禍穢翼のブリュンヒルデ √イリーガル・アーカイブ/方舟
津舞庵カプチーノ
Episode00【覚醒前夜】
プロローグ『イリーガル・アーカイブ』
──ただ、夢を見ていたい。
──現実と隔離した、希望に満ち溢れた夢を見たくなる。
──それでも、硝煙と鉱症と差別の残映の、まるで悲鳴のような雲雀の声で、彼女は目を覚ました。
♦♢♦♢♦
「……」
包まっていた酷く劣化をした布を脱ぎ捨て、彼女──“ユイナ”は目を覚ました。
本来はこの辺りは、砂嵐が酷くて眠れるような環境ではなかった筈だ。
しかし、それと同時にこの辺りは瓦礫などの障害物などが多く、結果多少の寝辛さを容認できれば特に問題はなかった。
「……──周囲に敵影、後問題はなさそうですね」
そう言ってユイナは、寝ている間肌身離さず持っていた小銃を手入れする。
勿論この小銃は、悪環境でも使い続けられる名のある小銃として広く知られているものだが、それでも万が一というものが存在する。
戦場──いや今は日常か、において、そういった些末な見逃し誤算がそのまま悲惨な結果へと繋がるものだ。
故にユイナは、太ももに忍ばせていた自動式拳銃や先ほどまでに掛けていた小銃の手入れも怠る事はない。
「……思ったよりも眩しい」
そして、今日の目的地へとたどり着くため、かつて使われていたであろう施設の扉を開ける──。
そんなユイナの瞳に差すは、比較的穏やかな砂嵐の中届く、太陽の光。
視界が若干白くなる。
だがそれも一瞬の事で、すぐさま本来の景色をその瞳は映し出していた。
──荒廃した世界。
元々は研究施設だった建物も、今は見る影もない。
その上人影なんて、そもそもある筈もない。
そしてそれらは、永い年月をかけて、砂塵の中に消えているのだった。
「……──近距離索敵装置、起動」
『了解。索敵を開始します』
だが、それらの情報を加味したところで、人間の感知能力には限界がある。
事実、ユイナの手にした年代物でレトロチックな『近距離索敵装置』の方が、遥か高い索敵能力を有しているのは明白だ。
文字列が画面に映し出されて、その結果を示していた。
「反応は、なさそう」
そう言ってユイナは、『近距離索敵装置』の結果を確認をすると、そのまま装置の電源を切った。
ただでさえ貴重な電池。そう無駄にする訳にはいかなかった。
──後、残り2本。
それに加えて、弾薬の残りが少なくなってきているのもあって、そろそろ補給に行きたいところだった。
「──目的地に行く前に、確かこの辺りに補給物資が転がっていそう。なら、寄り道を中継ポイントに入れて。……相変わらず、不味いなコレ」
先ほど、大き目のバックから取り出した地図、その上をユイナは進行する地点を指でなぞっていく──。
おおよそ、今日の進行する距離は、おおよそ40キロメートル程度。本来は、もう少し距離を稼ぎたいところだったが、立地と強敵が住み着いているのと、後は手がユイナ自身だけである。
と、今ある情報を整理して、ユイナはプラスチックみたいな硬くて不味い携帯食を口に含みつつ思うのだった。
/2
元研究所な施設を出発して、あれから数時間が経った──。
おおよそ、道のりの半分ほどが過ぎた辺りか。
しかし、ぼろいフードに叩きつける砂嵐の消耗が激しく、ユイナが目的地にたどり着くにはもう少し時間が掛かりそうだった。
「──この辺りも、問題はない、か」
再度、ユイナは『近距離索敵装置』を使用する──。
電気の使用は極力避けたいだったが、そうとも言っていられない現状がそこにはあるのだ。
事実、彼等の生息域であるこの辺り一帯に足を踏み入れたその時、ユリアの心臓は恐怖に蝕まれ、握る小銃は冷や汗と無駄な握力が掛かる。
「──ぐっ!? そろそろ限界、か」
冷や汗と無駄な握力は、何も死と隣り合わせな極度の緊張感だけから来るものではない。
いや、それ自体も感じているのだが。
それ以上にユイナは、彼女自身の言う通りに、ある意味限界だったのだ。
「──侵攻速度から考えて、残り時間は2時間程度か」
そう言ってユイナは、厚いズボンを捲くった事によって現れた肌。
──否、それは健康的な肌ではなく、黒色の鉱症であった。
──"ノヴァニウム鉱脈病”。
かつて、この星に降り注いだ彗星の欠片が降り注いだ。
そしてその彗星の欠片──“ノヴァニウム”は、かつてないほどに人類にとって繁栄をもたらした。
だが何事も、裏表があるように、利益とともに厄災をももたらすのだ。
それは、患者の肌に黒色の鉱症を刻み付ける、致死率100%の治療不可能な病気だ。
初期の頃は、痛みや内外的症状は見られなくて、他の健常者との違いは殆ど存在していない程度のものでしかない。
だが、この鉱脈病が判明する中期以降は、その病気に罹った患者の体に黒い鉱物らしきものが刻まれる。体内に溜まっていたノヴァニウムが、その肌を突き破るようにして健在をするのだ。
そして、後期以上となると、その患者の身体的機能の殆どを失う。鉱症が体全体に生え、その姿はまるで生きる屍のようなものだ。
「──だけど、アルフェンシアがあれば、その侵攻を一時的に抑える事ができる」
だが、その致死率100%を誇る治療不可な病気であるものの、何も対抗手段がない訳ではない。
──"アルフェンシア”と呼ばれる、侵攻を阻害する抑制薬が唯一である。
その効能は、ノヴァニウム鉱脈症の症状の侵攻を抑えるもの。症例で言うと、その薬を使い続けたとある人は、本来死ぬとされた時期から更に数十年生き続けたらしい。
ある意味、ノヴァニウム鉱脈症が治っている訳ではないものの、治ったと言っても過言ではないのだろう。
「──けど、アルフェンシアだって無限じゃない」
ノヴァニウム鉱脈病の抑制薬であるアルフェンシアは、無尽蔵に生産できる訳ではない。
調合をする際に、特別な希少素材を使用しているらしく、そのアルフェンシアを生産できる数には限りがある。
故に、過去の歴史上では国家間でアルフェンシアを取り合い奪い合い、そして戦争にまで発展したらしいのだ。
そして、それが世界大戦と化した数十年後の今となっても、ノヴァニウム鉱脈症の抑制薬であるアルフェンシアは、貴重品と言うほどではないものの、所謂贅沢品と言っても過言ではないほどに高騰品と化している。
「──そろそろ進まないと」
──……。
──……。
──……。
「──っ!」
物陰に隠れて進んでいたユイナは、その姿に息を呑む──。
正体不明な異生物が佇んでいた訳ではない。──よくよく知っている、その化物の名を。
『Aaaaa……』
異形──。
全長は数十メートルはあろう巨体。
その顔は無貌で、その正体、そしてその不気味さを増している。
内包した身体能力は、人類をも容易に凌駕する事だ。特にその鋭き爪は、何をも切り刻む事だろう。
「──まさか」
──その名を、“キャンサー”。人類の癌細胞たる名を冠する、人類にとっての敵であった。
『Aaaaa』
だが、ユイナアのすぐ傍を徘徊している“キャンサー”がまだ此方に気付いていないのが幸いか──。
正直言って、“キャンサー”──それもステージ3を相手にするなら、単騎で小銃だけなんて無謀そのもの。
勝ち目なんて、最初から何処にだって存在していない。
強いて言うとなれば、このままユイナに対して気付く事なく、目の前の"キャンサー”がこの場を去る事だけだった。
「……──……──っ」
息が荒い──。
砂嵐対策でユイナ自身の口元を覆っている布切れ内部に、酷く温い彼女自身の息が滞留をする。
いつ気付かれるか分からない、その恐怖感。
いつの間にか、ユリアの握る小銃の引き金に、自らの指が掛かっていた。
そうでもしていないと、この共振に耐えられそうにない、その重圧感。
『Aaaaa……』
息を整え、潜んで"キャンサー”の動向を確認する。
何をしているのか、到底碌に教育の類を受けていないユリアには分からない。
──とはいえ、長年培われた経験が、何が起きるのか程度の事は分かるつもりだった。
「──っ!」
『Aaaaaっ!!』
その勘を信じて、ユイナは今まで隠れていた瓦礫の影から飛ぶようにして離れる。
そしてそれと同時刻に、彼女が隠れていた瓦礫が砂塵の一部を化した。
──その瞬間、ユイナと"キャンサー”の視線が交じり合うのを、彼女自身これでもかと理解をしてしまう。
「──クソッ!? 気付かれたか!」
『──Aaaaaっ!!』
手にした小銃の銃口を"キャンサー”に向けつつ、ユイナはこの場を退避しようとする──。
そしてユイナは、逃げる速度を緩めず、手にした小銃を構える。
足止めを目的とした小銃の連射。マズルフラッシュと共に、ライフル弾が"キャンサー”の胴体に命中をするのだ。
『AaaaaAaaaa!』
だが、多少気持ち程度に怯んだ感覚はあれど、今だ"キャンサー”はそこに健在していた。
7,62mmのライフル弾程度では、このステージ3の"キャンサー”を倒す事は叶わないみたいだ。
「(──やっぱり、この程度ではっ!)」
振るわれた爪が、ユイナ目掛けて振るわれる──。
致命的で、死の予感さえも感じさせる、そんな一撃。
それをユリアは、飛ぶようにしてどうにか回避をした。
そして、口の中に入る不快感を味合わせる砂の味と、血の味。
「──クソっ!? 口の中を切ったか! ──ぐっ、がぁぁぁぁあああっ!?」
そして、ユイナが立ち上がろうとした瞬間もたらされる痛み。先ほどの"キャンサー”の一撃が瓦礫を大きく崩して、その残骸が彼女の足へ直撃したのだろう。
それと同時に、ユイナの右足に違和感と激痛を訴えるのだった。
捻挫をしているのか、はたまた骨が折れているのか。
だが、まだ右足だけだ。小銃を無造作に速射をしつつ、ユイナは足を引きずって逃げようとする。
『AaaaaAaaaaっ!』
「──クソッ! クソッ! クソッ! クソッ!」
『AaaaaAaaaaっ!』
だが、"キャンサー”が奏でる絶望の足音が消える事はない──。
どれだけユリアが小銃を速射しようとも、そもそも7,62mm弾では碌なダメ―ジにはなり得ない。先ほどまでと同じように、足止めが精々といった辺りか。
しかし、足止めとはなり得ない。
足を怪我したユリアに逃げる速度は遅く、すぐさま"キャンサー”に追いつかれてしまう。
「──ぐっ!」
振るわれた腕は、ユイナの体を軽々と吹き飛ばした。
本来は、脆弱なユイナの身体なぞ、それこそこらの瓦礫よりも脆かった筈だ。
楽しんでいるのだ──。
"キャンサー”は、その残虐性を以ってして、ユイナの体を吹き飛ばしたのだった。
「……死ねよ。──死ね死ね死ね死ね死ねっ!!」
もう逃げる事の叶わないユイナの体。立ち上がる事は叶わず、左腕は先ほどの衝撃で麻痺しているらしく、動かす事ができない。
しかし、幸か不幸か。まだ、その右手だけは動く──。
生きるため、最後の希望を託すべく、その右手に握られた小銃の引き金を、限界にまで引き続ける。
「──私は、生きるんだ。生きなきゃいけないんだ!」
絶望をするのが最善か。
辛くとも、生きようとするのが最善か。
しかし、泣き喚いて助けを呼ぶ事は、何ものにも劣る愚策だ。
視界がユイナ自身の流血によって見えなくなっても、それでも生きるためと、その小銃の引き金を引き続けた。
──カチッ。
──絶望を告げる音が、嫌でも鮮明にユイナの耳に入る。
所謂、弾切れ。
装填する方法がないユリアにとって、それは己自身の死を予感させるに、あまりにも十分と言えた。
「──っ」
『Aaaaaっ!』
生きている──。
生命活動をしている"キャンサー”を見て、果たしてユイナの絶望感はどれだけだったか。それを計り知る事叶わず。
だが。
「──くたばりやがれ!!」
ユイナの生命力に溢れたその瞳が陰る事はなかった。
小銃を"キャンサー”に投げ出すと同時にユイナは、太ももの年代物なホルスターに備え付けていた自動式拳銃を抜くのと同瞬、発砲をしたのだ。
だが、7,62mmが足止めにしかならない"キャンサー”。
それはあまりにも無意味と言えた。
ただ、かすり傷どころか無傷。"キャンサー”からしてみれば、そよ風が吹いた程度の衝撃だっただろう。
──いや、それでも生きるためと。
「……は?」
『……』
だがその瞬間。
ユイナの目の前で信じられない光景が起きていた。
──ユイナの射撃をいともせず、そして"キャンサー”が振り下ろした爪の先が、彼女の目の前で止まっている。
意味不明だ。
しかし、ユイナが"キャンサー”の逸らした視線の先──そこにある光景を追えば、そこには納得のいく光景が存在していた。
「──ねぇ。あの"キャンサー”どうするつもり?」
「どうするつもりって"ドクター”。餓鬼が襲われているんだから、そのまま素通りする訳にはいかないだろう」
「相変わらず"団長”は、お人よしですね」
「……お人よしなんかじゃねぇよ。でも最終的には、"リーダー”の指示に従うつもりだ」
おおよそ20人程度の出自の違う彼等。
全員が高品質な戦闘用の防塵服を着ていて、その手にはそう簡単に見かける事なんて出来ない、ユイナの持っている小銃よりも高品質な小銃を所持している。
──異様。統率されているであろうその様は、それだけでも相応の威圧感を持っているのだ。
「──"リーダー”、指示を」
団長と呼ばれた壮年の男性は、黒いサングラスで目こそ見えていないものの、此方を睥睨しているのだけは分かる。
ドクターと呼ばれた女性は、その顔を特異的な仮面によって隠している。
そして、彼等のリーダーである■■は誰なのか。フードを深く被り、口元も隠されているという徹底ぶり。
「──全隊員。これより、要救助者の救出および、敵ステージ3"キャンサー”の討伐を開始する」
『Aaaaa……。AaaaaAaaaaっ!』
「全隊員射撃準備。──撃て」
そのリーダーと呼ばれた人物が、振り上げた手を振り下ろすのと同時に、戦闘が始まった──。
弾ける硝煙を撒き散らすまずるフラッシュ。銃弾の雨は、雷雨と成り"キャンサー”へと降り注いだ。
対して"キャンサー”は、その巨体にはあり得ないほどの身体能力で、銃撃雷雨の中を駆け巡って行く。
「……このままでは」
状況は、先ほどのユイナの時とさして変わりない。
ただ、人数差が生まれただけで、その力の差は歴然だった。
──さして変わりない。しかして、先ほどとは違う点が、また存在していた。
「──おー。流石はステージ3の"キャンサー”。かなりの練度に仕上げた若造共の掃射すらも回避するのかよ。これだから"キャンサー”って奴は」
「このままでは、手塩に掛けた彼等を失う事になりますよ」
「はー。それは避けたい話だな。──よしお前等、後で訓練で扱いてやるから、今は見学でもしておけ」
「「──了解しました」」
『Aaaaa……』
──銃弾による掃射が、ふつっと途切れる。
これには"キャンサー”も、不思議そうな瞳であちらを見る。
そしてその視線の先には、先ほど"団長”と呼ばれた彼が一歩前に出るのだった。
「──さて、クソ癌細胞共。悪いがさっさと、──死んでくれや」
『Aaaaaっ!』
その言葉、或いはやり取りと共に、第二ラウンドが開始された──。
果たして、人間が"キャンサー”に勝てるだろうか。
いや、それはあり得ないと言っても、反論の類は上がらないだろう。
それだけ、人類の敵と称される"キャンサー”は強力で、また人間はあまりにも無力であった。
「(──勝てる訳がない。運よく勝つなんて、甘い現実ではないんだ)」
──だが此処に、例外が存在する。
驚異的な身体能力を以ってして"キャンサー”は、疾風の如く地を駆ける。
そして突き出されるは、鋭い切っ先を持つ、刺突による一撃。
まるで、先ほどまでの掃射が雷雨であったのなら、その"キャンサー”の刺突による一撃は、雷斯く言うものであった。
「──だがそんな稚拙な一撃。この俺がそう簡単に食らうとでも?」
『AaaaaっAaaaaっ!!』
だが、団長はその一撃を、所持していた大盾によって受け流す。
最低限で、最小に──。
その一連の当たり前の行動に、果たしてどれほどの研鑽を積み重ねただろう。
故にユイナは、これから起きる出来事を、疑う余地なく、ただただ事実として認識する他なかった。
「──逆光せよ、俺の
【──
受け流した勢いそのままに"キャンサー”の腕部を駆けあがって行く団長──。
そして、先ほど"キャンサー”の一撃を受け流した大盾の握る手とは反対──鎚を握る手が輝きだす。
いや、輝きだすという表現は間違いなのかもしれない。
ユイナの網膜には、その振るわれる雷が、まるで暴力的なまでの輝きに思えたのだから。
「──っ、おらぁっ!!」
『Aaaaaっ!?』
団長の振るう雷纏う鎚が、"キャンサー”の頭部を直撃した。
そして、その威力は絶大なもので、先ほどまでのライフル弾ですら碌に傷付かなかった"キャンサー”を、損傷と共に地に伏せた。
『Aaaaaっ! Aaaaaっ!』
だが、まだ生きている──。
己の生命を阻害する、敵性個体。
人類の敵としての"キャンサー”が初めて出会う己の命を脅かす存在に、恐怖心ではなく憤怒の感情を見せた。
『Aaaaaっ!!』
再度距離を詰めて来る団長。
対する"キャンサー”は、己の鋭き爪によって絶死の刺突を放つ。
威力は、人間なんて掠るだけでも即死を免れない。
数は、驚異的な身体能力を誇る"キャンサー”が持ちうる、その連射。
──そこは、人間である団長にとって死地となる、絶死の間合いと化してしまう。
──筈であった。
「──凄、い」
そう、つい口端から漏れてしまうユイナ。
だが、そんな事どうでも良くなるほどに、ユイナの目の前で起きている信じられない衝撃的な光景は、彼女の視線を釘付けにした。
「──おいおい。ステージ3の"キャンサー”ってのは、この程度かよ」
即死の雨の中を掛ける団長の姿──。
先ほどの銃弾の雷雨の中を掛ける"キャンサー”の回避行動が、その圧倒的な身体能力によるものだとしたら、団長の回避行動は、技術に則った最低限のもの。
雷によるバックアップがあるものの、その回避行動の根底を支えているのは、その驚異的な技術によるものだ。
──掻い潜り、そして受け流し。
そして団長は、"キャンサー”の懐へと入り込んだ。
『Aaaaaっ!?』
それを察してか、回避行動──いや離脱行動を取ろうとするが。
「──は。一手遅せえよ」
団長の構えられた鎚に、再度雷を纏う。
──一手遅い。
それを証明すると云わんばかりに、そこは団長の間合いであったのだ。
振り切る威力は雷の如く。
雷鳴轟かせて、敵を打ち倒すその名は──。
「──
直撃をする──。
雷纏う鎚は、"キャンサー”の頭部へと直撃をした。
7,62mmの銃弾──その雷嵐であったとしても防ぎ切るであろう堅牢な外殻を持つ"キャンサー”であったが、その栄光は見る影もない。
「──良い運動になったな」
胸ポケットから煙草を取り出して吸う姿は、勝者の姿そのもの。
地に立て掛けられた鎚は、敵の墓標にも思えた。
──人間が、人類の敵である"キャンサー”を討伐した。
その事実は、狭い世界を生きていたユイナにとって、人生を変えるほどの衝撃であったのだ。
「……──凄い」
ユイナ自身を追い詰めていた"キャンサー”が倒れ伏す姿を、ただただ見ているだけだった──。
生きるためと思っておきながら、何処かでユイナは、"キャンサー”に勝てる訳ないと思っていたのだ。
「おっと、忘れるところだった。──嬢ちゃん、立てるか?」
「……あ、ありがとう、ございます」
だが、目の前の団長と呼ばれた壮年の彼は、そのユイナの理不尽な価値観をぶち壊したのだ。
まるで、一筋の希望の輝きのよう──。
理不尽な世界で生きていたユイナにとって、憧れるな、なんて戯言を言う方が難しかった。
「っと、怪我をしてるようだな。ドクター手当を──駄目? じゃぁ、そこのお前応急手当をしてやれ」
「……」
「──じゃぁな嬢ちゃん。何処に行くか知らないが元気でな」
「──待って、待ってください!」
ユイナの真剣な言葉に、去る後ろ姿だけ見えていた彼彼女等が振り向いた──。
無価値な私なんかが、果たして何が出来るだろうか。それらが、ユリアの脳内を駆け巡る。
その価値観に押し潰されそう、躊躇してしまいそう。
──でもユイナは、それらの暗雲を振り払うようにして、──そして決意を固めると云わんばかりに、再度一歩前へと踏み出した。
「──私を、あなたたちの一員にしてくださいっ!!」
頭を思いっきり下げる。
果たして、彼彼女等が何のために集まった組織なのかも知らない。バックグラウンドすら知らない彼彼女等に付いて行く事に、一定のリスクが付き纏う事は、当のユイナも十分に理解している。
誰とも知らぬ話し声が聞こえる。
「……」
どんな残酷な結末を突きつけられるか分からない。
後悔をしていないなんて嘘だ。
でも、此処で逃げたらもっと後悔をする、──それだけは確かだった。
「──顔を、上げてくれ」
「……はい」
顔を上げたユイナに待っていた世界は、彼彼女等の視線が向く現実──。
改めて見ると、ユイナが入団を頼み込んだ彼彼女等の姿は壮健だ。一糸乱れぬその姿は、まるで軍隊に思えた。
そしてその中でも、リーダーと呼ばれた■■が最前線で、ユイナの事を見ていた。
「……──」
──笑った気がしたのは気のせいだろうか。
いや多分気のせいだ。ユイナの位置からでは、リーダーの顔すら捉える事ができない。顔だって分からないのだ、それを飛び越えて表情を掴む事は叶わない。
そんな、リーダーと呼ばれた■■が、再度言葉を紡ぐ。
掠れて、でも強靭な意思を以てして結果を告げた──。
「──あぁ、よろしく頼むよ」
泣きそうだった──。
これまで一人で生きていた人生。
理不尽な世界に揉まれて生きてきた15年。
涙なんて、当の昔に枯れ果てたと思っていたが、──まだ涙を流せる程度には、生存を掛けた胸の内に灯る炎が燃え盛る程度には、人間らしかったのだ。
「──おいおい。俺が助けた訳なんだが、本当に良いのか?」
「もとはと言えば──団長。貴方が助けようとした命でしょ」
「──うぐっ!?」
「──本当に、私で大丈夫、ですか?」
心配になって反論を述べてしまうユイナ──。
だが、すぐさまその行為が彼等を貶める行為となる事を自覚する。ましてや、新参者がだ。
故にユイナは、すぐさま訂正しようとするが。
「──私たちは、君たちと同じ境遇の者たちだ」
「──差別をされ、迫害をされ。行き所すらもなくなった奴だっている」
「──君を拒む者なんて、私たちには存在しない」
彼彼女等の姿が、希望そのものに見えた──。
"キャンサー”と戦うなんて、この理不尽な世界に抗うなんて、どれだけ命があったって足りない。それこそ、理不尽な世界と戦って殉職者すらも出ているだろう。
──でも、彼等はきっと笑って希望を託していったに違いない。
そうユイナ自身も思えるほどに、彼彼女等の生き様は憧憬に値するもので、真っ暗闇の中の一筋の光に思えるのだから。
「──私たちの組織の名は、"イリーガル・アーカイブ”。命を賭けて明日を迎えようとしている、人類最後の組織さ」
🔷 🔷 🔷 🔷 🔷 🔷 🔷 🔷 🔷
お疲れ様です。
感想やレビューなどなど。お待ちしております。
あと、少しでも面白い、続きが気になるなどありましたら、星やフォローなどをくれるととても嬉しいです。
更新頻度につきましては、ぼちぼちと挙げていくつもりですので、よろしくお願いいたします。
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