第4話 味気ない世界
私はね、もう食べたくないのよ。
2年前に脳梗塞をやってから、何を食べても味がなくなった。食べ物を飲み込むときは、激しくむせ込みやすくなったの。むせ込むと熱が出て肺炎に何度もなったわ。だから、食事はドロドロのものを食べている。それにね、少しでも食べすぎるとお腹が痛くなったり、便秘になって薬が必要になるの。舌が動きにくくなって、しゃべりにくくなったので話をする時はゆっくり話す必要があるの。それだけじゃないの。まだ、あるの。右手と右足はしびれていて、ジンジンジンしてるのよ。正座をした時みたいな状態がずっと続いているの。脚は弱くなって何かにつかまらないと立てないの。腰は曲がって、膝の関節が固くなってどんどん曲がったままになってきている。自分で靴下もはけないの。膝から下はむくんでパンパンに膨れて、足の爪は巻き爪になって足の肉に食い込んで赤黒く皮膚が変色してる。
自分の身体を見て、何度も何度も泣いたわ。でもね、治しようがないのよ。何をしても味気ない世界。何もする気が起きないの。だからね、もう食べたくないのよ。他の生き物の命を奪ってまで、生きたくないの。
年をとったら、「ち」をとっていいのよ。いのちの「ち」をとって、「いの」でしょう。「いーの」ってこと。自由に生きたっていーの。死んだっていーの。命ほど、もう重くないのよ。ふわふわと軽くなって、それであの世に行くの。ずーと、昔からそうだったのよ。死ねない今が異常なのよ。
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