6 魔獣馬を献上されたアーデルハイト

 みなさま、ごきげんよう。

本日はお天気も良く、とても乗馬日和ですわ。


 わたくしに献上された魔獣馬の調整が王太子専用の馬場にて行われていたのですが、乗馬が可能になったということでして、本日は、その魔獣馬を見に来ましたの。

乗れそうであれば、挑戦してみたいですわ。


 魔獣馬を乗りこなすためには、自身の支配下に置く必要があるのですが、上手く行かなくて暴れたとしてもヴァルター卿が控えてくれていますので、何かあっても大丈夫でしょう。


 王太子専用の馬場を堂々とした姿で軽く流している魔獣馬は、しっとりとした真っ黒な毛並み、血のような赤い瞳、鼻筋とたてがみだけ白い色をしており、その姿は、死ぬ前のときに献上された魔獣馬とそっくりでした。

恐らく、同じ魔獣馬だと思うのですが、確かめようのないことですので、気にしないでおきましょう。


 魔獣馬は、専用の調教師がおりまして、その手配はヴァルター卿がしてくださったのですが、死ぬ前のときもこの人でした。

あまり良い印象はないのですが、今回の人生は色々と変わりましたから、どうなるかしらね。

 

 調教師が魔獣馬を連れてこちらへと来ると、礼をとって待機しましたので、面を上げるように言いました。


 「面を上げなさい。わたくしは、王太子アーデルハイトです。あなたに、直答を許可します」

「ありがとうございます、王太子殿下。私は、魔獣馬専門調教師のアレクセイと申します。王太子殿下にお引き立てを賜りましたこと、誠に恐悦至極に存じます」


 公式の場ではないので、簡単に挨拶を交わし、魔獣馬についての説明を受けましたが、死ぬ前のときに聞いたのと同じでした。

でもね、アレクセイ。あなた、言っていないことがあるでしょう?言っていないといいますか、わざと伝えなかったことが。


 魔獣馬は、初めて目を合わせた際に、その目を逸らしてはいけないのですよ。

逸らした時点で魔獣馬は、自分よりも下に見ますので、乗せてくれなくなります。

 それを挽回しようとすれば、それこそ力ずくで押さえ付けるしかないのです。


 でも、死ぬ前のわたくしが魔獣馬の目を見て逸らさなかったとしても、ムチに怯えてしまっていたので、結局は乗れなかったでしょうけれどね。


 わたくしは、アレクセイの説明を聞き終わったので、魔獣馬と目を合わせました。

そのまま見つめ合っていると、死ぬ前のときのセラ様との思い出が過ぎりました。


 セラ様は、わたくしの「セラ様の方がよほど女王に向いている」という弱音に苦笑すると、「では、お手本を見せてあげるわ」と、無邪気な笑顔を浮かべて女王になりきってくださったのです。


 そう。背筋を伸ばし、目を眇め、自信たっぷりに笑みを浮かべるの。

そして、わたくしは、手に持っていたムチをふりかぶり、セラ様のように声を発しました。


 「平伏しなさい!!」


 パァーーーーン!!


 わたくしの声と共にムチの音が馬場に響き渡りました。


 音が通り過ぎ、静まり返った馬場で、最初に反応したのは魔獣馬で、ゆっくりとその場に足を曲げて座りました。


 「んふっ、いい子ね」

「ブルル」

「あら、お返事してくれるのね」

「……。」

「あはっ。おかわりが必要かしら?」

「ブルっ」

「んふふ、いい子ね。乗せてくれるかしら?」

「ブルっ」

「まあっ、ありがとう。では、お願いね」


 ポカンとするアレクセイを放置して、わたくしは、そのまま魔獣馬へと跨りました。

くらなどの装備がなくても乗れるように訓練していましたから、軽く流す程度であれば何とかなるでしょうと、そのままゆっくり走らせましたが、速度を出さなければ大丈夫そうね。


 一回りして楽しんで皆のところに戻ると、引きつった笑みを浮かべたアレクセイが、「さ、さすがは王太子殿下ですね」と言って来ました。

わたくしが魔獣馬に乗れないように画策していたのでしょうが、残念でしたわね。


 ヴァルター卿に目を逸らしてはいけないことを伝えると、「そうでしょうな。魔物は目を逸らしたヤツを先に狙う。魔獣馬も魔物の血を引いておるので、逸らさぬ方がいいでしょうな」と、なるほどといった顔で頷いておりました。


 戦いの場に身を置いていた人は、そういったことも肌で感じることが出来るのでしょうか?


 死ぬ前のとき、アレクセイは「ああっ、王太子殿下。魔獣馬は魔物の血を引いておりますので、目を逸らしてはいけないのですよ!魔物の性質についてご存知ではなかったのですね。これは、申し訳ないことをいたしました」と、悲痛な顔をして謝罪のようなものをしてきたのですが、目が合った魔獣馬から普通に目を逸らしてしまってから、追加で注意事項を付け足しても遅いのよ。


 アレクセイが、どういった意図を持って、わたくしを魔獣馬に乗せないようにしたのかは分かりませんが、乗ってしまえばこちらのものです。

魔獣馬は魔物の血を引いていますので、寿命も普通の馬よりもかなり長いですからね。乗ることが出来れば一生モノの馬になりますわ。


 ヴァルター卿が手配したアレクセイなのですが、そもそも魔獣馬の調教師は数が少なく、王太子に献上された魔獣馬の調教を任せられる者となると、更に選択肢が狭まるため、アレクセイの他に候補がいなかったようなものなのです。

魔獣馬の調教の腕と出自を考慮しての採用だったのでしょうが、魔獣馬に乗るための説明をあえてはぶいたところを見ると、腕と出自よりも、腕と信頼度で選ぶべきだったのではないかしらね。


 わたくしは、くるりとアレクセイの方を向くと、彼は顔色を悪くしておりましたが、そのことに触れずに話しかけました。


 「ねぇ、アレクセイ。献上されたこの魔獣馬は、特別で、統率が可能なのでしたよね?この魔獣馬を支配下に置いているのであれば、配下の魔獣馬も支配下に置けるのだと」

「……は、はい。そうでございます」

「そう。でしたら、あと何頭か都合がつくかしら?」

「そ、その……、私の一存では何とも申し上げられません……」

「では、誰に言えば良いのかしら?」

「はっはっは!ハイジ殿下、そのように急がずとも良いではありませんか。配下の魔獣馬に関しては、儂が手配いたしましょう。それなりに伝手もございますのでな」

「そう、わかったわ。ヴァルター卿、お願いしますね」

「お任せください、ハイジ殿下」

 

 それなりの伝手って、魔獣馬が手配できる伝手を「それなり」という言い方で済ませるのですか……。

まあ、ヴァルター卿ですしね。決して、王太子予算で魔獣馬を買って遊びたいわけではないと思いたいです。


 「あ、ハイジ殿下。名前は何と付けられるのですかな?」

「ああ、……そうでしたわね。アレクセイ、この魔獣馬に名は?」

「……いえ、特にございません。王太子殿下がお付けになられた名が、この魔獣馬の名になります」

「……他の魔獣馬の統率が可能なのに名がないですって?嘘偽りなく言いなさい!」

「っ……。…………カローリでございます」

「そうなの。カローリ、よろしくね」

「…………。」

「おかわり、い……」

「ブルルっ」

「んふっ、いい子ね、カローリ」


 カローリは、わたくしの支配下に入ったけれど、完全に納得したわけではないようで、ちょっと隙を見せると支配下から出ようとするところがありますので、仲良くなるために頻繁に通った方が良さそうね。


 頑張ってムチに慣れて克服できて良かったですわ。

セラ様は遠乗りをするのがお好きでしたから、今回の人生ではご一緒できるかもしれません。


 カローリを献上してきた家は侯爵家なのですけれど、とても古い由緒ある家で、建国の頃からあったはずです。

しかし、建国の頃からあったというのは、その通りなのでしょうが、叙爵されたわけでもなく、"その頃からあった"のです。

 

 そういった家は、何もその侯爵家だけではありませんので、おかしくはないのですが、統率能力のある魔獣馬カローリの献上、調教師の説明省略によって王太子がその魔獣馬カローリに乗れなくなること、そこに、王位剥奪が起こる未来を加えると、もしかしたら、カローリは剥奪後に王位についた者が乗る予定だったのではないかしら?

わたくしを乗せるつもりがないから、説明を省略して、乗れない状況を作ろうとしたのかもしれません。


 説明を省略したことを理由にアレクセイを解任しようにも、魔獣馬の調教師は数が少ないので難しいでしょうね。

そうなると、やはり頻繁に通って見張ると共に、ヴァルター卿にも注意していただきましょう。


 とりあえず、魔獣馬はくらあぶみを取り付けると嫌がるので、手綱のみで乗れるようにならないと、お話になりませんの。

それを見越して乗馬訓練をしていましたので、全く問題ございませんことよ!


 引きつった笑顔で賞賛しているアレクセイ、残念でしたわね?


 王太子直属部隊も手綱のみで早駆け可能なのですが、速度訓練という名でヴァルター卿がやらせているのは、有事の際に、手綱すらしていない馬に飛び乗り、厩舎から駆け出し、最高速度で目的の場所まで駆けるという無茶な訓練ですわ。


 ヴァルター卿曰く、手綱を装着する際に有した時間の分だけ、到着が遅れてしまうから、とのことなのですが、手綱を装着する時間すら惜しむほどの状況には、遭遇したくありませんわね。


 わたくしはまだ10歳になったばかりですので、手綱のみで早駆けをすることが体型的に無理なため、軽く流すだけの訓練をしております。

成人する頃には、カローリで遠乗りできるようになりたいものです。


 さて、懸念していた問題も乗り越えましたし、うずうずしているヴァルター卿にもカローリに乗せてあげましょう。


 「ヴァルター卿も、乗ってみます?」

「よろしいのですか?」

「ええ。カローリ、彼を乗せてくれるかしら?」

「ブルっ」

「良いみたいね」


 わたくしがカローリにヴァルター卿を乗せようとすると、アレクセイが慌てて止めて来ました。

これは、予想外の行動ですわね。


 「お、お待ちくださいっ、王太子殿下!!」

「まあ、なぁに?アレクセイ」

「そ、その、この魔獣馬は、王太子殿下に献上されたものでございます!それを殿下以外を乗せるというのは……っ」

「あら、いけませんの?わたくしがカローリにお願いして、カローリは承諾したわよ?」

「そ、それでも、でございますっ!」

「そう。どうなさいますか、ヴァルター卿?」

「ふーむ。まあ、ハイジ殿下が乗馬訓練で乗っておる馬は他の者も乗っておりますが、それは、王太子予算で購入した馬であって、献上されたものではございませんからのぅ。献上した者の心中を思えば、止めておいた方が無難かもしれませんな」

「分かりましたわ。では、カローリ、わたくし以外を乗せることはなりません。いいわね?」

「……ブル」

「あら?」

「ブルルっ」

「ふふ、いい子ね」


 まだまだそっぽを向きそうな様子ですので、油断は出来ませんね。

では、そろそろ戻りましょうか。


 ふふっ、王太子以外が乗るのは良くないのでしょう?

でしたら、わたくし以外を乗せないようにカローリに言い聞かせておかなくては、ねぇ?


 まあ、悔しそうなお顔だこと。

でも、アレクセイ。あなた自身が言ったことでしてよ。

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