7 8歳になったアーデルハイト
みなさん、ごきげんよう。
わたくしアーデルハイトは、8歳になりましたわ。
ええ、8歳でございます。
みなさん、覚えておいでかしら?わたくしが8歳のときに、何があったのか。
そう、母であるアイゼン王国王妃が亡くなった年でございます。
そうですの。母が……、まだ生きておりますのよ。
いえ、死んでほしいとか思っているわけではございませんのよ?思っておりませんが、死ぬ前のとき、今くらいの時期に王妃様が亡くなったと知らされて、既に棺に入れられた状態での対面だったのですよ。
今回、わたくしは、特に何もしておりません。
手厚い看護で療養をしていた王妃様が亡くなったということは、手の施しようがなく身罷られた、ということなのでしょうから、医療の知識も奇跡を起こせる力も持ち合わせていない、わたくしに何が出来るとも思えなくて、まあ……、放置していました。
死ぬ前のとき、療養している王妃様から手紙が来ることもなく、呼ばれることもなく、言わば放置されていた状態だったのですが、それは療養しているから仕方がないと思えたのですよ。
そう思うと共に、母を恋しく思う気持ちも消えていってしまったものだから、今もそのままだったりします。
冷たいと言われるかもしれませんが、今も王妃様から手紙も無ければ呼ばれることもございませんので、わたくしの中では、母ではなく、アイゼン王国王妃でしかないのですわ。
側近たちに、王妃様から手紙が来たりしていないかと尋ねても、気まずそうに「届いておりません」と返って来るばかりなので、その問い掛けをするのもやめたのですが、気の毒そうなのではなく、気まずそう、なのですよ。
手紙を書けないし、部屋にも呼べない状態なのであれば気の毒そうな顔をしたのでしょうが、彼らは「気まずそうな顔」をしたのよ。
つまり、手紙を書こうと思えば書けるし、部屋にわたくしを呼んでも問題無い程度の状態である、ということなのだと思うわ。
母との記憶は、3歳までのおぼろげなものと、5歳の頃に逃げ出した先で一目見かけただけでしたので、もうほとんど母との思い出や記憶などは残っておらず、他人のような感じになってしまっているのよ。
国王陛下とも、そのような感じかしらね。
国王と王太子という間柄で、父と娘ではございませんわね。死ぬ前のとき、わたくしを処刑に追いやったことも恨んでいないと言えば嘘になる程度には、腹を立てておりますが、死ぬ前に起こったことであって、今のわたくしに起こった出来事ではございませんから、気持ちのやり場がなくなっているのです。
でも……、まあ、正直に申しますと、拗ねている部分もあるのだと思うわ。
わたくしは、王太子という枠に入れられて、娘の部分は切り離されて捨てられたのですもの。
それは今回も同じなのです。
今更、それを繋げて家族のようにふるまうのは、難しいですわ。
でもねぇ、ロザリンドのことは妹だと、ちゃんと思えるのですよ。
わたくしから全てを奪っていった憎い相手ではあるのですが、それは、あの子の育った環境が良くなかっただけで、あの子だけに責任があるとは思えなくて……。
そんな困った妹であるロザリンドなのですが、あまり評判がよろしくないと側近たちが言うのよ。
評判がよろしくないって、まだ5歳のあの子にそんなに評判を落とすようなことが出来るとは思えないのだけれど。
カールが言うには、わたくしが5歳の頃に商人を呼んでお買い物をしたという話をロザリンドが耳にして、自分もお買い物がしたいと言い出したため、王妃様が手配したそうなの。
そして、「これ、ぜーんぶ!いただくわ!!」と言ってしまったことで、用意された品を全てお買い上げしたとのこと。
ここまでは、死ぬ前のときも同じことをしていましたので、驚くこともなく聞いていたのですが、カールから次に告げられた内容が信じられず、しばらく言葉が出て来ませんでした。
「……わたくしが5歳のときに直属部隊を持ったからと、ロザリンドもそれを欲しがって作ったのまでは良いわ。でも、その部隊を使って、その……強盗紛いなことをさせたとは、どういうことなの?」
「アーデルハイト殿下は、絵画品評会に出品される絵を直属の部隊に回収させておりますよね。回収された絵は品評会後、本人が希望すれば返却しておりますし、寄付された絵は、入札方式で売買され、収益は孤児院へ使われております。ですが、第二王女殿下は、その辺りの事情を知らされておられなかったようで、姉であるアーデルハイト殿下が絵を回収し、それを売ったお金を好きに使っているのならば、自分も持って帰らせたものを好きに売っても良いと、派遣した騎士たちに民から何か売れるものを取って来させていたようなのです」
「…………頭が痛くなってきたわ。ちょっと、それをどうして誰も止めないの!?陛下や王妃様は?」
「気付いたときには、既に民から被害報告が出されておりまして、現在、第二王女殿下が集められた部隊は、謹慎させられている状態です」
「なんてことなの……」
商人を呼び、用意された品を全部お買い上げしてしまったため、ロザリンドに割り振られた今年度の予算は底をついてしまい、次のお買い物が出来ないと知ったロザリンドがやらせたという話なのだけれど、これは唆した人物が後ろにいますよね?
わたくしの真似をしたと言っても、5歳児がひとりで考えつくこととは思えないもの。
でも、民から物品を徴収し、それを売っていたらしいのだけれど、絵画を入札方式で売るほどの収益はないのでは、と疑問に思っていたら、なんと美術商や宝飾店からも強奪していたとのこと。
しかも、ロザリンドが集めた騎士たちの中には、見目が良いだけで実力はないのに、気位だけは高いという者が多く、ロザリンドの名を使って好き放題していたのだとか。
街での飲食もロザリンド様がお望みだとか
始まりはロザリンドの意味不明な主張のワガママだったかもしれませんが、常識的に考えれば、諭して止めるべきでしょうに。
あの子の周りには、まともな側近はいないのかしら?
そう思ってレオナに聞いてみたところ、まだ5歳ということもあって側近はついておらず、乳母とメイドがいるだけで、教育係もいない状態だそうです。
死ぬ前のとき、当時5歳だったあの子が舌足らずな喋り方だったのは、教育係がいなかったからなのね……。
でも、死ぬ前のときと、今の人生にいるロザリンドは中身が同じだと思うのですが、わたくしが違う行動をしただけで、このようなことになりますの?
わたくしは死ぬ前のとき、「無感情なお人形」などと陰口をたたかれていましたから、ロザリンドの天真爛漫な愛くるしさは、癒しのように見えたのかもしれませんが、今のわたくしが陰口をたたかれないようになったら、ロザリンドの異常さが浮き彫りになったのかしら?
あ、そうだわ。
そのようなことが起こっていたのなら、絵画の回収は大丈夫だったのかしら?
今年は、3年に一度の絵画品評会が開催される年で、題材の幅が広がるように「木」としたのだけれど、その品評会へ出品される絵は無事だったのか心配だわ。
「ねぇ、カール。品評会へ出品される絵は無事なの?」
「そちらは大丈夫です。画廊や美術商が所持していて、出品される予定であった絵は展示はされておらず、梱包されて倉庫に保管されていたそうで、そちらは被害を免れております」
「あぁ……、
「既に転売されてしまったものは、追跡している最中とのことですが、返却を渋って値を吊り上げられているところもあるそうです」
盗品だと言ってしまえれば、品物を即座に押さえることが出来るらしいのですが、騎士が強盗紛いのことをして手に入れた品だとは言えず、間違って売られてしまったということにしているため、返却を強制することが出来ないでいるのだとか。
返却を渋っている者の中には、真相を公にしないで誤魔化していることに腹を立てて、わざと値を吊り上げている者もいるらしいわ。
幼いとはいえ第二王女の暴挙、それを見逃してしまった王家、そして、その真相を誤魔化そうとしている国王に、民の信頼は失われつつあるそうよ。
でも、王太子であるわたくしの評判は落ちておらず、むしろ、面白みがあり、親しみやすく、それでいて頼もしいと評判が良いそうですわ。
親しみやすいのと頼もしいのは分かりますが、面白みとは何でしょうね?何か、面白いことなどした覚えはないのですが……。
頼もしいというのは、発足から3年が経った王太子アーデルハイト直属の"お絵描き部隊"のことがあるからでしょうね。
ええ、ええ、とても強くなりましたわよ。本人に合った強化ということで、ヴァルター卿のご指導のもと、皆さん、たゆまぬ努力を重ねてくれているので、強さはアイゼン王国一とも言えるそうですわ。
わたくし直属の部隊は、実力重視で人柄も考慮して集めたため、相手の身分で態度を変えたりするような騎士はおりませんからね。
今までは、そのことが大きな話題になることはなかったのですが、ロザリンドの集めた騎士たちがあまりにも酷かったため、最近では比較できるものが出て来て、わたくし直属の部隊の評判は、急上昇しているのだとか。
そんな最底辺というか、騎士という名の犯罪者たちと比べて評判が上がりましても、ねぇ?
ちょっと、素直に喜べませんわ。
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