3 10歳になったアーデルハイト
皆さん、ご機嫌麗しゅうございます。
10歳になった王太子アーデルハイトですわ。
10歳のお披露目会ということでございまして、昼間の開催になるのですが、夜も明けきらぬうちから起こされまして、湯浴みをして香油で揉みほぐされ、髪にも香油を染み込ませて丁寧に梳かれ、お行儀があまり良くはございませんが、ローブ姿で化粧鏡の前に座り、髪は巻くための道具で固定したままの朝食となりました。
お披露目会など、重要な会に出席するための準備を優先するため、こういった日だけは、お行儀がよろしくないことが許されるのです。
許されるのだとしても、食事はきちんとゆっくりと頂きたいので、嬉しくはございませんけれどね。
食事を手早く終えると、ドレスの裾をふんわりと広げるために、次々に下に着るものを重ねて着用していき、あとはドレスを着るだけとなったところで、軽くお化粧をして、髪を上半分をドレスと同じ色合いのリボンと共に複雑に編み込んでいき、あとは緩やかにカールさせて流し、軽さを持たせました。
死ぬ前のときは、作り物めいた微笑みを貼り付けた顔をしておりましたが、今のわたくしは、自信に満ち溢れた雰囲気が見て取れますわ。
同じ微笑みでも、心情が変わればここまで違いますのね。
ちなみに、このお披露目会に王妃様もご出席なさるのですが、お会いするのは5年ぶりになります。
マヌエラから、王妃様がわたくしに対して、後ろめたくて会えなくとも手紙すら出さなかった理由を探ってきて頂いたのですが、「なんて書いたらいいのか分からなくて……」ということでございました。
産後の肥立ちが良くない上に、王太子として厳しく育てるために、強制的にわたくしを取り上げられたにしても、申し訳ない気持ちすらなかったのかと、少し落胆いたしました。
謝ってほしいわけではございませんのよ?
でも、周囲が止めるのを聞かずに会いに行けば良かった、くらいのことは書いてくださっても良いのでは?と思ってしまいましたの。
そう思っていなくても、そう書くことも出来たはずですのに、それすらしないということは、わたくしとの関係性など大して重要ではないとお思いなのではないかしら?
しかも、わたくし、
陛下の名義で王太子に宛てた祝いの品は届きましたけれど、王妃様からは一切何もなかったのですわ。
そして、今回の大切な10歳の誕生祝いは、
何かが欲しかったわけではないのです。
贈り物とは、品物そのものではなく、その気持ちを受け取るものだと思っておりますが、さすがに婚約者ではなく仮婚約しかしていない相手の色を使ったドレス一式という非常識な品では、喜べませんもの。
贈り物をしてくれたことへの嬉しさよりも、その非常識さに落胆してしまった気持ちが上回ってしまったのは、わたくしの心が狭いのかもしれないと思ったのですが、周りの皆は「そのことについては、怒っても良いと思います」と言ってくれたので、少し気分は楽になりましたけれどね。
10歳という特別な節目となる今回のことでさえも、祝ってくれたのは血縁者ではなく、ヴァルター卿を筆頭に、わたくしの側近たちやヴァルター卿にご紹介いただい友人たちだけでした。
王太子アーデルハイトに宛てたものではなく、
今回のお披露目会の衣装は王太子の予算から出しておりますが、リボンと靴はヴァルター卿たちが用意してくださったので、嬉しくて心が弾んでおりますの!
両親が健在なのに、10歳のお披露目会の衣装を全て自前で用意するというのは、そこはかとなく物悲しい気分になりますからね。
死ぬ前のときは、王妃様は亡くなられておりましたから、陛下と二人でお披露目会が催される会場へと入ったのですが、今回は、王妃様はご存命ですので、三人で会場入りすることになります。
ドレス一式の受け取りを拒否したので、少々気まずいですが、気まずくてもアレを受け取るわけにはいかなかったので、仕方がありませんけれどね。
わたくしがお披露目会に連れて来た側近は、相談役のヴァルター卿、筆頭侍女のマヌエラ、侍女のレオナ、執事のカール、王太子直属部隊隊長フランツの5人の他に護衛騎士が3人です。
マヌエラに侍女をお願いした際にレオナから、マヌエラを筆頭侍女にしてほしいと頼まれまして、それでマヌエラが筆頭侍女になったのですが、レオナ曰く、厳しくとも学ぶことが多々あるので、とても勉強になるということでした。
お披露目会の会場へと続く控えの間へ側近を連れて入ると、既に陛下と王妃様がおられたのですが、なんとなく二人に距離がありますわね。
わたくしは、王太子らしく礼をとると、「お待たせいたしましたこと、誠に申し訳ございませんでした」と、謝罪いたしました。
「い、いや、うむ。構わぬ。まだ時間内である
「寛大なお心に感謝申し上げます。はい、おかげさまで元気に過ごさせていただいておりますわ」
「う、うむ……」
はい、会話終了でございます。
まあ、続けるつもりもございませんので、構わないのですけれどね。
さて、王妃様は?と、そちらへ視線を向けますと、ちょっと嫌そうな顔をしてマヌエラを見ておりました。
王妃とあろうものが、誰が見ても分かるほど表情に出すなど、どういうおつもりなのかしら?
マヌエラに筆頭侍女をお願いしてから、とても快適に過ごせている わたくしからすれば、彼女の何が嫌で解任したのか理解に苦しみます。
いえ、レオナに問題があったわけではないのよ?でも、やはり経験の差というものがございますからね。それを学ぶべくレオナを含め、他の侍女たちも日々頑張ってくれています。
わたくしの視線に気付いた王妃様は、ハッとして表情を取り繕うと、嬉しそうに笑みを浮かべて、勢い良く抱きしめて来ようとされましてので、お断りさせていただきました。
……少し考えればお分かりになると思うのですが。
抱き締められればドレスが多少なりともシワになりますし、髪も崩れますし、場合によってはお化粧がヨレて王妃様のドレスにわたくしの化粧がついてしまう可能性もあります。
国の女性の頂点に君臨されておられるのですから、感情を抑えて、最善を選んでくださいませ。
わたくしに拒絶されたことに傷ついた顔をした王妃様は、涙を溢れさせると、唇をグッと噛み、扉から出て行ってしまわれました。
えええぇぇ〜……?
どうしますの、これ?
えっ、わたくしが悪いのですか?
深い深いため息が聞こえたので、そちらを見ると、額に手をあてた陛下がおられました。
「王妃のことは……、そうだな、久しく会えていなかった娘に会えて、感極まってしまったことにしよう。王太子のお披露目会だというのに、これでは……」
「申し訳ございません、陛下。装いに不備が出るかもしれずと、お待ちいただいたのですが、まさか、このようなことになるとは思いもせず……」
「よい。お前が悪いわけではない。だが、母として、娘に久しく会えていなかったのだ。そこは分かってやってくれ」
「かしこまりました」
久しく会えていなかった、ねぇ。
会いに来ようと思えば来られたでしょうに、それを言うのですか。
ましてや、娘に対して母らしいことなど、何もしてくださらなかったのに。
ここで感情的になってはいけません。
マヌエラが指導してくれたことを実践するときですわ!
わたくしは、少しだけ悲しそうな顔を作って微笑むと、「そうですわね……。会えていなかったのですから、贈り物も何を選んで良いのか迷われてしまって、そのままになってしまったのでしょうね……」と言いました。
そうすると陛下は、ハッとしてこちらを向き、しどろもどろに言い訳をされました。
「良いのですわ。陛下がお忙しいことは、重々承知いたしておりますもの」
「いや、しかし、それでも……。今まで何も贈らなかったことの言い訳にはならぬ」
「王太子として、十分な贈り物を頂いておりますわ」
「王太子……と、して?」
「はい、王太子アーデルハイト宛ての品で、王太子の紋が入ったお品が届いておりますもの。それで十分ですわ。でも……、王妃様は……」
「王妃がどうかしたのか……」
「いえ、なにも……」
「申してみよ。ここには身内しかおらぬ」
「……頂いた覚えがないのです」
「何?どういうことだ?」
「王妃様から、何かを頂いた覚えがないのですわ。誕生の祝いも、新年の祝いも、何も……」
「なん……だと……っ!?」
陛下が自分の娘に対して、王太子宛ての品しか用意していなかった後ろめたさは、王妃様がそれすらも用意していなかったことを知って、頭から抜け落ちてしまわれたみたいですわね。
ついでに頭の毛も抜け落ちてしまえばよろしいのに。
そうこうしているうちに、お披露目会が始まったようで、扉が開けられる合図が鳴りました。
このお腹に響く重い太鼓の音を聞くと、心身ともに引き締まりますわ。
それは陛下も同じようで、先程までの表情とは違い、威厳のある国王の顔をしておりました。
死ぬ前のときは、陛下のこの顔が怖かったのですが、今では頼もしく感じてしまうのですから、不思議なものですわね。
さて、王妃様がおられないのは、死ぬ前のときと同じですが、亡くなられていて参加できないのと、逃げ出して参加しないのとでは、全く話が違います。
ですが、まあ、感極まってしまって、少し落ち着いたら参加するでしょう、とでも言うしかございませんわね。
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