第3話 食べる

 テーブルに着くと、3人ともマスクを着けていたので、顔はよくわからなかった。

「常盤洋子と申します。よろしくお願い致します。」

 私は、挨拶した。

「どこから来たの?よろしくね。私は、八木陽子です。同じようこちゃんね。どこから来たの?」

 と、目の前の女性が笑顔で言った。

「東京よ。」

「そう、私は埼玉よ。」

「じゃあ、ここは埼玉だから家は近いの?」

 私が聞くと、八木さんは急に眉間に皺をよせて

「ここは、埼玉なの?知らなかった。早く帰らなきゃ。家でね、小さい子が待ってるの。」

 そう言うと席を立って隣に置いてあった歩行器を押して廊下にいる職員に、「帰らなきゃ」「帰らなきゃ」と言っている。はあ、と思った。この人は頭だ。頭がやられたのね。

 ほかの二人は、黙ったままだった。ここにいる人間は、何かしら障害があるの。病院に入院してわかったんだけど、普通に家で暮らしてるのとは、わけが違うのよ。私はね、身体が悪いの。だから、普通に話はできるのよ。だけど、頭がおかしくなってる人っていうのは、まともに会話ができないの。下手に取り合うと、ワーと喚き散らすことがあるのよ。だからね、黙ってるのが一番なの。

 黙ったまま座って30分ほどたった。お茶が積まれたワゴンを押した女の職員がやってきた。お茶を次々に配っていく。嫌な時間が始まった。「食事の時間」は私にとって、最悪の時間なのだ。

 とろみのついたお茶が配られた。スプーンに掬って飲むのだ。

 リハビリのスタッフがやってきた。

「言語療法士の戸田と申します。常盤さん、病院では経管栄養だったと思うんですが、ここでは口から食べる練習をしていきますね。スプーン持てますか。」

 私は、促されるままスプーンを持って口に運ぶ。やらなければいけないのだ。味のないどろっとしたものが口に広がり、気持ちが悪い。飲み込む瞬間、また激しくむせこむのではないかという恐怖が襲う。それでも、10口位は口にしたかな。

「もういいよ。」

 スプーンとコップをテーブルに置く。すると、戸田さんがスプーンを持って、

「もう少しがんばりましょう。」

 と穏やかな笑顔で言う。まだ、20代半ば位だろうか。目がくりくりっとして色白でお人形さんみたいだ。

 スプーンでドロドロの液体が口の中に運ばれてくる。こんなの飲んで、またお腹が痛くなったらどうしよう。やめたいと思ったが結局、全部飲み終わるまで、戸田さんはどこかに行ってはくれなかった。

「むせ込みもなく飲めましたね。」

 笑顔で嬉しそうに言う。ほめられると、やっぱり嫌な気持ちはしない。

「昼食もがんばりましょう」

 そう言うと、ようやく去っていった。昼食かあ・・・はあ・・・思わずため息をついてしまう。



 

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