第6話 喧嘩

 食事が終わって、歯磨きとトイレのために車いすの人たちが廊下に集められて一列に並ばされた。歯磨きとトイレのために介護士がせわしなく動く。私が静かに並んでいると、後ろから車いすの女がガンガン私の車いすにぶつかってくるの。

「ちょっと、やめてくれる?」

 思わずにらみつけてしまった。女は、申し訳ないという様子もなく、

「トイレに行きたいのに、あなたが前にいるから!邪魔なんですけど。」

 はあ、私はただ順番を待っているのよ。それを、邪魔だなんて。

「順番が待てなえらー、職員に言えーいいでしょ。私にぶつこらでなよ!!」

 怒鳴りつけたかったんだけど、口がうまく動かなくて、筋肉が緊張して変な風に喋ってしまった。声の大きさも調節できなくて壊れたロボットみたいな喋り方だ。

「うわー、怖い。怖い女がいる。トイレ、早くトイレに行かなきゃ。」

 そう言うとこのキチガイおんなは、車いすから立ち上がって歩こうとする。右足と左足の長さが違うので、歩くたびにフラフラ横に揺れている。今にも転びそうだ。

 すると、介護士が慌てて走ってきて、女を抱きかかえる。また、別の介護士が女の車いすを持ってきて座らせる。

「横山さん、座ってて下さいね。」

 介護士が言うと、横山っていう女は、

「この人が怖いんです。私のこと殴ってくる。」

 なんて言う。信じられない言葉に顔が熱くなって、返す言葉もなくて涙が出そうになった。

「常盤さんは、殴ってないですよ。静かに待っていましたよ。」

 そう言って歩いて近づいてきたのは、目の前に座っていた私と同じテーブルの男性だった。食事の時の「いただきます。」とは違って、穏やかなしゃべり口調だった。

 介護士は、横山の車いすを押しながら、

「西城さん見ててくれたのね。ありがとう。常盤さんはそういうことをしなさそうね。それに、ここで一番バイオレンスな横山さんを殴る人はいないわね。ははは。」

 と言い、トイレに向かった。

「あの女が悪い、あの女が悪い。あの女のしゃべり方は気持ちが悪い。何言ってるのかさっぱりわからない。」

 横山はトイレに向かう途中もぶつぶつ悪口を言った。しゃべり方が悪いって、私は口がうまく動かないのよ。もともとは、こんなんじゃなかったのよ。

「家に帰りたい。」

 自然と口からこぼれた言葉。帰ったって、一人じゃ暮らせないのにね。

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