呼ぶ

 どこからか少年のような声がする。僕を呼んでいるのだろうか。万が一を考えて振り返らず、耳の感覚だけでそれがどこから届くものか探った。

 正面の祠からではない。左右を取り囲む森からでもない。背後には入り口の鳥居からここまで続く一本道があるだけだ。声はなお響き、しかし具体的になにを言っているか不明瞭だ。

 鳥の声や他の参拝者の足音も無い、静かな森の中で耳を澄ます。次第に、断片的ではあるが言葉が聞き取れるようになってきた。

 こんにちは、遊ぼう、寂しい。他にも色々述べているものの、木々や葉が音を吸収してしまうのか、なんとか理解できたのはその三つだけだ。

 山の奥に潜む謎の祠。なにを祀っているのかも、誰が維持しているのかも分からない。神社にあるような社務所なども見当たらなかった。

 麓の村からここまで、獣道をおよそ二時間かけて進んだ。その間、誰ともすれ違わず、ずっと僕を呼ぶ声の持ち主であろう少年の姿は見かけなかった。

 なんとなく分かる。

 恐らく、この声に反応してはいけない。

 少しでも反応した素振りを見せようものなら、僕はきっと、ここから生きて帰れない。そんな想像をしてしまう雰囲気が、祠を中心に満ちている。

 僕は古ぼけた賽銭箱に小銭を投げ入れ、二礼二拍手一礼をしてから振り向いた。そこには誰も居らず、思わず安堵の息をつく。無意識に緊張していたようだ。

 声はいつしか聞こえなくなっていた。来た道を戻り、鳥居を通り過ぎかけた時、なにかに首筋を撫でられた気がした。

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