?」
「国名は、テルネイ王国です」
「そう。わたくし、沖合に見慣れぬ船がいたことなど知らなかったのですが、陛下は把握されていたということですのね?」
「はい。テルネイ王国との取引を開始するかどうか決まってから、アーデルハイト殿下にお伝えするつもりだったとのことです」
先日、ヴァルター卿が王太子直属の部隊を連れて遠征に行ってしまったのです。
死ぬ前のときに、わたくしが10歳の頃には既にヴァルター卿が王都にいなかったこともあり、彼が動かなければならない何かがあるのだと思っていたのですが、この事とは関係ありませんよね?
ヴァルター卿がテルネイ王国と繋がっていたとしたら、わたくし再び人間不信になりそうだわ。
カールの報告というのは、テルネイ王国の船が沖合に停泊しており、アイゼン王国と貿易を望んでいることから、その精査が行われ、しばらく様子見にはなるけれど、取引を開始することになった、ということでした。
しかし、そのあとに続いた言葉にギョっとしました。
「ちょ、ちょっと待ちなさい、カール」
「はい、何でございましょうか、アーデルハイト殿下」
「今っ、今、船に王子様が乗っていたと言わなかった?」
「はい、そう申し上げました」
「どういうことなの……」
死ぬ前のとき、テルネイ王国の船は、嵐に遭遇して、アイゼン王国の沖合へと流れ着いたという設定でした。
そこは、設定で間違いないと思うのですが、そのときに王子が船に乗っていたなんてことは、なかったはずよ。
それなのに今回は、初めから貿易目的でこちらに来て、しかもその船に王子が乗っているですって!?
テルネイ王国との貿易を推す貴族たちは、テルネイ王国の造船技術が優れていることから、取引をしてみて、王太子であるわたくしの婚約者をテルネイ王国の王子に変更してはどうかと言い出す者までいるそうですわ。
その進言をするのは、いくら何でも早過ぎないかしら?
ヴィヨン帝国の第三皇子とは仮婚約中ですのに、そこへ他国の王子を勧めるというのは、あまり良い印象を受けないと思うわ。
あぁ……、でも、王子が乗っていたということは、セラ様のお話を聞けるかもしれませんわ!
セラ様は、どうなさっておいでかしら?
迂闊なことは出来ませんが、セラ様のお話を聞けたら良いですわね。
貿易を開始するにあたって、テルネイ王国の王子御一行を招いての歓迎会が開催されることになったそうで、その準備にわたくしも参加するようにと、陛下は仰せになられたとのこと。
わたくしは、まだ成人前ですので、夜会には参加出来ませんが、こちらにお出でになられたテルネイ王国の王子も、まだ成人しておられないとのことで、歓迎会は昼間に行われるそうです。
それにしても、これほど簡単に上陸できてしまうのね。
そう思うと、やはりテルネイ王国と繋がりのある貴族が意外と多いのかもしれません。
そういえば、王妃様がご存命であるからこそ、テルネイ王国からは王子がやって来たのでしょうけれど、陛下へ側室を勧めていたのはどうなったのかしら?
「ねぇ、マヌエラ。陛下のご側室候補の方々は、どうなりましたの?」
「アーデルハイト殿下が王太子としてご立派にお役目を果たしておられるのですから、波風を立たせるようなことをせずとも良いのではないか、といった意見が多くなり、ご側室を勧めようとされるお家は、反王太子派と言われて爪弾きになっております」
「……側室を勧めただけで、反王太子派になりますの?いえ、でも、跡継ぎは男子の方が良いのではなくて?」
「アーデルハイト
「……そうね。わたくしが出産で命を落とすことがあれば、生まれた子の性別によっては、陛下に頑張っていただけば良いですものね」
でも、アイゼン王国が剥奪者で、テルネイ王国が奪還を目的としているのだとしたら、何が何でもテルネイ王国王子の血を引いた息子を即位させたいでしょうね。
とりあえず、何をどうするかは、ヴァルター卿が帰って来てからになりますわね。
カールとマヌエラと色々と話していると、レオナが買い物の準備が出来たと声を掛けてきました。
「そうだわ、カール。テルネイ王国の王子様が来られるのよね?贈り物をご用意した方が良いかしら?」
「はい、その方がよろしいかと思われます」
「そう。何が良いかしらね?ペンだと、手紙のやり取りをねだっているように思われそうですし、初対面で宝飾品は重いかしら?王子様に関して、何か情報は入って来ていないの?」
「容姿は赤い髪で、瞳は恐らく黒い、とのことです。お人柄などの情報はまだ入って来ておらず、申し訳ございません」
「いいのよ。容姿の情報だけでもありがたいわ、ありがとう」
「もったいなきお言葉にございます」
大広間に用意された品々を見て回りますが、これと思える品が見つからないのですが、贈り物をするための商品ではなく、普通にお買い物をするために用意してもらったので、仕方がないのですけれどね。
オレンジ色や薄い黄色に濃いピンク色の小さな宝石が散りばめられた普段使い出来そうな髪飾りや、似たような色のリボンの他、刺繍に使う糸や布などを選び、他に何かないかと再び見て回ることにしました。
そうして見ていると、ふと、濃い紫色の紐が視界に入り、何に使うのか気になりましたので、カールに商人へと尋ねさせました。
王太子が商人と言葉を交わすことはダメなのだそうで、間に必ず側近を挟むことになります。
「アーデルハイト殿下、こちらの絹糸で編まれた紐は、髪を結った際の飾りに使われるものでして、主に男性が使用される物とのことです」
「男性に?女性が使うのは、いけないのかしら?」
「はい。こちらの品はヴィヨン帝国のお隣から仕入れた物だそうで、そちらの国では、この紐を女性が使うことを禁じているとのことです」
「使わないとかではなく、禁止されているのね。過去に何かあった……、ああ、そういえば、ありましたわね。女性が髪に飾っていた紐で王子を殺害したという昔話が。なるほど、どうして紐などで髪を飾っていたのか不思議だったのですが、これほどの品でしたら、使うのも分かりますわ」
歴史を学んだ際に、そのことも習ったのですが、紐といえば皮や布、植物の繊維などで、王子と二人きりになれる女性が、どうしてそのようなもので髪を飾っていたのかと、とても不思議だったのです。
でも、これほど艶やかで美しく、しっかりと編まれた紐であれば、飾りに使っても大丈夫そうですわね。
「これにしようかしら。瞳の色が黒とのことですが、わたくしの髪も黒ですので、贈り物として黒は使わない方が良いでしょう。深い紫色ならば黒に近いですし、赤い髪にも映えると思うわ」
「ええ、良いかと思われます」
「と言っても、この紐だけというのもねぇ。ましてや、他国の品ですし」
「あの、アーデルハイト殿下。それでしたら、画家のブラットに何か描いていただくのは、いかがでしょうか?」
「ああ、そうね、レオナ。それも良いわね。では、あとは皆も買い物を楽しんでちょうだい。わたくしは部屋へ戻りますから」
「かしこまりました。ありがとうございます」
アイゼン王国独自の贈り物となると、珍しいのは危険な魔物がいる森で取れたものを使った品かしらね。
竜種を使った品であれば高価ですけれど、いきなりそこまでの品を用意するのも、張り切り過ぎですので、そこに関してもヴァルター卿が戻られたら相談してみましょうか。
部屋へと戻ろうと廊下を歩いていると、部屋の扉の前で王太子直属部隊の隊長フランツが待機していました。
「あら、フランツ。おかえりなさい」
「ただいま戻りました、アーデルハイト王太子殿下」
「報告は中で聞くわ」
「はい」
マヌエラにフランツにもお茶を出すように言い、ひと息入れてから話を聞いたのですが、わたくし耳がおかしくなったのかしら?
ヴィヨン帝国の皇太子殿下が襲撃されたと聞こえたのですけれど?
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