遺失物

 犬が散歩中になにか咥えたと思ったら、人間の右手だった。仰天したものの悲鳴をあげなかった自分を褒めてやりたい。

 慌てて吐き出させたところで、驚きは続く。

 右手がぴくぴく動いたのだ。今度こそ私は言葉を失ったが、こちらなどお構いなしに、それは指で器用に立ち上がる。

 夢を疑って犬に噛んでもらった。痛かった。

 数十分かけて私は落ち着きを取り戻し、右手の前にしゃがみこむ。貴方はなんなのか、これは幻覚か違うのか問いかけてみた。

 右手相手に意思疎通を図るなんて荒唐無稽だ。馬鹿馬鹿しさにため息が出る。周囲に人が居たら、間違いなく不審者として通報されているだろう。

 手は近くの土が露出した箇所まで跳ね、地面になにごとか書きこむ。

 自分は〝ヤ〟のつく物騒な職業の者で、ちょっとしたトラブルで体をバラバラにされたらしい。しかし何故か死ねず、全国各地に捨てられた体を探して放浪しているそうだ。

 体同士は近づけばくっつくという。よく見ると、右手のあちこちに歪なつなぎ目がある。

 右手はさらに文章を綴った。「このあたりに交番は無いか」と聞かれて考えたが、車でニ十分ほどかかる場所にしかない。

 まさか自分の体が落とし物として届いていないか、訪ねるつもりなのか。ここで会ったのも何かの縁とばかりに、右手は図々しくも「交番まで連れて行ってくれ」と頼んでくる。

 今日ほど自身のお人好しさを恨んだ日は無い。これをきっかけに、私と右手による日本一周旅が始まってしまったのだから。

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