5 絵画品評会を開いたアーデルハイト

 世界で唯一わたくしに優しくしてくださったお方である、セラ様ことセラフィマ様のお気に入りの画家を探そうと、とある催し物を開くことにしました。


 しかし、画家というものは、成功していれば裕福な暮らしも出来るそうなのですが、売れない画家は画材を買うお金もなく、才能を埋もれさせていることも、しばしばあるとのこと。


 ということで、題材に沿った絵を描いてもらい、最優秀賞や優秀賞など賞を獲得した者には画材を贈る、という絵画品評会を開催することにしたのです。


 賞金を与えようとすると、絵描きでもない人が賞金欲しさに適当に描いて応募して来るかもしれませんから、褒賞は画材としたのですが、公表していないだけで、最優秀賞を獲得した者には、褒賞の画材とは別に本人が受け入れてくれるのであれば、衣食住と使用人も付けて、わたくしお抱えの画家になってもらうのも良いかと思っております。


 主催者であるわたくしに囲い込む権利はありますが、わたくしが選ばなかった画家については、他の人が囲い込んでも良いですからね。

画材を優先して餓死するような、そういった絵に全てを捧げてしまうような人を少しでも減らせたら良いなとも思うのです。


 そうして、王太子アーデルハイト主催で絵画品評会を開催します、という告知したのですが、このこともきちんと陛下に計画書を提出し、許可を得ています。

予算は王太子ではなく第一王女アーデルハイト個人に振り分けられているお金でしようと思っていたのですが、陛下から「国内にいる全ての画家に向けての催し物ならば、王太子の名でせよ」と、計画書を王太子名義に変更するよう通達がございましたの。


 ですから、王太子アーデルハイト主催となっているのですが、「個人名義でやってるから失敗してもいい、などという甘い考えで金を使うな」と、陛下は仰せなのでしょう。


 まあ、セラ様お気に入りの画家を生きているのならば確保しておきたいという、それだけのことで、国益など一切考えておりませんでしたからね。


 王太子に割り振られている予算をロザリンドが使うことは許されませんが、わたくし個人のであれば、陛下の一言で使えてしまうのだから、使うのならもっともらしい理由をつけて王太子予算でやれ、ということなのかもしれませんわ。

 

 予算を王太子名義で出そうが、他から出そうが、結果が得られればそれで良いのだからと、今回の絵画品評会に応募してきた人の名と、絵の題名が記された一覧を見ていると、その中に目当ての名前があったことに安堵いたしました。

本人の応募ではなく代理人が推薦したとのことですが、彼の作品が絵画品評会に出されるのならば、問題ありませんわ。


 彼の参加が無かったら、毎年やろうと思っていたのですが、新たに採用した側近のカールから、毎年は多いので5年に1度か、最低でも3年はあけた方が、と言われてしまいました。


 「あら?毎年ではいけませんの?」

「何気ない絵ならばともかく、王太子殿下主催の絵画品評会ともなると、制作時間をかなり掛けたものになるかと存じます。肖像画のように、その場で描いて完成させたものを出品される方は少ないかと思われます」

「……絵とは、その場で描いて終わりではございませんの?」

「肖像画の場合ですと、その場で完成させることが殆どでございますが、売りに出される作品は、どうかすると10年20年と手をかけることもございますから、毎年品評会を開催していては、出品される絵が少なくなるか、質が落ちる可能性もございます」

「まあ、そうでしたの……。でも、5年もあけるのは長過ぎないかしら?」

「王太子殿下主催の絵画品評会を5年に一度、あとは何か名を付けたものを3年に一度とするのは、いかがでしょうか?」

「そうね。そうしましょうか」


 初開催の今回から5年ごとに王太子主催の絵画品評会、その他に3年ごとに何か名をつけて開催することとなりました。

今回の絵画品評会が終わった後に、5年後の王太子主催の絵画品評会の題材と、3年後にも絵画品評会が開かれることを公表することにして、3年後の方は題材を決めかねております。


 3年後といえば、わたくしは8歳ですから、王妃様の容態が悪化していないとも限りませんもの。

絵画品評会など開催していられれば良いのですが、どうなることかしら。


 それと、絵画品評会を毎年やっていては、わたくしが何事もなく女王となって引退する頃には、そのうちお抱えの画家が、50人を超えてしまうかもしれないとカールは言うのよ。

 ふふっ、50人もお抱えの画家がいるのは、それはそれで面白そうですけれどね。

城壁一面に絵を描かせるなんて、無駄なことも出来そうだわ。


 そうは言っても、急にこのような催し物を開いたところで、画家の人たちが王都に来ることも難しいので、来るのが無理ならば絵だけでも取りに行けば良いじゃない!ということになりました。


 人の少ない街道や森に近いところなどは、魔物がいたり、盗賊などの犯罪者が潜んでいたりと危険なので、それを巡回して討伐にあたる部隊をわたくしの予算で編成し、その方達に行った先々で絵を集めて来てもらうことにしたのです。


 わたくしのワガママで発足した部隊ですが、実力重視で身分に関係なく選んだのは、予算を抑えるのも勿論あるのですが、絵を集めて来ることも仕事の一つとしているので、自身より下の立場にいる者や平民を見下すような人は、いらないのですよ。


 今回の絵画品評会は、「夕闇」を題材にした絵を募集し、賞を獲得した者には画材を贈ることをアイゼン王国王太子アーデルハイトの名で公表しましたが、賞金ではなく画材だったことに国民から反感を持たれることは少なかったそうです。

ただ、幼いことを考慮しても画材を褒賞に選んだ、面白い王太子だと思われているみたいですが、それはまあ……、よろしいですわ。


 絵画品評会の告知後に、人柄を考慮しつつ、実力重視でわたくしの部隊に採用していったのですが、こういうときに死ぬ前の経験があると便利ですわね。

結構いたのですよ。家の位が低かったり、貴族の生まれでも庶子であることを理由に、いつまでも下っ端で不遇な扱いを受けていた騎士たちが。


 不遇な扱いを受けている方たちに対して、勝手に親近感を抱いていたから覚えていたのですが、そんなことは、どうでもよろしいの。

大事なのは、今ですわ、今!


 どうして採用されたのか分からないといった面々を前に、わたくしは満面の笑みで「実力と性格重視で選びましたの」と伝えたところ、王太子アーデルハイト直属部隊隊長を任せたフランツが代表して、「ご期待に添えるよう精進いたます」と、ニヤリと笑いました。


 「あなた方には、国内を巡って、絵画品評会に出品される絵を回収してきてほしいの」

「絵を……ですか?」

「ええ、そうよ。画家に王都まで持って来させるのは難しいですし、送るにしても破損してしまうことも出てくるかもしれませんもの。あなた達なら道中の危険を排除しつつ、回収して来られるでしょう?」

「危険を排除しつつ……。なるほど」

「請け負ってくださるかしら?」

「もちろんでございます。王太子アーデルハイト殿下直属部隊一同、誠心誠意務めさせていただきます!」


 国内を巡回して絵を集めて来いという、ふざけたことを言うわたくしに、選ばれた騎士たちは、笑うしかなかったみたいですけれど、ニコニコしていて嬉しそうなのは何故なのかしら。

まあ、ちゃんと給料は出しますし、必要な物もきちんと用意するとはいえ、途中で野営を挟むこともあるでしょうし、楽な仕事ではないと思うのですが……。


 騎士を城下町周辺だけならばまだしも、貴族が治める領地にまで派遣して魔物の討伐をするとなると、越権行為だと言われるため、彼らの任務は絵画品評会に出品される絵を集めて来ること、となっております。


 その道中の危険を排除するのは当然のことですので、国内をわたくしの部隊が巡回するだけでも、その間は少し安全な街道が増えるでしょう。


 自身が治める領地の安全をきちんと確保できている所ばかりであれば良かったのですが、残念ながらそうではない所もありまして、死ぬ前のときには、視察の際に頻繁に魔物に襲われる場所がいくつかありました。

さすがに王太子がいる一行を襲う盗賊はおりませんでしたが、魔物は相手の立場など関係ありませんからね。

 

 しかし、わたくしは、こういったことに詳しい知識を持っておりませんから、側近を入れ換えるときに、引退した元将軍であるヴァルター卿に相談役となっていただきました。

といっても今の将軍の2代前の将軍なので、かなり高齢ですが、死ぬ前のとき、彼だけはわたくしとロザリンドに分け隔てなく接してくださっていたの。ロザリンドは彼が苦手というか、顔を見ただけで泣くほど怖がっていましたけれどね。


 ヴァルター卿は、何も怖がらせようとしていたわけではなく、修羅場をくぐり抜けてきた覇気とでも言いましょうか、顔も含めて身体の至る所にある傷跡も相まって、無言で立っているだけで、幼い子には泣かれてしまうのですよ。


 アイゼン王国は、海に面している以外はヴィヨン帝国に接しているのですが、北西辺りに危険な魔物がいる森がありまして、そこから魔物が溢れないように、定期的に討伐にあたる部隊を直接指揮するのも将軍の仕事なのです。


 ヴァルター卿は、直接指揮を執るだけでなく、自身も前線に出ていらしたそうなのよ。

ほら、お隣はヴィヨン帝国しかないでしょう?他国の脅威というものが少なく、ちょっと暇だったという話でしたが、将軍という地位にいる者が暇なわけはないと思うので、ただ単に前線に出ていたかっただけなのではないかしら?


 死ぬ前の人生では、わたくしには厳し過ぎるのに、ロザリンドには激甘という国王陛下の態度にも苦言を呈してくださっていたヴァルター卿なのですが、陛下に煩わしく思われてしまったのか、わたくしが10歳になった頃でしょうか、辺境へ行ったと耳にしましたわ。

いくら前線に出て良し、参謀としても優秀といえど、高齢であり退役したヴァルター卿を気に入らないからと辺境へやるのは、どうかと思うのですけれどねぇ。

 まあ、辺境というか、北西にある危険な魔物がいる森へ自ら行った可能性もございますけれど。


 さて、とりあえず、これでセラ様お気に入りの画家を生きたまま確保に動けましたわ。

セラ様がお輿入れになられることがあれば、この画家に肖像画を描いてもらうことも可能になりますわね。


 そうしたら、二人で並んだ姿も描いてもらいましょう。

ふふっ、楽しみですわ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る