2 目覚めたアーデルハイト

 浮き上がるような、そんな感じがして、自然に目を開くと、見慣れたベッドの天蓋が視界に入りました。


 …………どういうことかしら?

冤罪ではありましたが、刑が執行され、毒を煽って死んだと思ったのですが、毒が効かなかったのでしょうか?あれほど苦しみ悶えたというのに?


 もしかして、毒死したと見せかけて、わたくしを逃がす……というのであれば、見慣れた天蓋のベッド、つまりわたくしの自室に寝かせるはずがありません。


 最後まで父は、いえ、アイゼン王国国王は、わたくしに厳しい視線を向けたままでしたからね。


 それならば、本当にただ毒が効かなかっただけなのかしら?

いえ、そうであるならば、首をはねてしまえば済む話ですもの、自室に寝かせる意味がありませんわ。


 そう思い、ベッドから起き上がったときに、違和感を覚えました。


 視線が……、低い?


 不思議に思い、視線を下に向けると、その身体はあまりにも小さかった。


 どういうことなのか理解できず、鼓動が激しくなった胸をおさえながら、ベッドから降りて鏡を見に行くと、そこには幼い頃のわたくしにそっくりな子がいました。


 わたくしは、そんなはずはないと思いつつも、恐らく机の引き出しにあるであろう日記を探しました。


 思った通り、そこには日記帳があり、中を確認してみると一番最初のページには汚い難解な文字で、「アーデルハイト3さい」と書かれており、次々にページをめくっていくと、「おかあさまに会いたい」と書いてあった次のページは白紙でした。


 わたくしが日記に「おかあさまに会いたい」と書いたのは、勉強が辛くムチで叩かれるのも怖くて逃げ出した、あの日の前日のみでした。

庭で椅子にゆったりと座った母に抱かれて嬉しそうに菓子を頬張っていたロザリンド、彼女に初めて会い、そして、父に初めて叩かれたあの日。それが今日なのだわ。


 「そう……。つまり、わたくしは、アーデルハイトなのね。そして、恐らく明日からは課題が終わるまで部屋から出られず、窓には近衛騎士が配置され、逃げられないようにされるわ」

 

 わたくしは、赤くなってジンジンと痛む自身の手を撫でながら、この先どうしていくかに思考を巡らせました。

このまま行けば、邪魔になったわたくしは再び始末されるでしょう。


 だからといって、既に立太子を済ませているため、王太子の責務からは逃れられない。


 しかし、18歳で死んだとはいえ、15年近くにも及ぶ王太子教育は恐らく、わたくしの中にまだあるでしょう。

つまり、今から与えられる課題は、既に終えていると言っても良いかもしれません。

 そうであるならば、わたくしはやりたい事をやる時間が持てるはずだわ。


 もう、わたくしの中に母に会いたいと恋しく思う心は残っていない。

母が離宮に移るまでの間に、わたくしに会いに来なかったことや手紙もくださらなかったことを思えば、あの方にとって娘とはロザリンドだけを指すのでしょう。


 この世界に、わたくしの家族はいない。

ここにいるのは、アイゼン王国国王と王妃、第二王女という王族であって、わたくしの家族ではないのよ。

 彼らもわたくしを家族だなどとは思っていないでしょう。

王太子という生き物とでも思っているのではないかしら。


 ロザリンドは、母との思い出も父からの愛情も持っていたのに、まだ、わたくしからも奪おうとしていたわ。

本人に奪っているつもりがあれば、まだ良かったのかもしれないけれど、無自覚だったのよ。

 自分が欲しいと思って与えられなかったことなんて無いのだから、何も考えずに欲しいものを欲しいと言っていたに過ぎないのでしょうね。


 でも、果たして、そのような王女がヴィヨン帝国皇太子となった第三皇子殿下のもとへと嫁いで、皇太子妃としてやっていけたのか疑問だわ。

まあ、死ぬ前の出来事ですし、死んでしまったわたくしには関係のない話だけれど。


 死ぬ前は、いつもロザリンドのワガママに苛立っていたわ。


 王太子として視察に出れば、自分も行きたい。

 王太子としての執務室を見て、自分も欲しい。

 王太子を表すマントと小ぶりの王冠、それも欲しい。

 極めつけが婚約者である第三皇子殿下。


 ふふっ、ヴィヨン帝国の第三皇子殿下が物と同列に語られるのね。

今、気付いたわ。

 ロザリンドにとって、第三皇子殿下は恋い慕う相手でもあるのでしょうけれど、それと同時に自身の欲を満たすモノでもあったのかもしれないわね。


 ロザリンドの欲を叶えるために、皆が一丸となって動いていたわ。


 視察という名の旅行。

 執務室という名の遊戯室。

 王冠を模したティアラと豪奢な装飾を施されたマントに見えなくもない何か。

 本来ならば王太子である姉の婚約者であるはずなのに、恋人気取り。


 節操もなければ忍耐もないのよね。

それはいけないことなのだと、本来ならば諭さなければならないのに、周りは「まぁ……、仕方がないこと」といった感じで微笑ましく許容してしまう。


 わたくしは、ワガママひとつ口に出来なかった。

口にした時点で与えられるのは、ムチと叱責だけだったもの。


 さて、これから、どうしましょうか。

わたくし一人で18歳で死ぬ未来を変えることは無理なような気がするのよね。

 だからといって、今のところわたくしに協力してくれる人なんて、この世界に一人もいないのですけれど……。


 どうせ若くして死ぬのならば、好きに生きてみましょうか。

だって、何一つ自分の自由にならない耐えるだけの人生でしたのよ?

 18歳までに学ばなければならないことは、既に頭にあるのですから、今の自分にどれだけ出来るか確認して、空いた時間を自由に過ごせるかしら?


 ふふっ、楽しみだわ。

もし、自由な時間を手に出来ない、というか、させて貰えないのであれば、次々に与えられた課題をこなしていけば良いだけですもの。


 どこまで続くかしらね?

教師たちだって知識に限界があるはずですもの。


 それを超えるところまで、行って差し上げますわ!

 


 


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