其之参 御所巻き【戰國篇・第三段】

 時を少し戻す。開戦の二日前のことである。

「細川殿!好機でござるぞ!」

 勝元邸を訪れたのは畠山政長である。彼は屋敷に上がるや否や靴も揃えずに細川勝元の御座所へとドタドタ足音を立て早足で廊下を行った。そして「御免」の一言も無く、勢いよく下を向き御簾を潜ると部屋の上座に居る人物、元管領 細川勝元に無礼にも唾を飛ばしながら半ば叫ぶ様にそう言った。

「何じゃ……何事かな?」

 勝元は顔の唾を右腕で拭いながら息を切らしている政長を見上げた。彼の言葉遣いは落ち着いていたが声が震えていた。

「宗全め……宗全めは今屋敷におりませぬ!御所巻きをするなら今が好機でございますぞ!」

「そうか。今は何処に?」

「その花の御所でわしから奪い取った椀飯の職をのうのうとこなしているところかと。今なら兵を動かしてもすぐそこの山名邸から迎撃される事は無い筈にございます。今こそ公方様に目を覚ましていただくときですぞ!」

「そうか。……そうかそうか。……そうか!……。」

 勝元は顔に満面の笑みを浮かべた。そしてすぐに立ち上がった。

「皆のもの!兼ねてより待ち望んできた時が今やってきたぞ!早々に戦支度をせいっ!急げ!」

 勝元は部屋中に響く程の大声を上げた。すると小姓たちが襖より出、「戦じゃ、戦じゃ」と叫びながら屋敷を駆け巡った。

「ではわしはこれで。御所にて会いましょう。」

「うむ。」

 勝元は力強く頷いた。政長もそれに応じて頷くとすぐさま「御免」と言い部屋を後にした。

 

 細川邸の敷地内にある仮の屋敷に着いた政長はすぐに藍韋肩赤縅の大鎧を着て縁側へと出た。その前の白州には既に家臣達や足軽頭、侍大将達が揃って鎧を着て集い、玉砂利を覆い隠していた。

「頼もしいのう。落ちぶれ、一時死ぬ危険もあったこのわしの為にこれ程も集まってくれるとはな。皆のもの!良う集まってくれた!」

 隣の方から鬨の声が聞こえてきた。勝元勢が出陣したとみえる。政長は続けた。

「これより、元より計画していた御所巻きを行う!細川殿はたった今、支度を終えて御所へ向かった!我らも続くぞ!出陣致す!」

 政長が右拳を突き上げると将兵達は鬨の声を上げた。その声は白州の玉砂利をジジジジジと震わせた。

「行くぞっ!」

 家臣の一人が門から出て行ったのを皮切りに他の将兵達もそれに続いて我先にと走って行った。玉砂利の踏まれる音と鎧の擦れる音が雨の様に畠山政長邸の庭先に鳴り響いた。大方の将兵が白州から出ていくのを見届けると政長はやはり早足で廊下を歩きだした。

「何としても義就と宗全の思い通りにはさせぬぞ……させてなるものか!」

 そう言いながら屋敷の前の細道に出て、小川通に出た。そこにはかなりの数の兵馬が揃っていた。その数四万五千。京で御所を囲むには十分過ぎる兵力だ。反撃者が現れない時の話だが。もし敵勢に援軍が来たらひとたまりもないだろう。だが政長達には反撃がないという自信があった。反撃するであろう勢力の指揮官は今頃その御所の中に丸腰で居る筈だったからだ。

「御所へ参るぞ!出陣致す!」

 細川勝元の一声で兵馬は二本東の室町通近辺にある花の御所を目指した。兵馬の進む地響きの様なものが通の周りに建つ屋敷の壁に乱反射し、実際に通の地面から出ている音よりも大きく聞こえる。その心強い音色は今から謀叛の真似事をしに行く将兵達や勝元、政長達を勇気付け、奮い立たせた。夕暮れ時の京の街を四万五千の兵馬が花の御所目掛けて行軍する。その異様さに気づいた京の民が戸の隙間から、障子の隙間から、窓の隙間から、通りを覗き見ていた。民は口々に「戦が起きるのだろう。」と噂しあった。中には旅支度をし、戦の始まる前に京から逃げ出そうとする者まで現れた。そんなこともつゆ知らず、政長達は今出川通を東へと行軍していた。

 この京で帝の御所の次に大きい屋敷、通称「花の御所」にもただならぬ空気が流れていた。

「なな何じゃお主らはっ⁉︎何があっての狼藉かっ⁉︎」

 足利義政は御所内に兵士がいる事に腰を抜かした。

「ご無礼をお許しくださいませ。公方様。しかしこれには訳がございましてな。それを聞けば公方様もご納得頂けるかと。」

「何じゃ宗全。申してみよ。」

 この坊主頭の熟年の男、山名持豊 改め 宗全はニヤニヤするのを義政に隠しながら口を開いた。

「本日一万三千を率いてきたのには深い訳がございます。これより畠山政長と細川勝元、その他赤松、京極が『御所巻き』をする手筈になっていることを草の者より耳にしまして、『公方様に大事あってはならじ』と馳せ参じた次第でございます。」

「何じゃと?」 

 義政の眉間がぴくっと動いた。宗全の目が少し笑った。

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