2 開き直ったアーデルハイト

 みなさま、ごきげんいかがしら?

わたくしは、元気に過ごしておりますわ。


 テルネイ王国が同盟相手ではなく、侵略者であったならば、わたくしが処刑されたのも分かるというものです。

死ぬ前のとき、テルネイ王国とヴィヨン帝国が手を組んだのかは分かりませんが、王太子であるわたくしを処刑するために、何らかの取り引きがあったのかもしれません。


 吐き気をもよおすほどの衝撃に見舞われた わたくしではございましたが、そうも言っていられない展開になりまして、その対応に追われていたのです。

吐きそうだなんて言っていられませんでしたわ。


 あのお茶会のあと、何とか部屋へと戻ったわたくしを待っていたのは、王妃様が手配されたという「お披露目会のドレス一式」で、とてもではございませんが、お披露目会には着られない頭痛のするドレス一式でございました。

どうして頭痛がするのか、ですって?


 ドレスの色というのは、婚約者が許可しない限り、お相手の色を使ってはいけないのです。

お相手の色というのは、髪と瞳の色のことですわ。


 第三皇子殿下は、新緑を思わせる緑色の髪をしておりまして、王妃様が手配されたドレスは、伝え聞いただけということもあり若干の違いはありましたが、その色を全体に持ってきており、ネックレスには彼の瞳を連想させる濃い青色のサファイア、ドレスの刺繍にはそのサファイアと同じ色が使われておりました。

わたくしと第三皇子殿下は、まだ仮婚約であって正式な婚約はしておりませんので、彼からお色を使う許可はいただいていないはずです。


 今回の人生では、王妃様が亡くなられていないことから、第三皇子殿下との婚約が前倒しされておりませんし、前倒しされたとしても、お披露目会の時点では正式な婚約を結べていないのですから、どちらにしろ彼のお色を使うことは出来ません。


 今にして思えば、死ぬ前のとき、第三皇子殿下から嫌われた理由に、わたくしが婚約者でもないのに彼の色を勝手にまとっていた、というのもあったのだと思います。

許可を得ていなかったのではなく、まだ婚約者ではないのだから、許可を出すはずがなかったのですよ。


 側近を入れ換えたときに、皆とお買い物をしましょうと、楽しんでいたあの時に、レオナの発言で第三皇子殿下とはまだ仮婚約でしかないと知ったのです。

そのこともあって、わたくしを陥れようとしていた者を探るため、ヴァルター卿には内密に頼んであります。


 しかし、わたくしが知らないだけで、第三皇子殿下は王家に色をまとう許可を出しているのかしら?と思い、一応、陛下へと緊急の確認事項といたしまして、すぐに問い合わせた結果、そのような許可はこちらにも届いていない、ということでした。


 つまり、婚約者ではない第三皇子殿下の色を使った王太子用のドレスを王妃様が勝手に仕立てたことが判明したのです。


 王妃様と陛下は、相思相愛の恋愛結婚だと耳にしたことがございますから、王妃様は婚約者の許可なく色を使ってはいけないのだということが、頭から抜けていたのかもしれませんが、一国の王妃が知りませんでした、では済まされないことだと思います。

婚約者であったとしてもお相手の許可が必要ですのに、婚約者でもない方の色をまとうなど、あってはならないことですわ。


 そのような品を身につけるわけにもいきませんので、王妃様が手配されたドレス一式は、受け取り拒否をさせていただきました。


 王妃様が手配されなくとも、わたくしのお披露目会用のドレス一式は、既に出来上がっておりまして、前日に微調整をするだけになっておりますので、問題ございませんわ。


 婚約者の色を使わない場合は、自分の色に5色加えるのが基本とのことで、わたくしのドレスは瞳と同じ色である氷のような冷たさのある水色を全体に使い、夕焼けから夕闇に向かって、縁取りは髪の色である黒を少しだけ使っております。

自分の色が水色と黒色、加えた5色は薄い黄色、オレンジ色、赤色、ピンク色、紫色ですわ。


 ヴァルター卿たちとのお茶会までは、このセラ様のお色をさりげなく配色したドレスを着るのが楽しみで仕方がなかったのですが、お茶会後は少し気が重たくなってしまっておりました。


 しかし、その気分の重さも、王妃様が手配されたドレスを見るまででしたわ。

まだ婚約者ではない第三皇子殿下の色を使ったこともそうなのですが、わたくしの顔立ちに加え、重たい印象を与える黒髪に新緑のような色をしたふわふわの可愛らしいデザインのドレスは、似合わないのですよ。


 あのドレスは、王妃様に似て輝く金の髪をしたロザリンドが着たならば、それはもう似合ったことでしょう。

似合うからといって、ロザリンドに渡したりしておりませんよね?と、不安になりまして、それも陛下に確認していただいたところ、頭を抱えましたわ。


 せっかく仕立てたのだからと、ロザリンドに渡すべく、サイズ調整の手配中だったそうですわ。

陛下も王妃様がここまで迂闊な方だったとは思いもよらなかったそうで、なんと、そのことでケンカなさったと、噂になっておりますの。


 何となく奇妙な感覚にとらわれた わたくは、新たに側近となってくれたマヌエラに尋ねました。


 「ねぇ、マヌエラ。王妃様付きの侍女にお友達・・・なんて、いたりします?」

「ええ、おりますよ」

「なるほど」


 マヌエラは、実にいい笑顔で答えてくれましたが、王妃様にあの・・ドレスをロザリンドに与えるように、仕向けたのですね。

そして、わたくしがドレスがどうなったのか確認しなくても、ロザリンドにそのドレスを与えようとしていたことが、陛下のお耳に入るようになっていたのでしょう。


 いくら唆した人がいたとしても、王太子である姉の婚約者の色を使ったドレスを妹に与えようとしたのは、さすがの陛下もお許しにはなられないでしょうね。

しかも王妃様は、何がいけなかったのか、お分かりになっておられないようですので、それは口論にもなろうというものです。


 わたくしは、自身が王太子であることに不満はありません。

しかし、女性であるわたくしが出産で命を落とす可能性がある以上、王位を継ぐのは、男性が好ましいのも事実。

 そうであるならば、わたくしに子が生まれる前に陛下に王子を作ってもらうのも、仕方がないことなのですわ。 


 第一に優先すべきは個人の感情ではなく、国と、王家の存続ですもの。


 こうして陛下と王妃様の間に少し溝を作ることで、側室候補のご令嬢たちが入り込む隙を作ったのですね。

見事な手腕ですわ。敵に回したくはございませんが、味方であるならば、どれほど頼もしいことか。ありがたいことですわね。


 セラ様の祖国であるテルネイ王国のことは、考えないことにしました。

死ぬ前のわたくしが持っていた情報が、今にして思えば少なすぎるので、考察や推察のしようがないのです。


 この持っている情報の少なさに、もしかしたら、死ぬ前のわたくしの周りにいた人たちが関係しているのではないかと思い、ヴァルター卿にその人たちのこともそれとなく調べていただけないか、お願いしてみましたの。


 セラ様が、アイゼン王国を侵略するためにお輿入れされたのだとしても、周りに鑑みられることのなかったわたくしに、家族の温かさを教えてくださったことに変わりありませんから。

それが例え、作られたものであったとしても、ですわ。


 だって、わたくしの血縁者たちは、作り物の温かささえも、くださらなかったのだから。


 側近たちには、わたくしが置かれていた状況を伝えているので、陛下と王妃様のことをお父様、お母様と呼ばないのか、とは言ってきません。

ヴァルター卿にご紹介いただき教師というていで友人となった方々も、そのことについては何も言って来ませんでした。


 母親の産後の肥立ちが悪かったとはいえ、3歳の幼子がいきなり親から引き離されたのですから、親を親として認識出来ていないとしても不思議ではないと判断されているのだと思いますが、わたくしの場合は、そういうことではないのです。


 死ぬ前のことと言えど、そう簡単に消えてなくなってはくれないのよ。


 そんなことを思っていたので、沈んだ顔でもしていたのでしょうか。

マヌエラに気分転換をしてはどうかと言われてしまいました。


 そうね。死ぬ前のことなど気にしていても、何にもなりませんもの。

ましてや、今回の人生とは関係のない話なのですし。


 わたくしは、ムチの訓練をしに、馬場へと向かいました。

ここは、王太子専用の馬場でして、わたくしが所有している馬の他に、王太子アーデルハイト直属部隊の馬も置いてあります。


 死ぬ前のときは、ロザリンドが羨ましがって欲しがったのですが、さすがに王太子専用の馬場を使わせるのは外聞が悪かったのか、ロザリンド用に広大な馬場を整備して与えていました。

厩舎にまで繊細な彫刻を施した派手な馬場を作らせたそうなのですが、ロザリンドが厩舎に行くわけでもないのに、その装飾に意味があったのか疑問に思いましたけれどね。


 王太子なのだからと、死ぬ前のときにわたくしが与えられたのは、魔物の血を引く気性の荒い大きな馬でした。

軍馬と魔物を掛け合わせた魔獣馬と呼ばれる品種で、強靭な肉体と速度、体力を維持するために、定期的に魔物と掛け合わせて品質を保持しており、そのせいで制御するのがとても難しいのです。


 そのような馬ですからね。わたくしは死ぬまでにその馬に乗れたことはなかったのですが、普通の馬に乗るのも大変だったのですよ。

何せ、ムチに怯えたままでしたからね。


 今はもうムチなど怖くありませんし、むしろ、とても頼もしいですわ。


 気分が高揚していくのを感じ、その感情のままワラ人形へとムチをふるいました。

 

 「あはっ」

「アーデルハイト殿下、淑女らしくお声を抑えてくださいませ」

「んふっ、ふふっ、ごめんなさいね、マヌエラ。楽しくて、つい……ふふっ」

「感情を律することも王太子として必要なこととは存じますが、……まあ、無表情な上に無言でムチをふるうよりかはマシでしょうか」 

「あの、マヌエラ様。無表情で笑い声だけ漏れている方がどうかと存じますわ。やはり、お声を抑えていただいた方がよろしいのではないでしょうか」

「レオナの言うことも分かりますが、……今のままの方が相手の恐怖心を煽るのではないかしら?」

「えぇ……、そんな……」

 

 楽しくて、途中からマヌエラとレオナの会話が入って来ませんでしたが、何かあったのかしら?

報告した方が良いと判断すれば言ってくれるでしょうから、今は、気分転換を楽しみましょう!


 軽く汗を流した後は、刺繍の続きをしようかしら。

超大作の刺繍絵画の図案は、夜明けの空に羽ばたく焔鳥ほむらどりにしましたの。


 暗闇にひとりぼっちだったわたくしに、温かさと希望を与えてくださったセラ様。

そんな思いを込めた作品ですの。


 焔鳥ほむらどりは、噴火した火山から飛び立ち、災厄を祓うといわれている伝説の鳥なのですが、伝説と言われているだけあって、実在しないとされています。

その焔鳥を思わせる赤い大きな鳥が現実にいるのですが、その鳥のことを炎鳥ほのおどりと呼び、王族は年始にその炎鳥を食して、災いのない一年を過ごせるようにと祈るのですわ。


 そんな鳥を食べていたところで、冤罪で処刑されてしまうのですから、それほど意味はないのでしょうけれど。

……いえ、むしろ、わたくしが災いなのだとしたら、それは、誰かの災いを祓ったことになるのかしら?


 まあ、ただの迷信でしょうから、意味などないのでしょうけれどね。


 なんだか、無性に鳥肉が食べたくなりましたわ。

用意できなければ明日以降でも構わないので、メインを鳥肉にしてもらいましょうか。


 ちなみに、わたくしの私室に置かれている大きな鳥の置物が、炎鳥の彫刻ですわ。

朝と晩に必ず撫でていたら、手が届くそこだけ少しお色が薄くなったように感じましたので、先日、修復に出したのですが、戻ってくるまでの喪失感には酷いものがございました。


 わたくし、セラ様に依存しておりましたのね。

少しずつでも、その依存を薄くしていかなければ、足元をすくわれかねませんわ。


 でも、きっと大丈夫よ……。

だって、わたくしには、ムチがありますもの。


 今ならば、わたくし、あの気性の荒い魔獣馬にも乗れそうな気がしますわ!

といっても、その馬が用意されたのは、10歳のお披露目会を過ぎてからだったのですけれどね。


 今回の人生もあの馬が与えられるのかしら?

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