第5話 うるさい昼食

 というわけで、食事は嫌いなの。

 そうは言っても定刻通りに食事の時間がやってくる。11時30分。介護職員がテレビを消して体操を始めた。

「お食事前にお口の体操を始めます。いきますよ。パ、タ、カ、ラ、パ、タ、カ、ラ、パ、タ、カ、ラ。はい、次はあ、い、う、べー、あ、い、う、べー」

 私は、早く喋りにくいのとよだれが垂れてきてしまって、うまくできなかった。

「今日の昼食は、ご飯、すまし汁、さわらの西京焼き、ホウレンソウのお浸し、ミカンです。それでは、いただきます。」

 と職員が言うと、私の目の前の男性がいきない大声で

「いただきます。」

 と言った。男の人の声で怒鳴りつけるように言うものだから、怖かったわよ。何この人、常識がないんじゃないのか。あっ、ここでは、普通の人の方が少ないんだった。

 特に、周りの人も気にしていないので、これが普通なんだろう。

 食事が配られていく。配られた人からご飯を食べていく。

「お腹すいた。私のまだ?お腹すいた。ねえ、まだ?」

 と前のテーブルの女性が繰り返す。うるさい女性につられて、他のテーブルを見てみると、テーブルごとに特徴があるようだ。

 1番前のテーブルの人達は、車いすに乗ってビニールエプロンをつけたまま、なにもせずにボーとしてる人が多い。

 2番目のテーブルの人たちは、車いす以外の人もいるが落ち着きなく動いたり、わけのわからに事をぶつぶつ言ったり、頭のおかしそうな人が多そうだ。

 3番目のテーブルの人たちは、2番目よりちょっとましって感じ。

 4番目の私が座っているテーブルの人は、一番まともそうだ。

 私は、一応この中じゃあ、まともな部類に入れられたようだ。

 食事が配られたので、ドロドロの食事をスプーンで掬って口に運ぶ。やっぱり10口位かなあ。もう、嫌になってしまって、スプーンを置いた。汁物やミカンはまだいいのよ。さわらの西京焼きのドロドロはまずいわね。さわらもこんなにドロドロにされて、ばばあに食べられるなんて思ってなかっただろうね。かわいそうに。

 また、言語療法士の戸田さんがやって来た。食事の様子を遠くから見ている。はあ、見られたら少し頑張らなきゃいけないみたいじゃない。しょうがないので、また10口くらい食べる。ちょっと、休憩して、また10口食べる。もう、十分よね。スプーンを置くと、戸田さんが近づいてきて話始めた。

「常盤さん、お食事いかがですか?」

「私、味がないので食べたくないのよ。」

「甘いものも、しょっぱいものも、からいものも味がないですか?味によって違いがありますか?」

「ないわね。何を食べても味がない。」

「それでは、食感を変えてみましょうか。むせ込みもないので、少し形態を上げて食感を出してみたいと思いますね。」

 戸田さんは笑顔で言った。

 その時、1番前のテーブルに座っていた男性が激しくむせ込み始めた。

「ごほ、ごほ、ごっごごごごー」

 男性の顔が苦しそうにゆがむ。戸田さんと看護師がかけつけて、後ろから男性を持ち上げるようにして、吐かせようとしている。別の看護師がやってきて吸引機を口に入れている。しばらくして、看護師は吸引をやめたけど、男性は激しくゴホゴホとせき込む。

 戸田さんが、ふと男性の首元に手をやる。

「藤井さん、熱感ある。部屋に移動させて、PCRしましょう。」

 職員たちが藤井さんを部屋に連れていった。私以外の人たちは、何事もなかったようにもくもくとご飯を食べているようだった。

 食事は静かに自分のペースで食べたい。それができないのなら、頭のおかしな人たちみたいに気にならないようになりたいものだ。

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