5 王太子として活動するアーデルハイト

 皆さま、いかがお過ごしでございますか。

わたくしは、それなりに忙しくしておりますわ。


 お披露目会を終えたことで、王太子としての活動が始まりました。

それは、死ぬ前のときも同じでしたので、それほど大変だとは思わないのですが、王妃様の公務もこちらへと回って来ておりまして、そのことでわたくしの側近たちが怒ってしまっているのです。


 結局、お披露目会に王妃様がお顔を出されることはなかったのですが、わたくしが抱擁をお断りしたことが気にさわられたのか、再開していた公務も取り止め、お部屋にこもってしまわれたとのことでした。


 マヌエラに取り繕わずに言ってちょうだいと頼んで聞いた話によりますと、「気に入らないことが起こると嘆いて、悲劇の主人公にでもなったかのように振る舞い、周囲から同情を誘うことで、自身の思う通りに物事を進めようとする」……らしいのですが、悲劇の主人公をしているうちに気鬱が酷くなって、塞ぎ込んでしまわれるそうです。

意味が分からないのですが、誰も理解できないことなので、分からないままで大丈夫だと言われてしまいました。


 王妃様の公務をわたくしが代わりにするのは、死ぬ前のときも同じでしたので、それほど大変に感じることもないのですが、何故か陛下がそこまでする必要はないと仰せになられまして、今回の人生は、王妃様側の公務をそれほど回されてはおりません。


 死ぬ前のときは、この程度も出来なくて女王になれると思っているのかと、かなり厳しかったのですが、どういった心境の変化なのでしょうか。


 まあ、そういうことでして、10歳の王太子も二度目で、しかも前回よりも難易度の下がった状態ですので、刺繍をする時間を確保できました。

そして、ようやく夜明けの空に羽ばたく焔鳥ほむらどりを刺繍した、刺繍絵画が完成したのです。


 自作の品をうっとりと見つめるのは、自画自賛しているようで少し気が引けるのですが、でも、やめられませんわ。


 …………なんだか、段々と周りがセラ様のお色に侵食されていっているような。

これは、いけないのではないかしら?どう見ても燃えるような赤と夕闇の紫色の2色を取り入れておりますものね。鳥の置物に、リボンに、刺繍絵画、厳重に保管してありますが、ブラットの描いた傑作「夜を誘うきみ」もそうですし。


 これは由々しき事態かもしれないと、マヌエラとレオナに尋ねてみました。


 「ねぇ、少し色が偏り過ぎてはいないかしら?」

「そうでございますね。ただ、アーデルハイト殿下は、夜明けのこのお色を見ていると元気が湧いて来られるとのことですから、朝を思わせるお色を少し周囲に増やすのも良いかと存じます」

「わたくしもその方が良いかと存じますわ。2色だけですと、邪推されることも出てくるかもしれませんし……」


 レオナから周囲の人が邪推するかもしれないと言われ、ハッとしました。

わたくしにとってこのお色は女性であるセラ様のお色を思わせるものですが、知らない人からすれば、わたくしに想う殿方がいるのでは、と思われてしまうのですね。


 お披露目会のドレスに配色した薄い黄色、オレンジ色、ピンク色の3色を取り入れていき、王太子の装いもそれで仕立てることにしました。

公務で外に出ることもありますので、色々とあつらえなければならないのですが、基本的に王太子として動くときはパンツスタイルがほとんどですので、死ぬ前のときなどは、目立たない部分の服は着回しておりましたの。


 膝丈のコートに、膝までのブーツが基本のスタイルですからね。

パッと見て分からないところは、予算の無駄だとして、なかなか仕立ててもらえなかったのです。


 そのようなこともございましたから、今回の人生で服を仕立てる際に「目立たない部分は、着回せば良いのでは?」と口にしたところ、レオナは顔を真っ青にし、マヌエラは珍しく眉間にシワが寄っていました。

王太子として、公務で着る服を着回すなど、あってはならないことだそうですわ。


 公務で着た服を普段使いにして着回すのは大丈夫なのですが、公務で着回すのは、ダメということでした。

死ぬ前のときは、ダメなことをさせられていたのですが……、どういうことなのかしらね。


 今となっては確かめようもないですし、ダメだと言われていることを押し通す必要もありませんので、品位を落とさない範囲で、なるべく支出を抑えてほしいとだけ伝えておきました。

マヌエラは、「きちんと誂えても十分に予算は残りますよ」と苦笑いしておりましたが、わたくしの意を汲んで、なるべく抑えてくれるそうです。


 王太子予算の出費を抑えるように言ったのは、直属部隊の増強のためです。

国内を巡り、絵画を回収するついでに治安維持にも貢献しているのですが、それに憧れて志願してくる者たちが、この5年でかなり増えてきたため、騎士である隊員たちの下に、平民でも実力と人柄が合格に達していれば入隊できる兵士枠を作りました。

 

 騎士1人に対して3人の兵士をつけ、慣れて来たら、この3人の兵士の下に更に兵士を追加するのだと、ヴァルター卿が計画を立ててくださったので、きちんとそれを自分なりに理解して納得できてから、承認しました。


 承認後、どうなったのかヴァルター卿から報告があるとのことで、本日は、ヴァルター卿がお越しになられております。


 「ヴァルター卿、お忙しいようですが、体調にお変わりございませんか?」

「ははっ!大丈夫ですとも。ご心配ありがとうございます、ハイジ殿下」

「ご無理はなさらないでくださいね。兵士を騎士の下につけるとのことでしたが、急いで戦力を増強しなければならない状況なのでしょうか?」

「そうですな。ちと少し、やっかいな情報も入って来ておりましてな、それを見据えての増強です」

「やっかいな情報?」

「ヴィヨン帝国の第三皇子殿下が我が国の学園に入学することを拒否されたのは、ご存知でしょう?いよいよ、あの話が現実味を帯びて来たのではないかと思うておるのですよ」


 死ぬ前のときは、王妃様が亡くなられていたことから、婚約が前倒しとなり、第三皇子殿下が婚約締結のために我が国へと来られ、そのまま我が国の学園に留学となったのですが、今回の人生では、王妃様が亡くなられていないことから、婚約が前倒しになることはなく、それに伴い第三皇子殿下の留学の話もなかったのです。

わたくしは、王妃様がご存命であるから、第三皇子殿下の留学がないのだと思っていたのですが、ヴァルター卿はそうは思っておられないようです。


 「まだ正式な婚約を結んでいないとはいえ、いずれ王配となるのであれば、我が国の学園へ留学して来るべきなのです。それをしないとなると、ハイジ殿下が夢で見られたという事態になるのではないかと思いましてな。皇太子となり、いずれは皇帝になるのだから、王配になるつもりなどない、と」

「ということは、皇太子殿下と第二皇子殿下が危ないのでは?」

「まあ、危なかろうが、それはあちらが対処しなければならない問題ですからな。我々がするべきことは、そうなった場合に備えるだけですぞ!」

「それはそうかもしれませんが……」

「現状では、第三皇子殿下が皇太子となったとしても、我が国の第二王女殿下があちらへお輿入れすることはございませんので、どちらかといえば、ヴィヨン帝国の第四皇子殿下が婿入りされる可能性がございますな」


 しかし、第四皇子殿下は、ヴィヨン帝国の侯爵家へ婿入りされ、彼が当主となるときに公爵へと陞爵することになっているため、それを破談にしてアイゼン王国へと婿入りさせるとなれば、かなり揉めることになるだろうと、ヴァルター卿は言いました。


 第二皇子殿下は、皇太子殿下が皇帝に即位した後、大公になられる予定ですので、第二皇子殿下の婚約者はいずれ大公妃となります。

そうなると、第二皇子殿下が無事だったとして、彼をこちらへ婿入りさせるのも婚約されていた家と揉めますわね。


 死ぬ前のときは、第三皇子殿下がロザリンドを婚約者に指名したので、ロザリンドがヴィヨン帝国へと輿入れすることになったのですが、アイゼン王国とヴィヨン帝国の婚姻がどういった意味を持つのかヴァルター卿に聞いた後ですと、アイゼン王国からヴィヨン帝国へと輿入れしたことの意味がよく分からないことになりますわね。

まあ、恋愛結婚だと言ってしまえば、それまでなのですが。


 「ということでしてな、戦力を増強しておいて損はございませんぞ」

「戦になる、と?」

「はっはっは!抑止力というものでございます。今回、ハイジ殿下へと献上される馬の中に、魔獣馬がおりまして、それを何頭か揃えては如何かと思うておるのですよ」

「乗れるかしら?」

「今のハイジ殿下ならば問題ないでしょう。あとは儂か、そうですな、直属部隊の隊員にも何人か乗れそうなのがおりますので、普段は伝令馬に使えばよろしいかと。情報は武器になりますぞ」

「なるほど」


 ヴァルター卿からの報告は続き、次は、わたくしが頼んでいた人物たちの動向についてだったのですが、わたくしについていた最初の教師たちの中に、帝国と繋がりのある者がいたそうで、わたくしを傀儡かいらいにする計画を立てていたとのこと。

そちらは、第三皇子殿下とは関係なかったそうなのですが、王太子、後の女王を意のままに操れるのであれば、そんなに美味しい話はないだろうと、他の教師たちを唆してもいたそうです。


 しかし、陛下がわたくしにつけていた、王太子となってからの側近は、何故か行方が分からなくなっていると言い、ヴァルター卿は気持ち悪いといった感じで顔を顰めました。


 「陛下が承認しておるのですから、正体の不明な者が側近になっていたなどといったことは無いはずなのです。それなのに、紹介や推薦をした者を辿っていっても、消息が分からぬのですよ」

「王太子の側近ですよ?平民であるはずがないのですから、貴族籍の者を使っているはずです。もしかして、解任されたあと、家から放逐されたのですか?」

「ええ、解任された後、放逐されたようで、どこにもおらぬのですよ。しかも、全員ですぞ?一人くらいは実家の片隅にでも小さくなって細々と生きておるかと思うたのですが……。誰一人として、消息が分からないというのは、異常です」


 言い知れない恐怖にも似た気持ち悪さがして、思わず腕をさすりました。

教師たちは、帝国と繋がりのあった人物が関わっていたことが判明しましたが、解任した側近たちが誰と繋がりがあったのか、どういった指示で動いていたのか、全く分からないのです。


 ヴァルター卿を持ってしても消息を辿れないとなると、一貴族が動いているのではなく、何かもっと大きな、それこそ国単位で……、まさか。


 ハッとしてヴァルター卿を見ると、深く重く頷き、「そのテルネイ王国とやらが実在しているかどうかは置いておくとして、国が動いているでしょうな」と口にしました。


 そう……。

わたくしが立太子したような頃には既にアイゼン王国に根を張っていたのですね。

 王太子の側近になれるほど深くに……。


 ふふっ、そうですの……。

でも、ね?どこへ逃げようとも隠れようとも、わたくし死ぬ前のときの記憶がございますのよ?


 テルネイ王国と早々に懇意になった人物たちが怪しいと見ていいでしょう。

その人物たちの名をあげると、ヴァルター卿は驚いた顔をして、「側近となっていた者の実家もありますな……」と言いました。


 虐待されていたわたくしを見て、何もしなかったことから解任した側近たち。

あの人たちが何を思って見ているだけだったのかは分かりませんが、死ぬ前のときを思い返せば、わたくしを傀儡にしたあと、王位剥奪に手がかかったところで、処分するつもりだったのでしょう。

 

 セラ様もそれに同意していたのかは分かりませんが、思い返してみたところで、わかるはずもなく、優しい思い出の中に悲しさが混じるようになってしまいました。


 それでも、わたくしは、セラ様にお会いしとうございます。

でも、さすがにわたくしの使用している色が、セラ様のお色ばかりとなると、そうね、引かれるかもしれませんので、違う色も使わなくてはなりませんね。嫌ですけれど。気が向きませんけれど。セラ様に引かれるよりかはマシでしょう。


 ヴァルター卿には、王太子直属部隊の強化をお願いして、暗躍している人たちに関しては放置しておいて良いと伝えました。

王太子の側近に入り込めるほど深くにいるのですから、わたくしが騒いだところでどうにもなりませんもの。


 奪うつもりでいるのならば、受けて立てば良いだけですし、どうにもならなくなったら……、そうね。大暴れしてやりましょう。


 そうと決まれば、ムチの鋭さに磨きをかけなくてはなりませんわ。

備えていれば憂うことも少なくなりますもの。

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