02 生存ルートを正史にしよう、そうしよう
――なぜ、アドミトラル先生は、わたくしに声をかけたのでしょう。
胸中で、エルヴィーラの疑問が渦巻いている。気持ちはわかるよ、まるで接点ないもんね。
ゲームにおいてもそうで、魔法士長の息子ルートに入ると登場回数が増える人物なのだ。お助けキャラっぽい位置にいて、相手を落とすための情報をくれる。攻略対象ではないけれど、好きだったキャラのひとりだ。
このひと、いわゆるマッドサイエンティストで、学院併設の自身の研究室には等身大の
そんな名物男がなぜここに。ゲーム通り、進行をサポートしてくれるんだろうか。魔法士長の息子くんには出会ってすらないんですが。
「なぜと問われたならば答えなければならない。僕は要するに、国家転覆を企む悪の組織の一員なのです」
――え、まさか、そんなっ!
エルヴィーラちゃんが蒼白になる。いや、嘘だって。
「そうとも、嘘だ」
ほら、こういうひとだよ。
ってか、なにゆえエルヴィーラちゃんの声が聞こえてるんだろう。
「その疑問にはこう答えよう。僕は優秀な魔法使い。国内でも右に出る者はいないであろう才能の持ち主であると。僕に不可能はないのですよ、お二方」
「……この身体にふたつの魂があることにもお気づきなわけですね」
「無論だ」
そして彼は語った。なんでも国王の命を受けて、殿下たちの審査をしているらしい。国のお偉いさんの目が光っていることは、当然殿下たちも知っている。だが、学院の、ほぼ実生活にかかわりのない講師が、父親直属の子飼として見張っているとは想像していないに違いない。
そんな設定、ゲームにあったっけ? 裏設定だろうか。マスグレイヴス――通称マーレイはトリッキーなキャラだったので、なにがあっても驚かないっちゃー驚かないけど。
「それで、私達になにをさせたいのですか?」
「僕は、どちらか一方に肩入れをしているわけではないんだ。花の十代、青春を謳歌してほしいとも思っている。マールが婚約者以外に目を向けても、それもまた若気の至り」
内側でエルヴィーラが消沈する。私は彼女のかわりに口を開いた。
「個人的なことですが、おまる殿下のお守りはもうたくさんです。彼はヒロインとよろしくやってればいいと思います。エルヴィーラちゃんは義兄のアルヴィンとくっつけばいい」
――なにをおっしゃっておりますの!? だって、お義兄さまにはたしかお好きな方がいらして。
「だからそれがエルヴィーラなんだって。いいじゃん、血の繋がらない兄と結婚して、正式に家を継ぐ。まるっと解決だよ」
エルヴィーラが断罪(たぶん死亡)されたあとにひっそりと語られる設定は、彼女を恋い慕う者もいたのだという、制作陣から『悪役令嬢』に対するわずかばかりの救済なのかもしれない。だけどプレイヤーからすれば、「生存してアルヴィンとくっつくルートはよ」ってかんじだった。
なにを隠そう、私の前世における推しカップルは、アルヴィンとエルヴィーラ。『アルエル』である。二次創作をむさぼり読んだよ。おおう、そうだ。私のちからでアルエルを公式カプにしよう、生存ルートを正史にしよう、そうしよう。目指せ、ハッピーエンド!
「アルヴィンは良い男だよね。四男だからといって、田舎で埋もれさせるには非常に惜しい。侯爵は目のつけどころがいい」
「ですよねー。エルヴィーラちゃんだって嫌いじゃないでしょう?」
――それは、だって兄妹ですもの。
いやいや、向こうは妹以上に思ってますって。ぐひひひひひ。
「では、その方向で動きましょう。レディ――ああ、ややこしいな。表に出ているあなたのことは、エディットとでも呼びましょうか」
エディット。『編集』か。物語を調整するという意味では、なかなか良いのでは?
「わかったわ」
「ではエッダ。君の中にあるプランに沿って行動していくとしようか」
「それって悪役令嬢を演じて、婚約破棄へ仕向けるっていうこと? でも、エルヴィーラちゃんが悪者になるのは忍びないよねえ」
「なに、アルヴィンにとっては都合がいいだろう。こういってはなんだが、悪評のついた令嬢に新たな縁談は難しい。アルヴィンが娶る方向に持っていけばいいだけのこと」
「なるほど、萌える展開です」
シナリオは任せろ。あびるほどに読んだ、私のアルエル小説ブクマが火を噴くぜ!
*
とっぷり夜も更けたころ、私はマスグレイヴスの研究室を訪れた。エルヴィーラは眠っている。そういう薬を飲んだのだ。ふたつの人格のひとつを眠らせる薬とか、どんなふうに作っているのか謎。魔法って言葉で片付けていいのか、これ。
「本当に影響ないの? このまま目覚めないとか、ないよね?」
「大丈夫、僕を信用してくれ。天才なんだ」
自分で言うかなそれを。でも、言ってしまうのがマーレイか。
研究室は学院の外れにある。あやしい実験をしているので隔離されている設定だったけど、国王の命を受けて在籍しているのであれば、外部と連絡が取りやすい場所が与えられているという側面が強そう。
そして驚いたことに先客が居た。簡素な従者服を身に着けているけれど、気品があふれ出ているその男性はアルヴィン・ブルイエ。エルヴィーラの義兄である。
どうやらマスグレイヴスは、彼と同級だったらしい。なるほど、友人の妹だから、エルヴィーラのことも以前から知っていた、ということか。でもエルヴィーラは、マスグレイヴスのこと「よく知らないひと」扱いだったような?
「ヴィーラは殿下と共にあることが多かったからね。他の男性との付き合いは制限されていた。私もできるだけ距離を保っていたし、学院の話もあまりしなかったから、交友関係を知らなくても無理はない」
そうそう。のちにそのあたりを後悔して「もっと話をしておけばよかった」とか言って悔やむ姿がまたいいんだわあ。切なさは、悲恋ものの醍醐味だよね。まあ、今からそれを改変するわけですが。
さて。ではここで、編集者たる私からキャラクター解説をば。
アルヴィン・ブルイエ。現在二十四歳。彼はもともとブルイエ侯爵家の遠縁にあたる伯爵家の四男だった。田舎の末子なんて仕事がないに等しい存在。エルヴィーラが殿下の婚約者候補になったとき、侯爵家を継ぐ存在を探した際に、白羽の矢が立った。
とはいえ、この時点では婚約が不成立の可能性もあったので、次期侯爵になるかもしれない、ぐらいの曖昧なところだったらしい。確率の低い賭けに乗る親族は少なくて(王家の実力主義は知れ渡っていたので、マール殿下が王太子になる可能性は低いと思われていたのだ)、「どうせ四男だし、駄目だったとしても本家にいたほうが仕事がありそう」ということで、十三歳のときアルヴィンは都へやってきた。娘しかいなかったブルイエ夫妻はアルヴィンを喜んで迎え入れたし、兄弟姉妹がいなかったエルヴィーラも同様だ。区別されることなく育てられ、学院にも通った。卒業後は養父に付いて仕事をしていて、婚約者は決まっていないので選別中、ということになっている。実際のところは、エルヴィーラに心酔しているので、彼女が実際に結婚してしまうまでは諦めがつかないってやつなんだろう。
「私はエルヴィーラが幸せになれるのならばと思っていたが、マール殿下のなさりようは目に余る。ヴィーラを返していただきたい」
「ですよね! 私もそう思います。そしてアルヴィンがエルヴィーラとくっつけば解決です!」
「……その姿で言われると、いささか返答に困るところだ」
「そうだよエッダ。今の君はまるでアルヴィンを口説いているみたいだ。看過できない」
さーせん。欲望がついうっかり。
私がここに呼ばれた理由は作戦会議。議題は、いかにマール殿下にセリナ(ヒロイン)との仲を深めてもらうか。
エルヴィーラに眠ってもらったのは、内容的に、聞かせるのが可哀想だと判断したからである。アルヴィンは苦悩顔だけど、エルヴィーラとなっている私には、彼女の心情がわかっている。
エルヴィーラのマールに対する気持ちは、恋愛感情ではないように思う。友情ともつかない、なんだろう、母性? 頑張ってる子を応援しているような感覚なのだ。
実際、例のイベントスチルを目撃したときの「私にはあんな顔を見せたことがない」は、ショックはショックだけど、こう、お世話して、なかなか懐いてくれない野良猫が、他のひとにはゴロゴロ転がってお腹を見せているのを目撃したときのショック、みたいな?
マール殿下は「おまる殿下」とも称されるように、好感度が上がる前は「大きい子ども」なのだ。自立して、ヒロインを守ってくれるようになるまでは、ほんとダメンズ。優しいエルヴィーラちゃんとの相性は、そういう意味ではよかったのかもしれないけど、ダメ男育成機になってる場合じゃない。もうヒロインにゆずろうぜ。以降は義兄からの溺愛ルート、これでいこう。
決意を固める私を見て、マスグレイヴスは溜め息を落とす。
「君は本当にエルヴィーラのことが好きだな」
「じれったいんですよね。健気に生きてきたのに貶められるとか、割に合わないもん」
「だから助けたいと」
なるほどと頷くマスグレイヴス。対してアルヴィンのほうは、複雑そうな顔で問いかけてきた。
「あなた自身はどうする。ヴィーラをこの苦境から救い出してくれるのはありがたいが、あなたの境遇もまた複雑だろう」
それはたしかに。エルヴィーラちゃんが表に出てくれたらいいんだけど、どうやったら入れ替われるんだろう?
でもなあ、もし私が内側に入ったとして、中からアルヴィンとのいちゃいちゃを見る生活となれば、それもちょっと困るよね。推しカプではあったけれど、自分で体験したいわけじゃないもん。私、夢小説には興味ないんだ。キャラはキャラとして、その掛け合いを見守りたい派です。
「まずはマールとの関係を解消することを目標としようか。セリナ嬢と仲睦まじい関係であるのは、まだそこまで広まっていない。噂を流そう。マリアーノあたりをつつけば嬉々として動くはずだ」
アルヴィンが驚いて、マスグレイヴスに問う。
「おい、マリアーノ殿下を巻き込むのか?」
「兄を蹴落とすチャンスだろう?」
あ、マリアーノっていうのは年子の弟殿下ね。陛下とは違った意味で、ひとの上に立つ風格を持った男で、若いながらも信奉者は多いという。だからマールは余計に卑屈になってるんだけど、ゲームには情報しか出てこないキャラなので、深くは知らなかった。意外と野心家? 王子以外のルートでは、案外弟のほうが後継者になってるのかも。
「マールが婚約者以外の女性と懇意になっている、という噂が流れはじめたら、エルヴィーラの出番だ。マールに真相を訊ねる」
「セリナと対決するんじゃなくて?」
「考えてもみろ、マールだぞ。これまでずっと従順だったエルヴィーラが自分を問い詰めてきたら、あいつは逃げる。そしてますますセリナに傾くはずだ」
「あー……」
くさっても先生。マスグレイヴスは、マールの気質を見抜いている。たしかに殿下は逆ギレしそう。浮気男の開き直りとか、まじ最低だな。滅びろ。
「早々に婚約を解消、エルヴィーラに非はない状態を作るのであれば、マールのほうに問題があると認めさせる必要があるだろうね」
「でも、王族を糾弾するのって難易度高くない? ヘタ打てばこっちが終わるじゃん」
「ヴィーラとふたりで田舎で暮らすのも、私としては悪くないのだが」
追放されてスローライフ系も読み物としては好きだけど、これは乙女ゲームなので、それはなしでお願いしますアルヴィンさま。
マスグレイヴスはにっこり笑って、今後の方針を語った。
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