4 お買い物をするアーデルハイト

 みなさん、こんにちは。

本日は、お買い物をすることにしました。


 といっても、まだ5歳である上に王太子ですからね。

城下町へと馬車でお買い物になんて行かせて貰えませんので、王太子宮に商人を呼びつけてのお買い物となります。

 

 大きな広間には、様々な品が運び入れられており、そこから選んで買うのですが、そこに値段なんて書いてありませんの。

今はまだ5歳なので何も言われませんが、そのうち自身に割り振られた予算内で買い物をできるようにならないと、死ぬ前のときのように叱責を受けることになるのかしらね。


 まあ、後日、買った品物の名前と金額が書かれた明細書を貰えば、金額が分かるので、今後はそれを参考にすれば問題ないでしょう。


 物の値段を把握し、その変動にも注視するようにということらしいのですが、もちろんこのようなことをさせられるのは、わたくしだけで、ロザリンドは予算を超えれば、わたくしの余っている予算が流用されていました。

本当にそのような金銭感覚で、皇太子妃になれるものなのか不思議でなりませんが、死ぬ前にいた世界のことですので、考えたところで無駄ですわね。


 わたくしが陛下に許可を得て商人を呼んだので、この場のお買い物は全てわたくしが支払わなければいけません。

商人を呼んだ者が支払いを持つので、呼んだ者が許可しない限り、勝手に買い物は出来ないのですが、死ぬ前のとき、ロザリンドは勝手に来て、欲しいと思ったものを買って行ったのですが、買った品物の代金のことなど頭にはなかったのではないかしら?


 まあ、今はまだ2歳ですので、お買い物はさせてもらえないので、この場にはいないのですけれど、さすがにあの金銭感覚というか、お金の概念があったのかすら疑問に思うような育ち方は、どうにかしてほしいところではあるわね。


 今の人生でのお買い物は、今回が初めてということですので、今回に限り、この場に運び込まれているものを全部買ったとしても、予算を超えないようになっているはずですわ。

子供ですからね。「これ、ぜーんぶ!!」とか言いかねないので、そうなっても大丈夫なように、予算内で済む程度にしか運び込まれていなかったと思うのよ。


 その「これ、ぜーんぶ!!」をやったのが、死ぬ前の世界にいたロザリンドでした。

予算内で済むとはいえ、そこで全部を使ってしまえば次の買い物は出来ませんからね。

 そうして、わたくしの余った予算が、ロザリンドの次の買い物に使われていたわけなのでございます。


 大広間に運び込まれた品は、可愛らしいぬいぐるみやお人形など、女の子が喜びそうなものを中心に、素敵な布やリボンなども並べられていますが、年齢や性別に関係なく品物を用意して欲しいと頼んだので、大人の女性と男性でも買えそうな物もあります。

この場での買い物は、わたくし持ちなので、わたくし付きの側近や使用人も呼んで、好きな物を選んでもらうつもりでいるのですよ。日頃の感謝を込めたご褒美のようなものですわね。


 こういったことを教えてくれたのは、セラ様でした。

セラ様ことセラフィマ様は、死ぬ前のわたくしの継母となったテルネイ王国からお輿入れされた姫君様で、後に王子をお産みになられた王妃様です。


 艶やかな紅い髪、夕闇のような深い紫色の瞳。

そして、妖艶な雰囲気を持った素敵な姫君様で、唯一わたくしに優しくしてくださったお方ですわ。

 親子ほど年の離れたアイゼン王国国王と婚姻し、その柔肌をお開きになられたのでございます。

政略なのだから割り切っているわと、笑っておられた、その笑顔の裏にどれだけの思いが隠れていたのかは、わたくしは知ることが出来ませんでしたけれど。何も思っておられなかった、ということはないと思いますの。だってセラ様がお輿入れされたとき、16歳でしたもの。


 自分付きの側近や使用人を呼んで欲しいものを選んでもらう、そういったご褒美の与え方は、本来ならば母親が教えるはずのものらしいのですが、わたくしにそういったことを教えてくれる母は、おりませんでしたからね。


 このことを教えてくださったときセラ様は、「年がほとんど変わらないとはいえ、母親らしいことが出来て嬉しいわ。わたくしを姉として、友として、そして、母として頼ってちょうだい」と、優しい目をして、わたくしの手を取ってくださったのよ。


 ふふっ、今回の人生でもお会いできるかしら。


 ああ、そうだわ。

セラ様のことで思い出したことがございました。


 セラ様のその夕闇のような深い紫色の瞳を思わせるような、そんな色合いで描かれた絵画が献上されたことがあったのですが、セラ様はその絵を大層お喜びになられ、これを描いた画家に自身を描いてほしいと仰せになられましたの。

しかし、その画家は既に亡くなってしまっており、それが叶わなかったのですが、今ならまだ間に合うかしら?


 確か、その絵が献上されたとき、描いた画家は数年前に亡くなったという話でしたから、ギリギリ間に合うかどうかですわね。

セラ様がお輿入れされたのは、わたくしが13歳のときですから、今から8年後ですもの。10年を切っておりますわ。


 名前は分かっているのですから、探してみるのも良いかもしれませんが、その名をどこで知ったかを説明するのは難しいですし、言い訳を考えるのも面倒ですわね。


 どうせなら、余っている予算で催し物でもしましょうか。

余らせているとロザリンドに使われるだけですし、かといって無用な品を買い漁るのも嫌なので。


 つらつらと商品を見ながらそんなことを考えているわたくしに付き添っているのは、再び側仕えに戻したレオナと新たに採用した護衛騎士です。

立太子すると共に側近が総入れ替えされ、今まで側近だった者たちは配置換えとなり、こちらへ戻すことが困難になっていたり、婚姻によって辞めたりしていたので、呼び戻せたのはレオナだけでした。


 といっても当時は3歳でしたから、側近のほとんどは乳母やその代わりが出来るメイドでしたので、今のわたくしには、あまり必要ないのですけれどね。


 王女と王太子では、そばに置く側近にも違いがございますから、それを考慮しての人選だったのでしょうが、はっきり言ってクズばかりでした。

だって、わたくしが教師たちに虐待じみたことをされていても平然とした顔で、それを見ているだけでしたもの。そんな側近いりませんわ。


 そういったことを理由に側近を全て解任するように陛下に進言し、死ぬ前の記憶を頼りに欲しい人材をわたくし付きにしていただけるように、要望も出しておきましたの。

その人事が通り、要望した側近の全てが揃ったので、今回お買い物をしようと思ったわけなのですわ。


 「ねぇ、レオナ」

「はい、アーデルハイト殿下。どうなさいましたか?」

「せっかくだから、皆も一緒にどうかと思うのだけれど?」

「まぁ……、よろしいのでございますか?」

「ええ、もちろん。そう思って色々と用意させたのだもの。好きな物を選んでほしいわ」

「お心遣いに感謝申し上げます。皆、とても喜びますわ」

「ふふっ、そうだと嬉しいわ」


 わたくしの側近にもお買い物をして貰うべく、護衛騎士の一人に呼びに行かせ、交代で好きな物を選んでもらうことにしました。

わたくしのそばで守るだけが護衛ではございませんからね。わたくしの許可なく、誰かが勝手に部屋へと入らないように、扉前に立っていることも大事なのですよ。


 微笑ましそうにわたくしを見守るレオナから、「こちらのリボンは、いかがですか?」と勧められたのですが、それは真っ赤な夕焼けから夕闇に向かうようなグラデーションになっていて、とても素敵でした。

まるでセラ様を思わせるようなリボンですわ!


 わたくしの髪は光の届かない闇のように真っ黒で、瞳はミスリル眼と呼ばれる銀に水色をのせたような色をしておりますの。

この冷たい色の瞳が余計に人形を思わせたのでしょうけれど、セラ様は凛としていて素敵だとおっしゃってくださったのよ。


 「似合うかしら?」

「ええ、とても華やかですわ。明るい色を持って来ますと、アーデルハイト殿下の瞳は、まるで澄み切った朝の空のようでございます」

「そうかしら?ふふっ、では、これもいただこうかしら」


 人形のように冷たい瞳だと言われていたのに、レオナはわたくしを喜ばせるのが上手ね。

 

 色々と見て回っていて、「そういえば……」と、そろそろヴィヨン帝国第三皇子殿下のお誕生日の品を用意した方が良いのではないかしら?と思い、その品を選んでいると、レオナから不思議そうに声をかけられました。


 「あの、アーデルハイト殿下。そちらの品は、殿下には少し勇ましいかと存じますが……、どなたかへの贈り物でございますか?」

「ええ、ヴィヨン帝国の第三皇子殿下のお誕生日がそろそろでしょう?どれが良いかと思って」

「えっと……。なぜ、ヴィヨン帝国の第三皇子殿下に贈り物を?」

「なぜって、婚約者なのだから……、あっ、そうでしたわ。婚約者への贈り物は王太子の予算から出すのでしたわね。そうなると、また日を改めた方が良いのかしら?」

「えっ。ええ?あ、あのっ、アーデルハイト殿下、少々お待ちくださいませ。わたくし、殿下に婚約者がおられることを把握していないのですが……」

「え?」


 レオナからの「婚約者がいることを把握していない」という発言に固まるわたくしと、わたくしの発言に顔を青くするレオナ。


 どういうことなのかしら?と首を傾げていると、青ざめたレオナが「陛下にご確認をお願いいたします……!」と言うので、お買い物を済ませて部屋に戻り、陛下へ婚約者について確認の手紙を出すと、すぐさま返答がございました。


 わたくしとヴィヨン帝国の第三皇子殿下は、まだ正式に婚約しておらず、仮婚約のような状態だそうです。


 というのも、10歳になったらお披露目会というものを開くのですが、それが終わるまでは、公に姿を見せることは許されません。

そして、正式に婚約を結ぶと、婚約披露の会を開くことになるのですが、お披露目会が終わっていないと、それが出来ないため、正式な婚約は10歳を過ぎてからになるのです。


 今のところ、正式な婚約を結ぶのは、第三皇子殿下が学園を卒業されてからを予定しているとのことで、贈り物は婚約者としてではなく、仮婚約をしている相手に贈る品で選ぶようにと、陛下からの返答にございました。


 死ぬ前のときは、王妃様が亡くなられていたから、それで婚約が前倒しになったのね。 

わたくしが10歳を過ぎた頃に、第三皇子殿下がアイゼン王国の学園に通われるとのことで、彼の歓迎会を開いた際に、婚約披露の会もあわせて行われたのですが、そのときに正式な婚約を結んだのかもしれません。


 お披露目会を終えていないのであれば、婚約披露の会も行われていない。

そのことから、まだ正式な婚約者ではないと分かりそうなものでしょうに、死ぬ前のときのわたくしは、そのことに気付きもしませんでした。


 今も既に婚約しているものとばかり思っていたのですが、これは、解任した教師や側近がわたくしにそう思い込ませていたのかもしれません。


 これからは、視野を広く持って周囲の意見を聞きつつ、自分でも考えて、きちんと情報収集をしていかなければいけないわね。


 自分で考えないのならば、お人形を置いておけばいいのですもの。

死ぬ前のときのわたくしのように、喋るお人形を、ね。


 ちなみに、今回の人生で初のお買い物で購入したのは、リボンの他に刺繍に使う物を大量に、あとは本物そっくりに彫刻され、色が塗られた躍動感のある鳥の置物です。

燃えるような赤い翼が、まるで風に靡くセラ様の髪を思わせて、つい買ってしまいましたの。

 だって勇気と元気が湧いて来ますからね。


 高さは成人男性ほどもありますから、かなり大きな物ですが、部屋の見えるところに飾っておくつもりです。

第三皇子殿下への贈り物を見繕っているときに、目につきましたの。


 鳥のように自由に空を羽ばたきたい。

そんな思いもあったのかもしれませんけれどね。


 決して本物そっくりの置物がロザリンド除けになると思って置いたわけではございませんわ。

 


 



 

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