前回と様子が変わった人生

1 悩めるアーデルハイト

 皆さん、ごきげんよう。

9歳になったアーデルハイトですわ。


 それにしても、どうしましょう。

特に困っているというわけではございませんのよ。でも、ねぇ……。どうしたものかしら。


 わたくしには、死ぬ前のアーデルハイトの記憶もあるのですが、前の人生と違う行動を起こしたからなのか、その記憶にある人生とは変わって来ています。


 死ぬ前のときは、8歳の頃に王妃様が亡くなっていたのですが、今の人生では、わたくしが9歳になった今もご存命ですし、何なら最近は王妃としての仕事も再開し始めたらしく、徐々に精力的に動いているとのことです。

わたくしが10歳になったときに開催するお披露目会の準備もするのだと、奔走しているそうなのですが、無理をしてまで手伝っていただく必要はないのですけれど、と思っていたりします。


 ロザリンドは、あの暴挙とも呼べる事件があってから、周囲にいた者たちが入れ換えられ、立派な淑女となるべく教育が始まったそうなのですが、遅々として進まず、名だたる教師たちが手に負えないと、去って行くこともあったとのこと。

せめて、ロザリンドが10歳になってお披露目会をするまでに、どうにか見られるようにしなければと、周囲は頭を悩ませているそうですわ。


 10歳でお披露目会があり、それまでは、公に姿を現すことはしないのです。

しかし、死ぬ前のとき、わたくしの婚約者であった第三皇子殿下をお出迎えする中に、7歳のロザリンドがいたのですが、それはとてもおかしなことだったのよね。


 わたくしの場合は、その時お披露目会は終えておりましたから、何の問題もございませんでしたが、お披露目会を終えてもいなければ、婚約者でもないロザリンドが一緒にいたのは、異常とも言える状態でした。


 そうやって少しずつ、死ぬ前の人生とは変わって来ているのですが、わたくしが何に悩んでいるのかと申しますと、セラ様ことセラフィマ様のことです。

アイゼン王国王妃が生きていることから、セラ様の祖国であるテルネイ王国と縁を結ぶとなった場合、こちらへお出でになられるのはセラ様ではなく、もしかしたら他の方になるのでは?と思いまして……。

 

 いえ、王妃様に死んでほしい、などと思っておりませんわよ?

思っておりませんが、セラ様は、わたくしにとって心の支えなのです。


 5歳の頃に死ぬ前の記憶を得たのですが、その混乱の中でもセラ様との思い出が支えでしたの。

でも、その支えであったセラ様に会えない可能性が出て来たとなれば、悩むのも仕方がないでしょう?


 それと、わたくしが死ぬ前の記憶を得て、周囲を整えるためだったり、セラ様お気に入りの画家ブラットを確保したりと忙しかったため、深く考えている余裕がなかったのですが、少し時間に余裕が出て来たことで、疑問に思うことも出て来ました。


 死ぬ前のとき、ヴィヨン帝国の皇太子であった第一皇子殿下が、どうして感染病に罹って死んだのか、ということです。

しかも、第二皇子殿下まで感染したというのですよ?おかしくありませんか?ヴィヨン帝国の皇帝陛下の次に守られなければならないお二人が、感染病に罹るような場所へ赴くでしょうか?


 そのことに思い至ってから、モヤモヤした気持ちが晴れず、ちょっとぼんやりしていたら、ヴァルター卿からお茶に誘われました。


 誘われたと申しましても、わたくしはまだ9歳でお披露目会を終えておりませんから、誘われて勝手にどこかへ赴くことなど出来ませんので、王族の住まう敷地内で、わたくしが行っても大丈夫な場所にある温室にて、ヴァルター卿と小さなお茶会をすることになりました。

わたくしに紹介したい人たちがいるそうで、その方たちもご招待しているとのことなのですが、どのような方々なのか楽しみですわね。


 ということで、招待された温室へとレオナとカール、わたくしの直属部隊隊長のフランツと、護衛騎士数名を伴って行くと、扉の前には一部の隙もないお爺さんがおり、招待状を渡すと中を確認し、恭しく扉を開けてくださいました。

このようなお方がいらしたのですね。死ぬ前のときには、お会いしたことはなかったのではないかしら?

 

 扉が開かれると、中はほんのり暖かく、優しい光が天井から差し込んで、花々を照らしていました。

案内人よって先導され、ヴァルター卿が待つ場所へとたどり着くと、そこには先客が数人おられました。


 「お招きいただき、感謝致しますわ」

「ようこそ、ハイジ殿下。今回の茶会は私的なものなので、お茶と菓子を美味しくいただき、楽しくお喋りしましょう」

「ええ、そうさせていただくわ」

「ハイジ殿下。彼らは、儂の友人でしてね。是非ともハイジ殿下とも友人になっていただけたらと思い、この場に呼んだのですよ。まあ、友人の紹介となると、まだお披露目会を終えておられないので、側近や教師候補としての顔合わせという名目で呼んだのですがね」

「まぁ、お心遣いに感謝いたしますわ。とても楽しみです。皆様、アイゼン王国王太子アーデルハイトですわ、よろしくお願いしますね」


 私的な茶会ということで、簡略化した挨拶を済ませて始まったお茶会ですが、さすがにヴァルター卿のご友人だけあって、年齢層がかなり高く、その分、知識も経験も豊富で、話題が尽きないし、お話していて楽しくて仕方がございませんわ。

さりげなく周囲に話題を振ったり、満遍なく会話が行き渡るように配慮したりと、とても勉強になります。


 時間を忘れて楽しくお喋りをしていると、スッと雰囲気が静まった、その絶妙なタイミングでお茶がスッキリした味わいのものに変更されました。

さすがですわ。何ですの、このタイミングの良さは。これが経験による勘というものなのかしら。


 「さすがですわね」

「お褒めに預かり光栄でございます」

「せっかくの機会ですからね。皆さんもお集まりのことですし、少し夢に見たお話をしようと思いますの」

「あら、夢でございますか?それは興味深いですわ」

「ふふっ、楽しい話ではないのよ?でも、そうね。興味深い話では、あると思いますわ」


 わたくしの話に真っ先に反応してくださったのは、マヌエラ様で、彼女は元王宮侍女長をしておられたのですが、王妃様が嫌がったことから引退させられたそうです。

こんなに素晴らしい方を引退させただなんて、本当にどうかしていますが、まあ、王妃様は気鬱が酷かったということで、王妃としての仕事も放置なさるような方ですからね。


 まあ、王妃様のことは良いわ。

それよりも、せっかくですから、わたくしが死ぬ前のときのお話をしてみようと思います。

 これだけ知識と経験が豊富な方々がいれば、わたくしの疑問も解き明かされるかもしれませんもの。


 そうして、わたくしは夢の中で見たという前提で、アーデルハイトの置かれた状況、ロザリンドの育った環境、王妃の死、ヴィヨン帝国の皇子殿下3人に起こったこと、海の向こうテルネイ王国との友誼と婚姻、アイゼン王国王子誕生、そして、アーデルハイトが死ぬまでのことを簡単に話しました。


 話の始まりから皆さんの眉間にシワが、そして、段々と厳しい表情になり、アーデルハイトが死んだところで、ギリ……っという奥歯を噛み締める音が響きました。

しかも、その音が複数……。夢のお話ですからね。落ち着いてくださいませ。


 「以上のことが起こったとして、第一皇子殿下の死因は本当に感染病だったのかしら?と疑問に思っているのですわ」

「うーむ……。恐らくだが、……まあ、実際に起こったとして、暗殺でしょうな」

「っ……。やはり、そうですか……」

「ただの病ならともかく、感染症になど皇太子が罹ったりはせんでしょう。第三皇子が全てを手に入れんと動く可能性がありますな。そして、その野心とそれを達成できるだけの力を持っているということで、皇帝は第三皇子を立太子させるでしょう。そうしなければ、次は自分の首が危ないというのもあるでしょうが、欲しければ勝ち取れといったところも、あの国にはあるのでございますよ」


 欲しいと思ったものが与えられなかったことなどなく、人から奪っているのだという自覚すらなかったロザリンド。

そんなロザリンドは彼を愛し、彼もまたロザリンドを愛した。


 なんてお似合いの二人なのかしら。

今になって、本当に心底そう思いますわ。


 過去を思い返して頷いていると、元王宮侍従長のイグナーツ様が楽しそうに笑い出しました。


 「ふぉふぉふぉ。その夢の話からすると、じゃ。何ぞ次に生まれるのは王子様のようじゃの。これは、陛下に頑張ってもらわにゃいかんのぅ」

「そう……なるのかしら?」

「産まれてみれば分かるじゃろうて。王子でなかったとしても、ここに立派な王太子殿下がおられるのじゃ。王子が誕生するまで、何人でも王女を作るがいいさ」

「いえ、でも、王妃様は、お子を産むのが難しいのではなかったかしら?」

「なーに、問題ないわい。そのお輿入れされたという姫君は、どのようなお方じゃった?それを参考に側室を探せば良いのじゃよ」


 王妃様は、ふわふわした愛らしさの残る大人ですが、セラ様は、凛としていて、それでいて情熱的で優しく、思いやりがあって、全てを包み込むような温かさがあるのですが、時折ふと見せる無邪気な、ちょっとイタズラな笑顔が素敵な女性でしたわ。

そして、お胸が豊か。わたくしとは真逆でしたわ。あのふかふかなお胸で泣いたこともございましたの。わたくしの中の優しい思い出ですわ。


 セラ様の特徴を語ると、心当たりが何人かいるそうで、各々が打診してみるとのことです。

相手が違っても王子が生まれるのかしら?と思っていると、ヴァルター卿から、ヴィヨン帝国についてのお話がございました。


 なんと、ヴィヨン帝国から属国のような扱いを受けていると思われていたアイゼン王国なのですが、どうやらそうではないようなのです。


 ヴィヨン帝国の皇族は持参金をアイゼン王国への融資として使い、その用途のほとんどが危険な魔物がいる森で活動する兵士の費用にあてられているそうです。

その見返りとして、危険な魔物がいる森で取れる品々をヴィヨン帝国へと送っているのだとか。


 しかし、前回お輿入れされたヴィヨン帝国の皇女様は、その持参金を融資としてではなく、私欲を満たすために使われたそうで、そうなるとアイゼン王国から見返りとして送っていた希少な品々は、ヴィヨン帝国へと送られなくなります。

莫大な融資の私的利用を防ぐために皇族自らがその管理にあたって、希少な品々を優先的にヴィヨン帝国へと送っていたのに、その皇族が私的な利用をしてしまっていては、意味がないではありませんか。


 「ハイジ殿下が語られた先程の夢の話ですが、現在ヴィヨン帝国やその周辺国は、我が国から希少な品々を得られなくなったことで、それが品薄状態になっているはずです。そのことが感染病の蔓延、拡大に繋がる可能性もございますよ」

「アイゼン王国は、ヴィヨン帝国としか取引しないのですか?」

「我が国は、他国と取引できなくても、それほど困りませんからな。しかし、周辺国はそれが欲しくとも手が出せない状態なのですよ」

「陸路をヴィヨン帝国に押さえられていても、海路を使えば行き来できるのでは?」

「アイゼン王国まで航行できる船や航海士はおりませんし、何より言葉も文化も違いますからな。片言ならば通じても、それで貿易を行なうには無理がございます」


 そうでした。

わたくしは、王太子教育として他国の言葉も習っておりますが、ほとんどの人が自国の言葉しか話せない状態なのですよね。


 ………………あら?

これは、一体どういうことなのかしら?


 「ハイジ殿下、どうされました?顔色があまり良くなさそうですが」

「いえ……、どうしてセラ様と言葉が通じたのかと……」

「ああ。ククっ、そりゃあ夢なんですから、海の向こうといえど、ハイジ殿下にその異国の知識がなければ、夢の中ではハイジ殿下に分かる言語になっているでしょうな」


 夢……。

そう、ただの夢ならば、そうなのでしょう。


 しかし、あれは、夢などではございませんわ。

痛みも悲しみも、苦しかったことも、全て現実にあったこと……。


 「ねぇ、ヴァルター卿」

「なんですかな、ハイジ殿下」

「海の向こうから来た異国の方々が、アイゼン王国の言葉を話せた。そうだった場合、考えられることは?」

「…………。ふむ、アイゼン王国の者、もしくは、アイゼン王国の言葉を話せる者と繋がりがあるでしょうな」


 ヴィヨン帝国がテルネイ王国と友誼を結ぶように言ってきたと、死ぬ前はそう聞いていたのですが、ヴァルター卿の話では、ヴィヨン帝国がアイゼン王国に内政干渉できる立場ではなさそうなのですよね。

そうなると、テルネイ王国王家との婚姻は、誰が推し進めたものなのかしら?


 何の疑問もなく、セラ様がアイゼン王国語を話されていたことを受け入れていましたが、たまたま嵐で流れ着いた先の国の言葉をどうして話すことが出来たのでしょうか。

たまたまなのではなく、何か目的があってやって来たとしたら……。


 わたくしは、思い至った結論に吐きそうになりました。


 「っ!ハイジ殿下!?どうされました!!」

「っ……。いえ、なにも」

「何もないなんてこと……っ、顔色がなくなっておりますぞ!」


 ヴァルター卿や他の皆様も心配して声をかけてくださいますが、まだ返事ができそうにないわ。


 だって……、信じていたものが、音を立てて崩れていきそうなのですもの。


 セラ様……、あなた様は、どのような想いで、海を渡って来られたのでしょうか……。

辛いと涙を流すわたくしを抱きしめてくださった、あなた様は、どのようなお顔でわたくしを見つめていらしたのでしょうか。


 死ぬ前に戻れるのならば、あなた様にお会いして、心の内をお聞きしとうございますわ……。

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