明かされた謎

1 本を手に入れたアーデルハイト

 みなさま、ごきげんよう。

本日は、図書室へとやってまいりました。


 王城にあるのは図書館で、そちらは入館資格を持っている者であれば、どなたでも入れますが、王宮にある図書室には王族しか入ることは許されておりません。


 入館資格さえあれば誰でも入れてしまう場所よりも、王宮にある王族のみが入れる図書室を先に調べてみようと、こちらを選んだわけなのですが、何を求めてここへ来たかと申しますと、アイゼン王国が建国されるよりも前の資料ですわ。


 テルネイ王国とアイゼン王国の言葉が同じであることなど、持っている情報を色々と並べてみまして、もしかしたら、アイゼン王国王家は剥奪者だったのではないか、と思いましてね。

そうであった場合、アイゼン王国王家に分からないようにして、何か資料が残されているかもしれないでしょう?


 植物や生き物など、国の歴史に関係のない書物であれば、残しておいても問題ないと、そのままになっている可能性があります。


 セラ様から聞いたのですが、花の挿絵が入った詩集には、隠し要素が入れられていることもあるのだそうです。

もし、その隠し要素のある詩集があれば、剥奪云々の前に、少なくともアイゼン王国とテルネイ王国に繋がりがあった可能性があります。

 アイゼン王国に隠し要素の入った詩集など無いはずですからね。そういった話はセラ様以外から聞いたこともございませんし。


 とりあえず、詩集を探していきましょう。

ここには、王族しか入れませんので、側近たちは護衛も含めて、扉の外で待機しておりまして、わたくし一人で探さなければならないので少し大変ですけれどね。


 ついつい素敵な詩集や、挿絵の綺麗なものに見入ってしまい、本来の目的を忘れかけていたとき、他の本に押されたのか、本棚の奥に張り付くようにして薄い1冊の本が隠れていました。


 この位置で奥に張り付いていたとなると、大人では見つからなかったかもしれませんね。

10歳の身長だからこそ、視界に入ったのでしょう。


 とても古く、慎重に扱わなければ崩れてしまいそうな見た目で、触るのが怖いほどだったのですが、これほど古いとなると期待が持てます。


 そっと、慎重に取り出し、机の上に置きました。

使われているのは、紙ではなく皮のようで、1枚がかなり分厚いです。


 内容は、描かれた花を女性に見立てて、その想いを綴ったものでした。

読んでいて切なくなったり、愛しい気持ちになったりしましたが、全体的に穏やかな印象を受ける詩集です。


 ただ、描かれている花の絵が劣化しつつあり、少々不気味になってしまっているのが残念でしたわ。


 さて、セラ様から教えていただいたやり方で、確認してみましょう。


 「ふぅ……。えっと、ここと、これですわね。よ、夜?夜を、違うわ、夜は、ですわね。夜は朝を……まつ?『夜は朝を待つ』ね、きっと。あと、は……。あさはよ、ではなくて、んー、なるほど。『夜は朝を待つ。朝は夜を受け入れる』ですわね」


 隠し要素を見つけられて満足した わたくしでしたが、その内容はよく分かりませんでした。

セラ様は、隠し要素に入れる内容は、その詩集を贈る相手がいた場合、その方にしか分からないようになっていると、そう仰っておられましたから、わたくしが分からなくても仕方がないのですが、気になりますわね。


 万人に向けた詩集であれば、分かりやすい内容になっているのでしょうけれど、この古い詩集に入れられた隠し要素は、意味がよく分からないので、恐らく、どなたかに向けたものなのでしょう。

 

 隠し要素が見つかった、ということは、アイゼン王国とテルネイ王国に繋がりがあった可能性が高いですわね。

この詩集を贈る予定だった相手がテルネイ王国の方だったのか、テルネイ王国の方が、どなたかに向けて書いたものなのか、それは分かりませんが。


 とりあえず、紛失するか処分されるかする前に、確保しておきましょう。


 わたくしは、そっとその詩集を持っていたハンカチに包んで胸に抱くと、図書室から出ようとして、踏み止まりました。

王族しか入れない図書室の本は、持ち出し禁止なのを忘れておりましたわ。


 キョロキョロと周りを見回しても、隠して持ち出すのに使えそうな物はありませんし……。


 仕方ないですわね。

もう、これしかありませんわ。


 わたくしは、そっとドレスの裾をたくし上げ、下穿したばきとドレスの間に着ている拡張下着というドレスをふんわりと広げるための下着の紐を緩めて、そこにハンカチで包んだ本を優しく挟んで隠しました。

少し歩き難いですが、王太子宮へ戻るまでの辛抱ですわ。


 ドレスがふんわりしているのは、物を隠すためだったりするのかしらね。


 扉を開けて図書室から出ると、レオナが声をかけてきました。


 「アーデルハイト殿下、お探しのものはございましたか?」

「ええ、素敵な詩集の本がありましたわ」

「それは、ようございました。それでは、王太子宮へ戻られますか?」

「ええ、そうするわ」


 王族しか入れない図書室というだけあって、かなり希少な本が多数置かれておりましたが、恐らく、詩集などのそれほど重要ではない類いの本は、複写されたものが、王城にある図書館に置かれているのでしょうね。

そうなると、もしかしたら複写された本の中に、隠し要素のあるものがあったかもしれませんが、寸分たがわずに複写されていなければ、隠し要素まで読み取ることは出来ないかもしれませんので、期待はしない方が良いかしら。


 まあ、王城にある図書館ですと、かなりの人数がいるでしょうから、落ち着いて探すことは出来なかったでしょうけれどね。


 王宮から王太子宮へと戻り、ふと、死ぬ前のときのことを思い出しました。

この頃には既に、ロザリンドは自分の宮を与えられていて、そこで過ごしていたはずなのですが、今回の人生では、王宮の奥にある王子や王女が住まう場所に未だにいるのですよ。

お披露目の済んでいないロザリンドが王太子宮へと来ることは出来ないので、ロザリンドがわたくしに会いたいとなると、その旨を手紙に認めて、王宮にある王族の共有場所にて会うことになります。


 死ぬ前のときは、お披露目が済んでいなくても、周りはロザリンドがしたいようにさせていたので、王太子宮へ事前の連絡もなしに訪ねて来ておりましたけれどね。


 つまり、今回の人生では、いつロザリンドが訪ねて来てワガママを言われるか、という胃痛と頭痛に悩まされることがございませんのよ。素晴らしいですわ!


 このように、ゆったりとした時間を過ごせるというのは、とても素敵なことね。

こういった時間が持てるようにしてくれている、周囲の皆様に感謝しなくてはなりませんね。


 また商人を呼んで、皆でお買い物をいたしましょうか。


 執事のカールに、近いうちに商人を呼んで買い物することを頼んだ後、ドレスを直すために着替えることにしました。


 ……ドレスの中に隠した本をどこに置けば良いかしら?

誰にも見つからない場所となると、寝室にある鍵付きの収納箱くらいしか思いつきませんが、そこに持って行くまでにバレてしまいそうよね。


 そうね。まずは、寝室でドレスから本を取り出し、それからドレスを直してもらいましょうか。


 そう思って寝室へと行こうとしたところで、マヌエラから声をかけられました。


 「アーデルハイト殿下?様子が先程と異なるようですが……、王宮から戻られる際に何かございましたか?お召し物にも違和感がございますし……」

「えっ、いえ、何もありませんでしたよ。ねぇ、レオナ」

「はい、アーデルハイト殿下。何もございませんでしたよ」

「……図書室で、何かございましたか?どなたかにお会いされたとか、ございませんでしたか?」

「いいえ、図書室では、わたくし一人でしたわ。ちょっと寝室に行って来ます」


 誤魔化して寝室へ行こうにも、マヌエラが笑顔で圧をかけて来ます。


 ……仕方ないけれど、これも良い機会かもしれません。

マヌエラは、王妃様付きの侍女とも繋がりがあることから、王宮内にかなりの伝手があるはず。

 そうなると、テルネイ王国と繋がりのある方とも伝手を持っていてもおかしくありませんから、少し試してみましょう。


 マヌエラだけ伴って寝室に入ると、わたくしはドレスをたくし上げてハンカチに包んだ本を取り出しました。

それを見たマヌエラは目を吊り上げて、「まぁっ!」と声を上げたのですが、わたくしが王族しか入れない図書室から、本を持って来たということに思い至り、少し警戒した声で話しかけてきました。


 「……アーデルハイト殿下、お召し物の違和感の原因はそれでございましたか。どなたかに何かされたわけではなくて、ようございましたが、そのような、はしたないことは、今後はお止めいただきとうございます。……その本は、持ち出しても構わない物だったのでしょうか?」

「いけないでしょうね。でも、これが紛失したり処分されたりしては困ると思ったの。はしたないとは思ったけれど、仕方がなかったのよ」

「そうまでして持ち出されたということは、何か、重要なことが書かれているのでしょうか?」

「内容としては、ただの詩集よ。でも……」

「それだけではない、ということでございますか?(王族であっても図書室から本を持ち出すのは厳罰に処される可能性もありますのに、何故その危険をおかしてまで……)」

「これはね、……隠し要素のある詩集よ」

「っ!?ア、アーデルハイト殿下……、隠し要素、とは何でございましょうか?(何故、隠し要素のことをご存知なのですか!?)」

「以前、夢の中の話をしたでしょう?テルネイという国からお輿入れされたセラ様から教えていただいたのよ。テルネイ王国には、隠し要素を入れた詩集を贈ることもあるのですって」

「その……隠し要素が、その本にあるのでしょうか?(なんてことなの!?それが本当であるならば、ここがテルネイ王国時代だった頃の本に違いありませんわ!!)」

「そうよ」

「あ、あの、その詩集を拝見させていただくことは可能でしょうか?(何が隠されているのか確かめて、内容によっては、あちらへ即座に知らせなければなりません)」

「うーん、まあ、ただの詩集ですし、構わないわ」


 マヌエラの反応では、テルネイ王国が実在していることに驚いているのか、わたくしが隠し要素を知っていることに驚いているのか、判断がつきませんわね。

でも、詩集を読んでみたいということは、もしかしたら、隠し要素の読み取り方を知っているとも取れますよね?


 ヴァルター卿が、わたくしの敵になるかもしれない人物を推薦したりはしないでしょうから、彼を信じましょう。


 わたくしは、マヌエラが真剣な顔をして詩集を読んでいる間に、鍵付きの収納箱を開けて、中を整理することにしました。


 鍵付きの収納箱は、わたくしが立太子する前から持っている物でして、幼い頃に何か入れていたと思うのですが、立太子してからは、この収納箱のことなど気にしていられる状況ではなく、開けるのは数年振りになります。


 中には何だかよく分からない物が色々と入っていたのですが、そういえば、死ぬ前のときは、この鍵付きの収納箱は放置しておりましたね。


 ふと、手に取った布から香る匂いに、パタパタっと涙が勝手に落ちました。


 これは……、おかあさま。


 そうでした……、ロザリンドを産むために、しばらくの間、離れて暮らさなければならないと言われ、泣いて嫌がるわたくしにお母様がこのストールを巻いてくださったのでしたわ。


 ちゃんと、母と娘との思い出があったのね。

わたくしが忘れていただけで……。


 そっと涙をハンカチで押さえ、王妃であるお母様からいただいたストールを収納箱へと戻しました。


 「アーデルハイト殿下、あの……?何か、ございましたか?(涙の跡?)」

「何でもないわ。お母様からいただいたストールがあったの。それが懐かしかっただけよ」

「そうでございましたか(この様子ですと、そのうち親子として接することが出来そうですわね)」

「その詩集、どうだったかしら?わたくしは、切なくなったり、愛しくなったりしたわ」

「ええ、そうですわね。とても良い詩集でしたわ(誰が書いたのか存じませんが、何てことを隠し要素に書いたのですか!!)」

「でも、どれだけ素敵な詩集でも、隠し要素が入っているので、複写しない方が良いわよね?」

「アーデルハイト殿下は、隠し要素に書かれていた内容がどのようなものか、解読されたのでしょうか?(これを読んで理解されていて、平然としていられるのでしたら、それはそれで凄いのですが……)」

「ええ、読めたけれど、意味は分からなかったわ。『夜は朝を待つ。朝は夜を受け入れる』とは、どういった意味があるのかしらね?」

「っアーデルハイト殿下、隠されていた内容ですので、口に出されない方がよろしかと存じますわ。この詩集も厳重に保管をお願いいたします(声に出しては、なりません!男性が女性を待って、女性が男性と肌を重ねる、そういったお誘いの隠し要素です!!)」


 マヌエラが少し動揺していたので、これは、彼女がテルネイ王国と深い繋がりがあると見て良いかしら?


 それにしても、この隠し要素の内容は、一体どのような意味なのでしょうね。

見て分かるほどマヌエラが動揺するだなんて、きっと何か凄い情報に違いありませんわ。


 とりあえず、マヌエラから、ものすごい圧を感じたので、鍵付きの収納箱に厳重に保管することにしました。

王宮の図書室から持ち出したのですから、隠し要素がなかったとしても、バレたら大変ですものね。


 しかも、テルネイ王国との繋がりが窺える本ですので、その重要性もあったのでしょう。


 でも、少し耳が赤かったような気がしたのですが、心臓に悪かったかしらね。

確かめるためとはいえ、あまり驚かせるようなことは、しないように気をつけましょうか。

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