4 お披露目会を開催したアーデルハイト

 お披露目会が開かれている会場へと、陛下にエスコートされて入りました。


 死ぬ前のときは、貼り付けた笑みの下はガチガチに緊張しており、陛下にそれを覚られて小さく叱責されたのですよ。


 しかし、今回は、頼もしい側近もおりますし、ご高齢ではありますが経験豊かな友人も出来ましたので、心に余裕がございます。

二度目というのも大きいですけれどね。


 陛下が開会の挨拶をされまして、その後にわたくしが挨拶をしたのですが、お腹に力を入れ、会場の隅々にまで届くように声を出しました。


 「本日は、わたくしのお披露目会に出席していただき、ありがとうございます。皆様の支えがあればこそ、こうして健やかに10歳を迎えることができました。まだまだ至らぬところがあるとは思いますが、日々、努力を怠ることなく、王太子として精進していく所存です……」


 短すぎてもいけないし、長くてもダメなので、もう少し言葉を続けますが、ヴァルター卿とマヌエラに練習に付き合ってもらい、大丈夫だと言われておりますので、それを信じるしかありませんね。

死ぬ前のときは、声が固くなっていたことから、余計に「無感情な喋るお人形」などと言われてしまったのですが、今回はきちんと出来たと思うので大丈夫でしょう。


 事前に参加される方々の情報を頭に入れてありますが、死ぬ前の記憶を持っている わたくしからすれば、新たな情報というよりは、おさらいといったところでしたので、それもあって余裕があるのだと思います。


 陛下から、王妃様が久方ぶりに娘に会い、その立派な姿に感極まって少し参加が遅れることを付け加えてくださいましたが、わたくしに同情的な視線を向ける人と、王妃様が座る予定であった場所を落胆した様子で見ている人など、様々でした。


 感極まって参加が遅れるなどと、本気で思っておられる方が少ないようなのですが、それによって落ちるのは王妃様の評判であって、わたくしではないところが救いでしょうか。

まあ、多少は王家全体の評判も落ちるでしょうけれどね。


 わたくしは、陛下と共に皆様より高い場所に設置された席にて、貴族からの挨拶を受け、その相手に合う内容で話を振り、少し話してから、次の貴族へといった感じで、こなしていきました。


 ただ、直接こちらの上座へ挨拶に来られる立場なのは、公爵、侯爵、伯爵までで、子爵、男爵になりますと、人数がかなり多くなりますから、遠慮していただいております。


 子爵家と男爵家の方々は、王家主催の成人した若者たちのために開かれる"成人を祝う夜会"にて、陛下へとご挨拶が叶いますので、一生ご挨拶が出来ない、なんてことにはなりませんので、ご安心ください。


 死ぬ前のときと比べて、周囲の反応はとても良かったと思います。

ご挨拶させていただいた中には、絵画品評会に出展されたり、絵画を落札された方々もおりまして、そういった方々は目を輝かせて終始嬉しそうにされておられましたが、そのついでに王太子アーデルハイト直属部隊が巡回して、面白くない思いをされた方々は、顔に無理矢理笑顔を貼り付けた感じでしたわね。


 お披露目会は、決まった座席などは用意しておらず、各々が好きな場所でお茶とお菓子や軽食を楽しめるようになっているのですが、これは滅多と会えない遠方の貴族たちとも交流を持てるように配慮したものでもあります。


 貴族からの挨拶が終わり、今度はわたくしが上座から下へと向かい、仲良くしたい方々に声をかけていくことになっています。


 王侯貴族の礼儀作法として、位が下の者から上の者に、許可なく声をかけてはいけない、というお約束がありまして、このお披露目会の会場内には、未成年とはいえお披露目会を済ませた10歳以上の子供たちばかりですので、そのお約束を理解していない者はいないはずなのです。


 いないはずなのですが、死ぬ前のときに、許しもなく声をかけてきたご令嬢がおりまして、礼儀がなっていないとして無視をしたのです。

その結果、マナーとしては正しいのかもしれないが、無視するのは如何なものか、一言くらい声をかけて注意をするのが、王太子として上に立つ者の役目なのではないかと、かなり批判を受けました。


 話しかける際の立場の上下としては、国王陛下は絶対的な上位ですし、王太子は公爵家と侯爵家の当主と同等、他の王子王女は伯爵家の当主と同等、子爵家以下は許しなく王族に話しかけることは出来ません。

当主と同等なのであって、子供にその権利はございませんので、公爵家や侯爵家の子供が王太子に許可なく話しかけるのは、マナー違反になります。


 そして、今回も死ぬ前のときと同じご令嬢が、許可なく声をかけてきましたわ。


 これは、わざとであると思って良いのかしらね?

しかも、わたくしは名を呼ぶ許可も与えていないのですけれど、これもマナー違反ですわ。


 「アーデルハイト殿下!こちらのお菓子とても美味しかったのですが、ご一緒にいかがでしょうか?」

「……ふふ、オーベルト侯爵家のご令嬢だったかしら?」

「はい。覚えていてくださって嬉しいですわ!」

「貴族名鑑でだいたいは把握しておりますし、先程、挨拶したばかりでしてよ。それよりも、お約束は守るためにございますの。決して破るためでも、蔑ろにして良いものでもございませんわ」

「え?」

「あら、困りましたわね。わたくしが、おかしいのかしら?」


 困った顔をして微笑んでいると、娘の行動に気付いたのかオーベルト侯爵が慌ててやって来ましたわ。

オーベルト侯爵家令嬢は、わたくしのことを「アーデルハイト殿下」と呼びましたが、公の場では「アーデルハイト王太子殿下」と略さずに呼ばなければいけないので、彼女が行なったマナー違反は、許可なく話しかける、勝手に名を呼ぶ、敬称を略す、の3つです。


 「王太子殿下、娘の無作法をお許しください。何分、周りに下位の者しかいなかったため、上位の方に許しなくお声をかけてはいけないことに、慣れていないのでございます!」

「つまり、あなたは、王族というものが何かを娘に教えていなかったと、そういうことかしら?公爵家へ嫁いだとしても、上位には王族がおりましてよ。まさか、王家に入ることを視野に入れておられたのですか?そうだとしても、今は侯爵家の令嬢にすぎないのですから、教えはきちんと守らせませんと、ねぇ?」


 娘に陛下の側室を狙わせるにしても、わたくしと同じ年齢では無理がございますし、側室は王太子よりも地位は下でしてよ?

それは置いておくとして、オーベルト侯爵の言い訳にならない言い分と、娘の無作法に対して、何もしないというわけにもいきませんわね……。


 ふふっ、そうだわ。

いいことを思いつきましたわ!


 「せっかくの宝石も磨かなければ、ただの曇った石でしかございませんわ。未来あるご令嬢の将来を狭めてしまうのも忍びないですし、これも何かの縁でしょう。わたくしを指導してくださっていた教師に教えを乞うといいですわ。マヌエラ、手配をお願い」

「はい。かしこまりました、アーデルハイト王太子殿下」

「ちょ……っ、お待ちください!そのようなことを勝手に……!」

「このような祝いの場でお約束を守れなかったのですよ?ましてや3歳や5歳の幼子でもあるまいし、これは、オーベルト侯爵家の怠慢なのではなくて?」


 わたくしを指導していた教師、と聞いて、何を思い浮かべたのか、顔を真っ青にしたオーベルト侯爵。

あらあら、何をそんなに焦っておられるのでしょうね?ふふふ、さて、どちら・・・の教師をお望みかしら?


 虐待じみていて、教育とも呼べない、ただの憂さ晴らしをしてきた教師ではございましたが、やり方はともかく、マナーの内容におかしな点はございませんでしたからね。


 さて、オーベルト侯爵家のご令嬢がやらかした事が、意図してやらされたものであるならば、そろそろ動きがあってもおかしくはないのですが、どうかしら?


 そう思っていると、意外な人物、いえ、妥当といえばそうなのでしょうね。

陛下がこちらに声をかけて来られましたわ。

 

 「何があった?」

「陛下。こちらのオーベルト侯爵家のご令嬢が、お約束が守れておりませんのでしたので、わたくしを指導してくださっていた教師をご紹介しようと思いましたの」

「そうか。この会に出席できる年齢で、それが出来ぬなどとは問題であるが、家の事情に王家が口を挟むのは行き過ぎでもある。オーベルト侯爵、次はないぞ」

「はい、申し訳ございませんでした。ご温情に感謝申し上げます」

「うむ」

 

 陛下のお言葉で片付いてしまいましたが、オーベルト侯爵は、陛下に謝罪と感謝を述べはしましたが、わたくしに対しては何もございませんでした。


 あら?これは、陛下からの宣戦布告だと解釈してよろしいのかしら?

だって、この出来事は陛下がわたくしの対応を見るために、仕込んだのだと思えるもの。


 オーベルト侯爵はそれをやらされたけれど、彼はわたくしに謝罪をしなかった。

つまり、わたくしに謝罪をしないことで、これは「やらされた茶番」だと無言で主張なさったとも取れるわ。


 わたくしだけの考えでこれを判断しない方が良いと思うので、日を改めて、ヴァルター卿や友人たちに意見を伺ってみましょう。


 「マヌエラ、先程の件は良いわ。ありがとう」

「かしこまりました」


 オーベルト侯爵は、陛下にやらされたのかもしれませんが、ご令嬢の方はどうなのかしらね?

死ぬ前のときは、「少し礼儀がなっていないだけで王太子に無視されて、かわいそうに」と、周囲から同情されて優しく接してもらえていたみたいですが、今回のわたくしの対応によって、オーベルト侯爵家令嬢には冷たい視線が向けられています。


 オーベルト侯爵家令嬢はキョトンとした顔で、何が起きているのか分かっていなさそうにしているのですが、あれが演技であれば恐ろしいですし、本気なのだとしたら頭が痛くなるわ。

どちらにしても、お近付きにはなりたくありませんわね。


 ちょっとした問題に遭遇はしましたが、わたくしは予定していた通りに、交流を持ちたい人物たちに声をかけていきました。


 最初に声をかけたのは、マヌエラが推薦したエルトマン伯爵家のレギーナ嬢。

このご令嬢は、死ぬ前のときは、お輿入れされたセラ様付きの侍女となられておりまして、そのときに面識がございましたが、とても仕事のできる方でしたわ。マヌエラが推薦するのも頷けるというものです。


 お次は、ヴァルター卿の推薦で、彼のお孫さんですわね。

ヴァルター卿がお若い頃は、この様なお姿だったのではと思えるほどにソックリで驚いてしまいましたが、とても人懐っこいお方でしたわ。

 ヴァルター卿が言うには、まだまだ鍛錬が足りないそうですが、あれ以上鍛錬をしたら、筋肉の塊になってしまわないかしら?


 ヴァルター卿の紹介で、友人となった方々から推薦された人物ともお話をさせていただき、とても楽しい時間を過ごせました。

ただ、お一人だけ右目を押さえてクククっと不敵に笑っておられたので、目が痛いのか、偏頭痛なのか、少し心配いたしましたが、笑っておられましたのでご病気とかではないのでしょう。


 最後に、とある家族に声をかけました。

夫である伯爵を亡くし、夫人は実家へと身を寄せておられたのですが、上の息子さんは無事に学園を卒業し、下の息子さんは、今年度から学園に通われているそうですわ。


 「お久しぶりですわね、ヘレナ夫人」

「アーデルハイト王太子殿下、お久しぶりにございます。10歳になられましたこと、お喜び申し上げます」

「ありがとう。そちらのお二人は、ご子息かしら?」

「はい。長男と次男です。おかげさまで、長男は見習い騎士となることが叶いましたし、次男も学園に通わさせていただいております。アーデルハイト王太子殿下には、感謝してもしきれません。本当に、ありがとうございます」

「ふふっ、いいのよ。ヘレナ夫人にはまだまだ習いたいことがございますもの。それに、もう少しで、あれが完成しそうですので、見ていただきたいの」

「まあっ、そうなのでございますか。それは楽しみですわ。ぜひ、ご一緒させてくださいませ」


 お披露目会の準備や絵画品評会のことなどがあり、ヘレナ夫人と刺繍をする時間が減っていたのですが、10歳のお披露目会が済み、これから王太子としての公務が始まるとなると、今までほど時間は取れなくなるかもしれません。

それでも、なるべく確保するつもりですわ。

 無心で、ひたすら針を動かしていると、嫌なことなど消えてなくなりますからね。


 そうだわ。ヘレナ夫人を講師として招いて、ご令嬢方と刺繍の会を開くのも良さそうですわ!

今すぐにとは、いかないかもしれませんが、準備を進めておく分には構わないわよね。


 どうせなら、余っている個人の予算をドーン!と使いましょうか。

材料を買えないご令嬢にも参加していただけるように、こちらで用意しておけば、人数も増えると思いますし。

 

 さぁ、そろそろお披露目会も終わりなのですが、結局、王妃様はご参加になられなかったわね。


 陛下も大変ですわね、なんて声をかけて心配そうな顔を作っていらっしゃるご令嬢やご婦人もおられますが、ちらほらと赤い髪だったり、豊満な女性らしい体型であったりする人が混ざっておりますね。

うーん……、あのお方たちの良いところを厳選して、昇華すれば、セラ様の足元くらいには及ぶ……かしらね?


 

 

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