第4話 記憶と虚偽 part1
7.5 Ft0%……
翌日。
琴咲はあの後、SNSで俺にとかくアプリの情報を教えてくれた。
一部の掲示板スレでは虚実が顕著でないことが囁かれていること。
例えば、インストールすると魂を抜かれるやスパムの被害に遭いやすくなるなどと情報は場所によってまちまちだ。
真偽はいまだ、謎のままで少数の間で人気を博しているアプリなのだと。
琴咲は、どの情報も鵜呑みにせずネット友達であるプログラマーにも頼んだが、解析情報は相変わらずなままだった。
彼女も未だに度々あの黒い画面を見ては閉じる作業をしているらしく、俺と同様気になってはいるみたいだ。
「ねえ、聞いてる? 櫂翔くん」
「……あ、あぁごめん彩折、ちょっと考え事しててな」
「……あの、昨日話してくれた真っ暗アプリのこと? まさかとは思うけど『インストールするだけでゲームの石が1000個もらえる』みたいな胡散臭いアプリを入れたんじゃないの?」
昼休み。一緒に俺の教室で彩折と食事をとりながら話す。
俺が謎アプリのことにふけっていると、彩折が俺をのぞき込む。
びっくりさせるなよ。お前が過保護なのは昔から知っているけどしねえよ、むしろそんなアプリあってもインスールなんてしない。
「いやだから違うって。本当によくわからないんだ。消そうとしても消えないし、内部からの直接アクセスもだめだった。カナ先生にも聞いてみたが空いている時間に調べると言っていたからまだ時間がかかりそうだったよ」
昨日彩折には軽い気持ちでこれを話した。
あまり興味はなさそうな反応だったが、不思議がる様子が文脈に出ていた。……ということは少しは気になっているのか。
「へぇそうなんだね。……そういえば今日愛衣ちゃんが学校に来るんでしょ? 講習があるからだろうけど行きは大丈夫かな」
「あいつなら大丈夫だろ、細身だし素早さには誰にも負けないと抜かしていたぞ」
昼食を終え、弁当を片付けていると。
「あ、先輩……と彩折先輩も一緒に食べていたんですか」
当の本人がようやく、昼間に俺たちの前に姿をみせた。
眠そうにうなだれ、ゾンビのようになっているが起こしてやらないと。
「おーい琴咲起きろー。今日は学校だろ。しっかりしろー」
「………………先輩がそう言うなら」
琴咲は閉じていた目を見開くと常時モードになる。
やる気のなさそうな視線を送っているが、これが琴咲彼女の“いつも”なのだ。
「そうだよ、愛衣ちゃん。今日は心理学の講習があるんだから今のうちにこれ飲んで目覚まして」
「ハイパードリンク? ありがとうございます、これで今日は勝ちましたね」
「いやなににだよ。この休みがおわったらすぐだからお前覚悟しとけよ」
「はいはいわかってますって」
彩折が琴咲に栄養ドリンクを手渡すと、しぶることなく受け取る。
女子らしかぬ飲み方で息を吹き返すとだいぶ活力が戻った。
時間は一向に過ぎ、講習の時間がやってきた。
待ちきれなず、かまびすしい話し声が会議室に響き渡る。
すぐ隣には琴咲が座っているが、ざわめいた声を非常に気にしている。
「先輩、うるさくないですか」
「我慢しろよ、いやこれから数時間我慢することになるかもしれないけど」
生徒指導の教師が、時間になると生徒達を黙らせた。
軽い説明が始まり、今日の大まかな内容が教師の口から出る。
事前に用意されていた紙が俺の元へと届くと。
『記憶について』
またとても難題なものが出てきた。
記憶って誰しもが持つ――いわゆる倉庫なんだから今さら感があるが。
「ということでみなさん、今日はこの2時間を使い記憶に関して勉強していきたいと思います……えぇと木島さんこっちに来て」
すると、前の方にある扉がガラリと開いて女性の足音が聞こえてくる。
姿があけすけになると、その顔を見て俺は図らずも瞠目した。
「どうも、2年の木島です。大学の人ではないのかって? ……えぇ例外の例外ですこれは」
それは、一昨日に偶然合った、ぶつかった年上の先輩だった。
俺たちと同じ制服を着ているのにもかかわらず堂々と前に立っている。
「では、時間になりましたので本題に移りたいと思います……まずはお手元の」
急に現れた木島という俺たちの1つ上の先輩。
これを知ってなんの特があるんだと、この時俺は軽視していた。
そして彼女――木島真希との出会いによって、運命の歯車がまた動き出すことに俺はまだなにも知らなかった。
長い悲劇の扉が開いた……“開いてしまった”ことに。
◉ ◉ ◉
この木島という女性。
堂々と前に立ち今、心理学の講習を自ら行っている。
2時間渡りの授業だが長い長い。……時折あくびが漏れそうになってくるので気が持つかどうかも我ながら怪しく思う。
今回の議題は、記憶に関しての勉強である。
なんちゃら記憶庫、うんたら記憶庫と意味不明な難語が飛び交う中、俺は当惑する一方だった。
だが内いくつかは、少々興味をそそられるものもあったが考えるほどに頭の痛くなる内容だ。
心理学って興味深いけどやっぱり難しい。
(な、長ぇ……これは永遠と終わらなさそうだぞ同士よ。はぁ……)
先輩の説明の終わりしなにおいて。
「えぇそれではおさらいしますね、このように人には3つの記憶の保管庫があり、直ぐさま消えてしまう一瞬の記憶を『感覚記憶庫』。みなさんが普段思い出そうとしている、もしくはなかなか思い出せない記憶は『短期記憶庫』、そして私達が“記憶”と呼称しているのは『長期記憶庫』と言います。……中でも長期記憶庫には2分割されていて、手で触って覚えさせる手続き記憶庫、言葉で覚える陳述記憶庫これらが私たちの言う“記憶”というわけですね」
脳に記憶させる……記憶。
つまり、『言う』か『動かす』これらが記憶や動作を『した』という情報を脳は保存しているってことか。
少しかじったぐらいで、どれぐらい理解したかはわからないが……。
「はい、それではここからはみなさんのお待ちかねの質問コーナーです。もしなにかあれば遠慮なく聞いてくださいな。あぁプライベート関連はなるべく控えてもらえると」
少々先輩の冗談らしい話で笑いが生まれる。
そんな中、隣にいる……? 琴咲?
「…………」
隣に座る琴咲が、なにやらメモ帳に書いたであろう紙切れを俺に突きながら気づいてくれとの合図を出す。
小声で俺は……琴咲を……琴?
つんつん……つんつん、つんつん……。
催促させるように何回も……何回も……。おい、今授業中だぞ?
「なんだよ、……まだ授業中だぞ話したいことがあるなら」
「……」
仕方なしにその紙を受け取り。
『いつ終わるんですか? 眠くなりそうなくらい暇なんですけど? 下に書いてどぞ』
「琴咲ぃ……あとで覚えておけよぉ」
少々抵抗感があるが、琴咲の機嫌を損ねてはいけないと返答を書く。
『もうちょっとだから待て。今質問時間だからな? な だからそんな顔するな』
今にでもうたた寝しそうな琴咲。
返信を見た彼女は手早く書いて再び俺に渡す。
それは非常に困るような内容だった。
『じゃあ、私の眠気が飛ぶような事言って下さい』
一部間違えている表記があるが大目に見よう。……その琴咲、形式動詞? あたりはちゃんと覚えような。
えぇと返事は……。
『無理、教師に見つかったらやばいだろ』
返ってくる。
『ちぇっ先輩のケチぃ』
俺がそのように返事を返すと顔を洗ったかのように目をしっかりと開眼。
あの文句で活気が戻った感じか? つくづく感情が読めないなぁ。
でも琴咲はとてもかわいい部分があるから、キツく戒める気にはならない。
本人の前では言えないことだが、寝顔がとても愛嬌あるからな。
そうだ、そうだぞ、いい子だから……もう俺に。
俺が
「…………さあ次の質問者さんは……」
「ぎく……」
(にやッ)
急に俺の様子に気づいた先輩と視線があった。
なんだよ、そのなにか企てていそうな顔は。
悪知恵を働かせそうなその顔は、明らかにこちらへと向いていた。
続いて挙手で当てていくと思いきや彼女は。
「ちょっと趣向を変えてみようかしら。先生いいですか?」
「あぁいいよ、木島さんの好きなように」
「それでは、お言葉に甘えて」
隣に立つ教師に断りを入れると、先輩は生徒を指名してくる。
対象は。
「そこの説明をよく聞いてなかった君! ……えぇと名前は……まあいいや。サボるくらいだったら私とお話でもしましょう」
「あぁもう」
俺でした。
仕方なしに起立して、生徒達の注目が集まる中先輩と会話を交えることになった。
周りからの視線がやや冷たいが……いや見るな、クラスで浮いてはいないがやめくれよ。後悔処刑とかシャレにもならないって!
クスッ。
なんですか、みなさんその顔。……こら女子忍び笑いするな聞こえているから。
「高条です……それで俺に話したいことって?」
「ふう……そうね」
腕組みをしながら、睥睨させ少し言い淀む先輩。
なにを聞く気だ?
「高条君、君は今日の授業どう感じた?」
「どうって?」
「最後に教えた記憶庫の話。それと最初に話した虚偽記憶、もしくは7つのエラーについて。なんでもいいわあなたからの感想が私は聞きたいわ」
朗らかな笑みで笑う先輩。
俺の返答を待っているかのように、手に添えたマイクを彼女は話そうとしない。
こういう系のタイプまじで苦手なんだよなぁ。
……虚偽記憶、たしか実際に起こってもいないことなのに、返答によって答えが変わってくるという話。
これは違う印象を与えるみたいな感じだった。
「そうですね、先輩の話した虚偽記憶は答えによって違う結果を招くと感じました。……言動の刺激が強ければその『影響』が大きいんですか?」
「そうね、率直に言えばそういう感じよ。ゲームでいえばダメージが大きい……みたいな。敵からのダメージが大きければ自分はピンチになるでしょ?」
たしかに。
というか、なんでこの人は俺がゲーム好きだということ知っているんだ。
遠回しに小馬鹿にされているような気がするよこの先輩。
人は誤った情報を勝手に作り出せる。
先輩がこの授業で言ったセリフだ。
虚偽記憶……別名『過誤記憶』ともいうみたいだが。
彼女が言うようには、見ている情報が全て真とは限らない、それは脳が勝手に判断した“錯覚”かもしれないと。
だが、これに関しては少し引っかかることがある。
今日までに遭遇したあのアプリ――それと抽象的なものがあるような気がして。
「えぇ。それで疑問に思ったんですけど、どうして人は記憶が不完全なんですか?」
「……無視しながらもちゃんと聞いていたのね、そこは尊敬するわ。……で、7つのエラーって知ってる?」
7つのエラー?
先輩は得意げに悠長に語り始める。
「難しそうな顔してるわね。まあ記憶がなくなる原因なんだけど、これはある心理学者が提唱したものなんだけどね、人が忘れる原因はこの7つが原因だっていう研究結果が出ているの」
「それだと、おじいさんみたいにすぐ忘れちゃうんじゃ……ないか? だと俺達は矛盾の中で生きている変な生物になるじゃないか」
「うん、そうだけれど……実はね」
先輩は、7つのエラーを教えてくれた。
なぜ人はよく忘れてしまうのか、その理由も兼ねて。
7つのエラーには。
つきまとい、物忘れ、不注意、書き換え、暗示、妨害、混乱
そしてもう1つ、記憶を保持させるための方法も同時に7つ存在するらしく。
フィードバック、有意味化、組織化、視覚化、注意、興味、連想。
これが記憶を維持するための心得? らしい。
だが、たとえ忘れたとしても、復唱――つまり繰り返し学習することで、その記憶は長く記憶に留まることができるみたいだ。
これにより脳が刺激を受け忘れにくくなるとのこと。
だが、逆に思い出そうしようとするものは、中々出てこない。人間って大変だな。
「まあバイアスはいろいろ変化するってこと。脳は人の持つコンピューターなプロセスってわけ」
「そうなんですね。……」
やはり気になることが。
「どうしたの? まだ聞きたいことあるって顔してるけど」
もう先輩に隠し事は見透かされるだけだと諦めた俺は、踏ん切りよく彼女に聞いた。
「よしんばな話になりますけど……。記憶っていじれるものなんですか、人の脳に潜むある記憶を違う記憶に置き換えるとか」
「……興味深い発想ね。でも現状それは不可能だわ。……仮にそんなことが仮にできたらあなた……法に訴えられるわよ? ……あぁでも大丈夫捕まっても裁判で私が弁護になってあげるから」
この先輩はぁ。
「そんなことで悩んでたの? 最近そんなことがあったりして」
「ま、まあそんなところです、どうも靄があるような気が」
すると先輩は少し気がかりなことを言い出す。
「高条君、それはあなたの勘違いしている“錯覚”かもね、そう今日話した虚偽記憶みたいに」
「え、それって……どう」
ピーンポーンパーン……。
ちょうどいい拍子にチャイムが鳴る。
すると、教師達が質問時間の終わりを生徒に告がせた。
俺は強制的に着席するよう言われ、そのままお開きに。
授業がおわると、辺りは騒然とした空気に包まれる中、俺は頭の中で先輩の言葉を復唱させるのだった。
――それはあなたの勘違いしている“錯覚”かもね――
ただその言葉が頭を過った。
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