其之肆 策【戰國篇・第四段】
「畠山政長は元は管領でありましたが、先の畠山義就の上洛の後、その職を畠山義就に譲らせたのは貴方様も覚えておいででしょう。」
「うむ。それが不服であるということか?」
「大方そんなことでしょう。そして無関係の細川勝元を『元管領』の立場から担ぎ上げ、謀叛を起こすに至ったかと。」
「謀叛をだとっ⁉︎それは確かかっ⁉︎」
義政は不穏な二文字を聞き、慌てふためいた。宗全は心の底で笑った。今の発言はそれが狙いであったのだ。
「はい。細川殿を止めねば謀叛が起きましょうな。ですので、私は謀叛が起きた時の為に今ここで待っているのです。有事とあらば、この御所を枕に討死でもする覚悟にございます。公方様もお逃げになるか、同じくお討死なさるか、あるいはご自害なさるかいずれかのお覚悟を召されては……」
「どうしたら防げる⁉︎何か止める手立てはっ⁉︎」
「そうで御座いますなぁ……。」
宗全は今度ははっきりと口角を上げた。
「ここは一つ、はっきりと仰せになってみてはどうでしょうか。」
「何じゃ?何を言えば良いのだ?」
「『畠山家の問題は内輪の問題故、如何なる勢力も手を貸してはならず、畠山の中で話し合って決着をつけるべし』と言うお下知を皆に下せば良いのです。流石に公方様に楯突こうだなど思う者はおりますまい。」
「そうか!名案だな。……して、宗全?そう言う事になるとお主らはさっさとここを退かねばならぬのだが、まだかの?」
義政はいかにも不機嫌そうな目で宗全を睨みつけた。しかしこれは宗全も想定していた文言であったので待ってましたと言わんばかりに、
「はい。ですがそれは『畠山義就に協力していた場合』の時であります。しかし我らはあくまで公方様をお守りするのが目的。このお下知の規制からは除外されるかと思いまするが。それでも我らを追い返したいのならば我らは引き下がりまする。」
「あい分かった。引き続きよろしく頼む。心強い家来を持ったものよ。」
「勿体無きお言葉ありがとうございます。さ様に仰せられたならば、命に変えてでも公方様をお守りせねば。皆の衆!御所はおろか室町通にでも怪しい者を入れてはならぬぞ!分かったか⁉︎」
宗全が後ろを向くと、おおと決意に満ちた大きな返事が返ってきた。将軍のお墨付きで御所に入れるのだから『正義の軍』であるという認識が山名軍に出来た為、士気も当然上がった。背後で足利義政が去ったのを横目で見届けると暫く経ってから宗全は今まで隠していた邪悪な笑みを漏らした。策略が上手く行った時の、俗に言う『ドヤ顔』と言ったところだろうか。
「(これで手筈は整った。後は政長が不服に思い、戦を勝手に始め、『一揆の鎮圧』と称して公方様に義就の出陣を許していただければ。そして政長が討ち取られなければきっと細川の屋敷に逃げ込むであろう。それを『謀叛人を匿っている』と戦を始め、細川の若造めを潰せれば……。)」
宗全は想像の中で細川邸を攻めて焼き払いながら西の堀川通の方を見つめた。
「(勝元め。これまでの生意気な振る舞いで受けた借りはきっちりと返させてもらうからな。首を洗って待っておけ!)」
宗全の、加齢により濁りかけた瞳の奥では私怨の復讐の焱が、目が濁っていても分かるくらいに轟々と燃え盛っていた。
「御所が見えたぞ……。」
政長が通の奥の方に見える、京ではあまり珍しくもない大きな檜皮葺の入母屋破風を指差して言った。
「いよいよ私が畠山の当主に……!」
その時である。前方から将軍の下知専用の幟の付いた早馬がこちらへやってきた。そして政長と目が合うと速度を落とし始めた。
「何事じゃ?」
そう言っている間に早馬が政長達の前に着いた。
「馬上から失礼致す!こちらを。公方様のお下知を賜りましたでお届けに参った。」
使者の男は肩から書状入れの紐を下ろし、漆塗りに金の蒔絵で足利家の家紋である足利二引があしらわれた薄平たい箱を開け、書状を取り出し畠山政長に手渡した。政長は半ば引ったくるように受け取ると書状の端を持ち、じゃっと扇を開く要領で書状を一息に広げた。そしてもう一方の端を手繰り寄せ、持った。
「何じゃと?……『畠山家の問題は内輪の問題故、如何なる勢力も手を貸してはならず、畠山の中で話し合って決着をつけるべし。違反する者は成敗する。よくよく考えて行動するように。』……。何じゃこの書状はっ⁉︎お主宗全めの手先では無かろうなぁ⁉︎切り捨てるぞこの野郎!」
「お待ちを!何故山名が足利二引の箱を持っていましょうや。これはお下知にござろう。ささ、行かれよ。」
勝元は怒り狂う政長を諌め、使者を帰させた。
「してやられたか……全て宗全に筒抜けであったか……。宗全以外にこの計画を知る可能性のある者はいない。彼奴じゃ!間違いない。己!」
政長は書状をぐしゃっと右手で潰し、蛇腹折にした。
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