第10話 朝日が見える部屋

  一人で眠ると思っていた部屋に、八木さんがやってきた。部屋の前には私の名前の書かれたプレートの下に、養生テープで八木と書かれた即席のプレートが貼られた。八木さんのベッドと荷物が入った段ボール箱が置かれた部屋はぎゅうぎゅうだった。さらに、私は車いすなので、八木さんがつまずかないか心配だった。

 そんな私をよそに、

「お泊り会みたいね。一人で部屋にいるの寂しかったのよ。」

 と、八木さんはうれしそう。

 夕ご飯は17時00分から始まるので、18時頃には食べ終わる。職員が歯磨きとトイレに誘導して、19時くらいには各自部屋に行くか、食事を食べる席にいるかどちらかのようだった。食事の席ではテレビが20時まで見られるようだったが、私は、疲れたので早く寝たくてすぐに部屋に来た。そしたら、八木さんもついてきたのだ。私は、女性同士のこういう馴れ合いが苦手だ。正直、一人でいたかった。一人で気ままに暮らしていたかった。

 私は、何も返事をせずにベッドに入った。また、昼間みたいに変なスイッチを入れてしまっては大変だ。


 朝方、ゴソゴソという音がして目が覚めた。八木さんが朝から、段ボールの中の荷物を整理しているのだ。なんで、この時間からやるのよ。ここに来てから全然ゆっくりできない。

「何してるんですか?」

 イライラした声で私が言うと、

「ひいちゃんに見せてあげたくて。」

 と、目をキラキラさせて八木さんは言う。

「あっ、あったあった。」

 八木さんはそう言うと写真たてを出してきた。そこに写っているのは、若かりし頃の八木さんとダウン症の成人女性だった。

「ひいちゃんにきれいなお天道さんみせてあげたくて。ほら、きれいね。」

 八木さんは、朝日のさす窓に向かって写真たてを掲げた。

「私ね、ここで働いてるから、なかなか家に帰れないのよ。この子一人で待ってるのよ。かわいそうでしょ。だから、せめて写真のひいちゃんだけでもお天道さんを見せてあげたくて。お金ためて、ひいちゃんと一緒に暮らすのよ。お天道さん、お天道さん娘に会えますように。私は、今日もがんまりますので。」

 八木さんは妄想と現実の中で生きながら、ずっと娘を思っているんだ。

「かわいいお子さんですね。」

 この人は、認知症になっても、ずっとお母さんなのね。こんなに年をとっても子供を守ろうとしているのね。

 私にも、娘がいる。娘は健常者で結婚して子供もいる。私にとっては孫ね。八木さんに比べたら幸せなのかもしれない。でも、娘との関係は決してうまくいっているとは言えないの。私は、ずっとお母さんではいられなかった。ここまで生きたのだから、私は誰かのためではなくて自分のために人生を使い、そして終えたい。それは、恵まれすぎていることから出てくる我儘なのかもしれない。でもね、自分の命の引き際は自分で決めたいのよ。自分が自分であるうちに。 


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