04 ここに式場を建てよう

「ということで、セリナとは和解しまして、マールとの関係を解消するにあたり、助力もしてくれることになりました」

 録音魔石の返却を兼ねてマスグレイヴスの研究室を訪れた私は、事の経緯を報告する。録音には容量があって、セリナとの会話は途中までしかわからなかったから。ちなみにアルヴィンも同席中。関係者一同、揃い踏みである。

「まあ、マールにはいい薬だろう。今後どうなるかはわからないが、それで幸せなら、いいような気もするし」

「よいのでしょうか」

「よくないでしょ」

 身体からふたつの声が出る。そう、今はエルヴィーラも起きていて、私たちは同時に表に出ているという奇妙な状態なのだ。

「そりゃさ、殿下はうざかったけど、だからといって犬になっていいとは思わないよ」

「ひとは見た目によらないんだよ。陛下だってじつは、隠れた秘密があるかもしれないよ?」

 え、あの正義のヒーローみたいな国王さまに特殊性癖があるとか、できれば知りたくない。

「おい、マーレイ。いくら親族だからといって、陛下をそんなふうに言うのはよくないぞ」

「僕がこういう性格なのはあっちも知ってる。いまさらだよ。子育ての失敗をこっちに押しつけてるんだ。陰口のひとつも言いたくなるってもんさ」

 え、なんて?(リフレイン)

「なに呆けた顔をしているんだい、エッダ。そうだ、ヴィーラのためにいろいろと尽力してくれて、本当にありがとう。もうそろそろ元に戻ってもいいんじゃないかい?」

「えーと、なんのことやらなんですが、ひとつずつくわしく」

「アルヴィン。エッダはとぼけているんじゃない。本当に自分がエルヴィーラ本人だと思っているんだよ。そうだよな?」

 言葉尻で問いかけられるが、わけがわからないよ状態である。

「そうだもなにも、さっきからなんの話を」

「そうですわ、アドミトラル先生。先生がマール殿下の御親族なのは承知しておりますが、わたくしを支えてくださっているこの方はいったい?」

「待って。エルヴィーラちゃん待って。マスグレイヴスがマールの親戚って初耳なんですけど、それどこ情報? ソースは?」

「調味料のお話はしておりませんが……」

 ベタなボケをありがとう、お嬢さま。でも今はツッコミを入れている場合じゃないんだ。

「君の名前はエイディッタ。魔法研究所で僕の助手を務めている、愛しい女性だよ」

「はい??」

 さっきから頭には疑問符が飛び交っている。

 ねえ、いまなんて言ったの? と木霊する。繰り返し、何度も何度も響き渡る。リフレインが叫んでいる。

「君は別世界の記憶があるとかで、いろいろなことを試していた。この魔石もそうだ。実際に作ったのは僕だけど、機能を思いついたのはエッダ、君だよ。できればもっと多機能にしたいとも言っていたね。すまーとおん、とかなんとか」

 惜しい。スマートフォンだ。

「僕はマールたち兄弟のお目付け役として学院にいるわけだけど、君はそのことにとても興味を示していた。学院なんて一緒に通ったからめずらしくもないだろうに」

「え、私、ここに通ってたの? いつ?」

 するとアルヴィンが答えた。

「卒業して、そろそろ六年かな?」

「なんでアルヴィンも知ってるの? そういやマスグレイヴスとは同級生とかなんとか言ってたっけ」

「……エッダ、あなたは本当に記憶が?」

 途端、アルヴィンが悲痛な顔になった。

 あれ、これもしかして、在学中は私も彼と面識あったパターン?

「思い出しました。お義兄さまと王宮へ参じた折、アドミトラル先生もいらしゃいましたが、もうおひとり、女の方がいらして。男性ばかりの部屋にならないようにと配慮してくださったのだと思いますが、お義兄さまとも知己のごようすでした。もしかして?」

 もしかして?

 エルヴィーラがアルヴィンを見て問うと、微笑みながら頷いた。

 まじかー。そんな前から知り合いだったかー。

 天を仰ぐ気分でいると、マスグレイヴスが呆れた声をあげる。

「エッダ、君ね。おかしいとは思わないのかい? 幼少期のエルヴィーラの見目について論じられるのは、それを外野から見ている者のみだよ」

 いやだって、私はプレイヤーとしてそれを見ていたのだから、知っていて当然なわけで。薔薇色に染まったぷくぷくの頬、桜色の唇。用意された紅茶はストレートティーだったので、味がしないことに動揺したのか瞳を揺らしたから、近づいて砂糖とミルクを入れてあげたら、「ありがとう存じます」って笑ってくれて。もう、かーわーいーいぃー、アルヴィンの妹ちゃん、超絶かわいいじゃーんって背中叩いて――ん? あれ?

「ようやく思い出した? いいかげん、幽体離脱はやめて、身体に戻ってくれないかな。君の憂いは晴れただろう? エルヴィーラとマールの婚約は考え直す。僕からも進言しておくよ」

 マスグレイヴスが、奥の部屋へ手のひらを向ける。扉の向こうは彼のプレイベートルームで、そこには愛しい等身大の人形が――って、等身、大?

「時間凍結魔法がかかっているから、いつでも戻れるはず。とはいえ、身体から離れて時間が経ちすぎている。早く戻ったほうがいい。そして君自身の声で、もう一度さっきの言葉を聞かせて」

「さっきの言葉といいますと?」

「セリナ嬢に言ってたよね。僕のことが……」

「いやいやいや、あれはその」

 二次元キャラとして好きという意味であって。この面倒くさい上司にして同僚にして同級生の男は、決してそういう対象ではなくてですね。

「もう一回再生しようか?」

「しなくていいよ」

 魔石を取り上げる手を止めるために身を乗り出したら、すぽんとエルヴィーラの身体から抜け出てしまった。

 脱皮!?

 半透明の私を見て、エルヴィーラが完全に『エルヴィーラ』だけになったことを悟ったのだろう。アルヴィンが動き、エルヴィーラの前にひざまずく。

「ヴィーラ。どうか私と結婚してほしい」

「ですがお義兄さま、わたくしは」

「マール殿下のことを愛していると?」

「……いいえ、殿下のことは尊敬しておりますが、お母さまがお父さまを愛しているような気持ちではないと、わたくしも気づいていたのです。ですが、貴族の結婚とはそういうものだと」

「そうだね。ならば、これも『そういうもの』だと思ってくれないか?」

「無理です。お義兄さまをそのように軽々しく扱うなど、わたくしは嫌です。お義兄さまには愛のある結婚をしてほしいと、ずっとそう願ってきたのです」

「なら、その願いを叶えてくれないか? 愛しいヴィーラ」

 ぶわりと背景に薔薇が咲いた、ような気がした。ド直球の愛が重い。しかし、これが見たかった。GJだよアルヴィン。よし、ここに式場を建てよう。

 うんうんと頷いていると、手を引かれる。物質としては存在していないはずの手を取って、マスグレイヴスは奥の私室へ向かい、扉を開けて中に入って、扉を閉めて鍵をかけた。がちゃり。おい、なにしてんだ、監禁か変態講師。

 鍵のかかる音を耳にしながらも、しかし私の意識は壁際のソファーへ向かう。

 そこには精巧な人形があった。ふたりがけの大きなソファーに、横たわっている。セミロングの黒髪。瞳は閉ざされているので色まではわからないけれど、見た瞬間にさまざまなことが脳裏をよぎる。これは私だ。まぎれもなく私の身体だ。

 自分が転生者かもしれないと思ったのは、魔法が発現した十歳のころ。前述したとおり、この世界において魔法使いは希少なので、申告するように言われている。バックレることも可能だけど、魔法使い候補として認定されたら優遇されるので、平民にとっては得しかない。

 詳しいことを学ぶためには学校へ行く必要があるので、即時、王立学院へ入学。初等科の途中編入だ。

 自分が知っているあのゲームではないのか。だとすれば、学院へ入学すれば、攻略対象となるキャラクターがいるのかもしれない。己の容姿から考えて、おそらくはモブに転生パターンなので、ヒロインが誰ルートを選択するのか眺めようと思って入学して出会ったのが、マスグレイヴス。そこで私は悟ったのだ。ゲーム、始まってすらいなかった、と。エピソードゼロとか知らんがな。

 マスグレイヴスは講師として登場するので、ゲームが始まるのは少なく見積もっても十年は先。私、とっくに卒業してんじゃん。意味ねえ。なんのために転生したんだ。

 それでもまあ、マスグレイヴスというおもしろキャラの背景が知れるのは楽しいかもしれない。なにをどうしたら、あのマッドサイエンティストができあがるのか、気になるもん。

 当時の私は知らなかったけど、マスグレイヴスは複雑な立場にあった。彼は、前国王――腐敗した政治をおこない、甥に制裁された、あの悪評高い国王の系譜だったのだ。

 当然、周囲のひとは腫れ物に触るような扱いになる。子どもに罪はないと、新国王が宣言したため許されているけれど、不用意に近づくのも怖い。そんな存在。

 庶民オブザ庶民だった私は、そんな複雑な事情なんて知らない。新国王が起ったとき、私はたぶん六歳ぐらい。みんなが浮かれ騒いで、商店でも安売りセールみたいなことをやっていて、親も喜んでいたし、周囲のひとたちも嬉しそうだったし、「なんかいいことあったらしい」ぐらいの感覚だった。

 だもんで、マスグレイヴスの背景も当然知らなくて、普通にあいさつしたわけですよ。魔法使い仲間として、「おなしゃす、パイセン」ってかんじ。後年のマスグレイヴスという人物を知っていたこともあり、勝手に知り合いの距離感もあったかもしれない。馴れ馴れしい子どもだったけど、逆にそれが新鮮で、とても嬉しかったのだと。のちのち彼は語ってくれた。閑話休題。



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