第18話 形のあるもの
お昼になって、西城さんの「いただきます。」の声が聞こえた。やっぱり、声が聞こえると安心する。
職員が配膳車から、食事を持ってきて配っていく。男性職員が一人で配っているから、なかなか配り終わらない。男性職員が通るたびに
「ちょうだい、ちょうだい、ちょうだい。」
と言い横山が男性職員の服をつかもうとする。
男性職員がするりとよける。
「もう、やめてよ、横山さん。ちょっと、待ってよ、金沢さーん、あー、隣の人のご飯食べちゃだめでしょう。」
男性職員が、車いすに乗った男性が食べている小鉢を急いで取り上げる。
「あ、佐藤君、第一発見者!インシデントレポート、よろしく!休憩は入りまーす。」
年配の女性職員が廊下から言う。
「うぉー、また仕事増えたー。はあー。」
大きな大きなため息をついている。
今の若い人はかわいそうだなあと思うわ。年寄りの面倒なんかみてないで、もっと夢のある仕事をした方がいいんだと思うのよ。日本が不景気だから、夢のあるような仕事が無いのかねえ。
私の前に戸田さんが食事を配膳してきた。
「今日は、食事の形態を上げてみました。」
そう言って、食事の蓋を取っていった。ドロドロだった食事から、形のある食べ物に変わっていた。
「常盤さんはかむ力もあるし、飲み込む力もあります。食べる練習をしていきましょう。」
スプーンを持って、ぶりの煮つけを一口食べた。久しぶりの形がある食べ物。口の中で、食べ物をつぶす感覚。少し、美味しく感じた。美味しいというより楽しいのかな。家で、料理をしていたことを思い出した。
そこへ、白い割烹着をつけた女性がやってきた。
「あら、常盤さん、食べてるんですね。よかった。私は、管理栄養士の小野寺です。よろしくお願いします。料理の献立を考える仕事をしています。常盤さんは、お魚好きなんですか?」
「そうね、肉より魚が好きね。肉は、昔からあんまり食べなかったわね。」
「じゃあ、少しでも食べられるように、メイン料理は魚にしましょう。あと、好きな食べ物はありますか?」
「柿が好きだったわ。庭にね、柿の木があったのよ。」
「よかった。ここの施設の庭にも柿の木があるんですよ。畑もあってね、リハビリで野菜を作ったりもしてるんです。常盤さんも色々チャレンジしてみて下さい。」
小野寺さんが笑顔で言った。戸田さんも
「リハビリでやりたいことがあったら、教えてくださいね。」
と笑顔で言う。
はあ、とため息をつく。嫌なのよ。やりたいことを無理やり探さないといけないのは。
二人のうれしそうな姿を見ながら、頑張って食事をした。半分くらい食べたかな。今日は、よく頑張った。
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