03 え、なんて?

「殿下、お話がございますの」

「なんだ」

 ゲームにおける逢引スポット。マールの場合は、学院の裏に広がる園庭。彼に会おうと思えば、ここへ行けばほぼ確定で会える、そんな場所。今日も居た。定期。

「近頃、あまりよくない噂が流れているのをご存知ですか? 殿下が平民の女生徒と親密な仲だとか」

「どこでそんなことを」

「わたくしは殿下の婚約者ですもの。案じて、声をかけてくださる方が複数おりますの」

「複数? 誰だ、そんな下世話なことを吹き込んだのは」

「申し上げられません。その方とのお約束ですので」


 誰とは言及せず、結構知られていると思わせておきな。焦るから。


 マスグレイヴスが言っていたが、たしかにマールの目が泳いでいる。ヘイヘイ殿下、びびってるー?

 ――そんなふうに言っては、殿下がお気の毒です。

 心の内で煽っていると、内側でエルヴィーラちゃんが声をあげた。この状況下でもマールを気遣って庇うとか、洗脳が強すぎる。早々に引き剥がさないと。

「だいたい、そのような噂、おまえには関係のないことだろう」

「わたくしたちは婚約を結んでいる間柄。この噂は、お相手の方にも迷惑がかかるのではありませんの?」

「セリナになにかしたのか!」

 はい、言質取りました。相手の名前、自分でゲロった。認めましたよこの男。

「セリナさま、とおっしゃいますのね、その御方」

「白々しいことを」

「わたくし、平民の方とは申しましたけれど、お名前までは」

「この学院で同学年の平民の娘といえば、セリナだろう」

 いえ、まだいます。ってか、私はべつに「同学年」なんて言ってないんですけどね。ほんと、どんどん自爆してんなこいつ。ありがたいけど。

 制服のポケットの中に忍ばせてある魔石が、今の会話を録音している。マスグレイヴスから渡された高性能録音機能付きの魔石だ。テストで使ってみたけど、音質がクリアで驚いた。見た目は普通の石なだけに、そのへんに転がっててもわからない。王家の諜報部も使ってるとかなんとか。なにそれ怖い。

「殿下はその方のことがお好きなのですか?」

「おまえに関係なかろう」

 いやだから、こちとら婚約者だって言ってんでしょうが。無関係なわけないでしょ。脳みそ湧いてんのか、この男は。

 ――あの、殿下におうかがいしたいことがございますの。

 エルヴィーラちゃんがそう言ったので、私は代弁に徹する。

 いいよ言ったれ。どうせ最後だし、言いたいこと、言っとけ。

「マール殿下。わたくしたちは王宮の庭で出会い、それをきっかけとして縁を結ぶ運びとなりました。憶えていらっしゃいますか」

「……ああ」

「婚約という話になり、正式に取り交わす前に王宮に招いていただきました。わたくしのお義兄さまと、殿下の御親族の方も同席されていて」

「そうだな」

 ゲーム内では描かれていなかったけど、過去、そんなかんじの会合があった。参加人数を絞った、こじんまりとしたお茶会だ。侯爵家に来たアルヴィンの紹介も兼ねての席。引っ越し早々に通い始めた学院での生活についても、話していたような気もする。

 できたばかりの『兄』のことについて知りたくて、耳ダンボで聞いたような気がするけど、細かいことは憶えていない。たぶん、少女は少女で緊張していたのだ。就学前の子どもに婚約者とか言われても、よーわからんよね正直。それよりは、あたらしく家族になったひとについて興味がある。

 使用人も含め、大人にばかり囲まれていたエルヴィーラにとって、七歳年上のアルヴィンは、もっとも自分に近く、けれど自分よりも大人じみていて。

 とにかく不思議な存在だったのだ。地方から出てきたばかりなのに、しっかりと落ち着いているアルヴィンを皆が褒めるので、それがすごく誇らしかった。

 うん、考えてみればマールよりアルヴィンのことばっかりだったな、このお茶会。

 回想する私をよそに、エルヴィーラちゃんは生真面目に述べる。

「王宮というのはとても美しく、だからこそ清廉でなければならないような気がして、少なからず重圧を感じました。王家の方が背負っていらっしゃるものの一端を知ったように思います。ですから、殿下が頑張っておられるぶん、わたくしも王子妃として頑張ろうと、そう思ったのです」

 たしかに、王宮の空気はなかなか荘厳だった。エリート一家に生まれた子どもは、あんな空気の中で生きているのかもしれないね。はみ出すことが許されない、みたいな。もちろん、親御さんの方針にもよるだろうけど、王家ともなれば周囲にいる臣下たちが勝手に争う。誰を推すか。それによって自分の将来の椅子が決定するから必死にもなるのだろう。

 子どもに無茶を強いるなよなって思うけど、それは私が外側の人間だからだろうか。いや、今は『中のひと』だけどさ。

 エルヴィーラはとても賢い子どもだったので、自分の役割を果たそうと決意して、そして選択した行動が「殿下を褒めること」だったのだ。卑屈になりがちな彼を救うべく、寄り添い続ける。エルヴィーラの母親は、夫を支える内助の功だったので、それを模範として行動した。少女の行動を一概には責められない。

 ただ、あまりにも幼いころから賛美を続けたせいで、マールはそれがデフォルトになってしまい、ざっくりいえば増長したのだろう。エルヴィーラ以外に褒めてくれるひとがいないから、彼女に依存してしまったのだ。

 殿下も被害者っちゃー被害者かもだけど、カウンセリング知識のない私は、この負の連鎖を断ち切る方法を知らない。私はエルヴィーラちゃんの味方だし、彼女を救いたいのだから、殿下のことは二の次である。ごめん。

「わたくしでは殿下をお救いできなかったということなのですよね。わたくしは、セリナさまのようには、なれない……」

「セリナを貶める発言は許さない。民は平等だ」

「貶めるだなんて、そのような気持ちは持っておりません」

「しかしセリナの存在がおまえを変えたのだろう。いままでそのように反論したことなぞなかったではないか」

 まあ、たしかに。常に殿下を全肯定でしたね。それがあかんかってん、エルヴィーラちゃん!

「申し訳ありません。ですが、殿下を思えばこそわたくしは」

「だが、セリナは違う。良くないと思ったことを正してくれるし、叱ってもくれる。そのようなことをしてくれたのは、彼女だけだ」

 そりゃ、王子に駄目出しなんてしませんよ、誰も。怖いし。唯一、口出しできそうな婚約者が「さすがです殿下」状態だったので、余計に誰もなにも言えないっていう。

「エルヴィーラ。そなたのことを見損なったぞ」

「……殿下」

 胸が痛い。これは、エルヴィーラの痛みだ。彼に尽くしてきた十年弱を、本人から否定された、こころの痛みと哀しみ。

 踵を返すマール殿下の背中を見ながら、エルヴィーラの身体は震え、涙をこぼす。

 いつのまにか、身体の主導権がエルヴィーラに移っていることに私は気づいた。立場が逆転? さめざめと泣いているエルヴィーラちゃんに声をかけるけど、ふるふると首を振るだけ。

「マール?」

 女の子の声がした。この場所を訊ねてくる女の子となれば、ヒロインではなかろうか。エルヴィーラもその可能性を考えたのかびくんと震え、その衝撃でふたたび私が浮上する。大丈夫、お姉さんに任せんしゃい。

「マー……、あら。エルヴィーラさん?」

「なんですの?」

 できるだけツンとすまして、冷たく聞こえるように声を出す。おおう、これだよ、これ。このかんじ。これが、ゲームに出てきた『悪役令嬢エルヴィーラ』だよ。

「殿下なら、さきほどあちらへ向かわれましたわ。ところで、あなたはどうしてここへ?」

「それは、その……。殿下のプライベートにかかわることですので、あたしが話すわけには」

「わたくしが誰だかご存知ではないの? マール殿下の婚約者ですのよ」

「それは知ってますけど、婚約者にだって秘密にしたいこと、あるじゃないですかあ」

 その秘密を自分は打ち明けられた優越感、ってやつですか?

 ヒロインにしては上から目線。こういった作品のヒロインって、すごく「いい子ちゃん」で、こんな物言いはしないような気がするんだけど。転生ものによくある「じつはヒロインも転生してきて、逆ハーを目論むイタイ女だった」みたいじゃない?

 そっち系のヒロインは読んでいて不快指数があがるので好きではないんだけど、マール殿下を引き取ってくれるのならば好都合。でも、ひとの彼氏を取る行為そのものを楽しんでる系の女子だとしたら、こっちが「婚約解消したいので、あげます」は逆効果になる可能性も。さて、この子はどっちだろう。

 どう出るべきか考えていると、セリナはおそるおそる問いかけてきた。

「あのー、もしも無関係ならスルーしてくれていいんだけど、あなたも転生者だったりする? 最近思い出して、断罪回避のために行動してる、とか」

 ノーコメントで黙っていると、彼女は言葉を続けた。

「あたしは入学前に思い出したんだけど、いざ入学したらエルヴィーラがすごいおとなしい美少女でさ、悪役令嬢要素のカケラもないことに驚いたの。ところが最近になって雰囲気変わって、ゲームのエルヴィーラっぽくなってきたでしょ? なにがあったのかなーって思ってたんだけど、腑に落ちた。そっかー、エルヴィーラは転生者で、前世の人格を取り戻したから性格が変わって、悪役令嬢な行動を取るようになったのねえ」

「あー、なるほど。そういう」

「たまごが先か、にわとりが先か、みたいな論法だけど」

「だねえ」

 たしかに、もとのエルヴィーラであれば、意地悪お嬢さま的な行動は逆立ちしたって無理だろう。中身が私だからこそ、それっぽい行動をなぞることができる。文字どおり「ひとが変わった」のだ。

「で、転生者なんだよね」

「まあ、そうね」

 どうやら想像していた「女に嫌われるタイプの女」ではなさそうなので、私は状況を打ち明けることにした。ヒロインが味方になってくれるなら、冤罪をでっちあげられて断罪される未来はなくなるしね。

「アルヴィンかー。いたね、そういうひと。誠実そうな男だよね。あたしはあんま興味なかったけど」

「会って話したけど、実際に真面目なひとだったよ。現実的に考えたら、いちばん安牌って気がする」

「じゃあ、あなたはアルヴィン推しなんだ」

「それとこれとは別問題。私は、マスグレイヴスがおもしろくて好きだったよ。アルヴィンはエルヴィーラとセットになってないと。そういうあなたは? やっぱりマール?」

「うん。マールがいちばん調教しがいがあると思わない? ゾクゾクするわあ」

 え、なんて?

「ほら、好感度あげる前のマールって自分可哀想で悦に入ってるタイプじゃん? 自分の過去を語って、慰めたら否定して自虐するループ」

「あー、うん、そうだね」

「だから、虐めがいがあって気持ちいいの!」

 え、なんて?(リピート)

「自分を卑下しまくってるから、ちょっとそこにツッコミを入れる台詞を選択すると、逆ギレして去っていくでしょ? そのくせ、何度も何度も現れるんだよね。まあゲームだからって言っちゃえばそうなんだけど。だからあたし気づいたのよ」

「なにを」

「マールにはM属性があるって。絶対どMだよあれ。飴と鞭を使い分けてるうちに、だいぶなびいてきてさ。いやー案外チョロイわ海老王子。特にルート決めてなかったし、飽きたら別ルートでもいいかなって思ってたんだけど、エルヴィーラが同郷で、推しが別だとわかったからには気軽に解放できないね。それとも欲しい? キープしとく? 卒業までまだ時間あるし、そのころまでにはもっと従順な犬にできると思うよ?」

 首を傾げて軽やかに笑う姿は、ヒロインらしくすごくかわいいんだけど、背景に不穏なものが見えるのは気のせいでしょうか。網タイツとか仮面とかムチとかロウソクとかとかとか。

 硬直するエルヴィーラちゃんを保護すべく、私は全力で声をあげた。

「いえ、結構です! エルヴィーラちゃんには義兄と幸せになってもらいます!」

「そう? まあ気が変わったら言ってね。じゃあ、また。情報交換しようねー」

 そうしてセリナは去っていった。

 まさかの展開。

 ヒロインは、どSな女王様でした。



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