第3話 干渉 part3

 俺が通う学校は、いたって平凡。

 特殊な制度があったり、手厳しい校則なんてものはない。

 凡庸な学校で俺たちは日々、情けない体たらくをさらけ出しながらも学業にいそしむ。


「でここは……こういう式になり、解はこうなる」


 授業中、俺は数学の時間にて、窓辺に映る外の世界を見渡していた。

 都会であるが当然のごとく、林立とした頭角が立ち並んでいる。

 事件の1つも起こらなければ、こうしてあくびを漏らす余裕すらうまれるわけだ。


 隣にある空席。

 ここにはいつも俺の友――もといネット廃人君が居座る玉座なのだが、あいにく今はいない。

 補習授業を受けているとかチャットで言っていたが自業自得だな。教室の入り口にあるもう1つの空席、あの子と比べたらまだまし……というかサボらずに早く来い。


 時間を潰してくれる友もいなかったので、俺は仕方なしに授業の後半からは。

 他愛もない教師の説明に耳をそばだてて授業に打ち込んだ。


 高校に上がってからというものの、なぜあくびが漏れそうになるのか。教師がペンを走らせる音を聞きながら俺は、のうのうと授業内容をざっくり書き写した。


◉ ◉ ◉


 午前の授業がおわり昼休みに。

 生徒一同は、教室から出ていく。

 おそらく、多くの者は学校の購買こと学弁を買いに行ったのだろう。

 この時間帯になると、生徒はみな鼻の良い犬のように向かっていくのだ。

 人はやはり食欲には逆らえない。


 そう常連の1人である俺も教室から出て向かおうとしたが。


「おやカイ。歩きスマホはダメだぞ」

「グエッ! 先生なんすか、釣られた魚みたいに俺の襟を摘まないでくださいよ」


 白衣の着た、1人の女教師にダメ出しされ止められてしまう。なんてこった。


「悪かったって。でもあまりそういう歩きながら操作していると、私以上にうるさい教師に止められてしまうぞ。さすれば昼休み丸ごとそれはおろか生徒指導の教師に連行されるかもな」

「それは厄介だ。気をつけます。ですからいい加減離してくれません⁉」


 俺が少し圧をかけて言うと、ようやくその先生は俺をにっこりと微笑みながら解放してくれた。相変わらずだなぁまったく。


 短髪が特徴的なこの先生は加野宮 加奈子かのみやかなこ。いまだに独身な25歳である。

 年上だというのに、素振りがまるで学生気分といった感じでいつも前向きな女性である。

 生徒からはよく、カナカナやカノちゃんと揶揄われたりしているが先生は気にしていない。

 副担任なんだからもう少し生徒に注意をすれば……と考えたりすることも時々ある。


 数少ない俺の年上の友達でもあるが、どこから湧いてきたんだこの人は。


「それはそうとカイ? もうすぐまた講習会があるぞ」

「え、またっすか。俺寝てしまわないか心配ですけど」

「案ずるな、もし私が気がついたらうるさい教師よりも先に君の頭を叩いてやろう」

「すんません先生、DVだけは勘弁してください!」


 うるさい教師の説教よりはマシだが頭はやめてほしいな。


「えぇと講習会ですか……今回はどんな話題が?」


 うちの学校では定期的に講習会がある。

 なんの講習かというと、心理学に関する話だ。

 数回もう行ったが、正直眠気を誘うレベル。俺はどうしてこの学校を選んでしまったんだと悔いがある。

 なんでも先生によれば『生徒の見識を幅広く深めるためにこの講義を行っている』だとか。

 正直ネットで漁ればいいものの、と言いたくなるような内容がほとんど。

 疲れてくるんだよな、だって話が長いし気が遠くなりそうだぜ。


「ふむ、聞いた話によれば脳や記憶うんぬんといった感じだったかな」

「それでいつなんです?」

「明日」

「へ? 今なんと」

「だから明日、カイ死んだ魚みたいな目になっているぞ」


 唐突になに言っているんだこの人は。

 今度とはいったい。

 どうやら先生には今度という言葉は明日のことを指す言葉らしい。

 展開が急すぎるんだよな。


「まあまあ、落ち着け。終わったら私がなんか奢ってやるからさ」

「……わかりましたよ頑張ります」

「それでよし、ほい」


 すると先生は何かを俺に手渡してくる。

 四角形の……ってこれ学弁じゃねえか。あんた時でも止めて買ってきたのか?

 い、一応礼を。


「ありがとうございます」

「いいっていいって、私と君の関係じゃないか。かしこまってどうする! 私の財布は無限だぞ」

「なら、先週発売したあのゲーパソを」

「すまん、撤回させてくれ有限だ」


 あ、逃げたぞこの人。


「今日は込んでいたからな、念入り買っておいた。授業おわり直後だというのに長蛇の列ができてたな」


 勉強しろよ。ここの学校制度がガバガバすぎだって。


「時間をちゃんと決めて注意して……というかカノ先生早く終わってたんですね」

「ま、まあね。ほら食事を確保したんだからさっさと食った食った」

「はいはい、食べますって」


 腹が食欲を満たしたくてしかたない状況。先生に催促されながらも俺は席へと戻る。


「それじゃ私は君に届ける物は届けたからな、じゃあ失礼するよ」

「は、はいそんじゃ」


 と教室を後にすることを告げる先生。

 その時俺は彼女に。


「あ、少しいいですか先生?」

「? なんだいカイ」

「ちょっと気になる物を発見しまして」

「気になる物とは? 要旨をどぞ」

「そのこれを」


 前に俺がインストールした謎のアプリ。

 アプリを開いてもひたすら真っ暗な画面が映るばかり。

 アンストも試みたが効果はなしといった感じで、誰かが悪さで作ったようなスパムアプリにしかみえないのだが。

 これを先生に換言ながらも、アプリの内容を教えると小さく首肯してみせる。


「気がかりだな、謎の真っ黒なアプリ、アンインストールは不可、開発元は不明か」

「でしょう? どうすればいいんですか」

「……うーんなんとも言えないな、見た感じソースも不明だし人物も特定するのも難しいな。今はとりあえずとっておけ。私も時間ができたら少しそいつを調べてみる」

「ありがとうございます」


 先生はとても信頼できる教師だ。

 こういう不明瞭なものはちゃんと調べてくれるし頼りがいがある。

 頭1つだと足りない部分もあるのでここは踏ん切って彼女に持ちかけた。

 険しそうな顔つきをしたが、興味深そうな視線をこちらへと向けてくる。どうやら彼女も少し気になる模様。


「話は変わるが彩折にあまり迷惑かけるんじゃないぞ、私も時々君の家に行くが夏休みも近いしどうしたものか」

「あ、あまり大きな声で言わないでもらえると」

「すまん、私の不注意だ。休みも近いしあまりだらけるなよ」


 先生も彩折と同様、定期的に俺の家に来る常連でもある。とはいうものの教師という境遇なのにもかかわらず厳粛な態度はとらず俺たちとたいして変わらない素振りをみせる。

 例えば一緒にゲームしてくれたり、食料を買ってくれたりとまるで姉のような感じ。

 こちらとしては心の支えとなる貴重な存在である。


 と先生は一言俺に忠告をすると教室を後にするのだった。


「はぁどうしたものか」


 昼食を食べながら、空を見上げた。

 変わらない景色。変わらない街並み。

 少し気になっていたので出し抜けに切り出したが…………結局わからず仕舞いか。


 あの日あった謎の年上の先輩? はいったい何者だったんだろう。

 気になってしょうがなかったが、俺は机に伏して次の授業まで休むのだった。

 彼女の顔を頭に浮かべながら。


(あの先輩、いったい何者だったんだろうな)


◉ ◉ ◉


 授業がおわり放課後に。

 彩折は今日忙しいとの返信が来たので下校は1人。

 そんな時、カナ先生に呼び止められた。

 不登校のある子に1枚のプリント用紙を届けてくれと。


「忙しいとはいえ、俺をこき使うなんて。先生も人が悪いなぁ。えぇと今は」


 スマホを片手に持ち、時間を確認する。


【16:38】


「ホムルが終わってからそんなに時間経ってないな。……さてアプリを探したい気持ちも強いが今は」


 ぶっちるのはよくない。

 宿題はため込むより、先に終わらせておくタイプだ。

 それで誰に届けるかというと。


「琴咲かぁ。あのサボり魔め」


 今朝言ったもう1人の空席の子。

 彼女の名は琴咲 愛衣ことさき あい

 5月に編入してきた俺の同期なのだが、感覚が少し変わっており同期なのに俺のことを先輩呼びする。

 なんでも一応時差が時差なんて言い出すからどこから突っ込めばいいのやら。


 大通りにある数あるゲーセンを渡り歩く。

 ある程度検討はついている。何度も会っていれば、これは自ずとわかってくる勘というものだ。


 とある雑居ビルにある大手ゲームセンター。そこへ立ち寄り、ダンスゲームのコーナーへと足を運ぶ。

 連綿と続く人の群衆の中。


「……」

「あ、いた」


 1人、ひたすら前を見る、白いラインの入った黒パーカーを着た子を見つける。

 軽く手をあげ声をかけると。


「……あ、先輩」

「ここにいたんだな」


 俺を認知すると俺の方へと駆け寄ってくる。

 華奢な体つきで前髪が少し長め。対照的に後ろはショートに統一された髪型だ。

 真顔でこちらに視線を向けているが冷淡な素振りをしているわけではない。


「どうしたんですか息切らして」

「いや、先生からお前にあるプリントを渡すよう頼まれてさ」

「あ、カナ先生ですか、ではもらいます」


 俺が紙を渡すと俺に場所を移すよう言ってきた。

 紙の内容は明日の講義だったみたいで、彼女も来るようにと書かれたプリントだった。


「というかお前、サボってないでこいよ」

「だってつまんないですし、先輩はよくあんな眠くなるような授業永遠と聞いてられますね。羨ましです」


 他人事のようにべらべら言うなぁ。


「というかその先輩呼びいい加減やめろよ。たかが数か月の差だろ」

「でも先輩は先輩ですし道理は合っていますよね」


 やっぱりめんどくさいよこの子。


「はぁお前の好きなように呼べ。……そうだ腹減ってないか」

「たしかに。さっきの曲でだいぶ踊りましたから。先輩がそう持ちかけてくるということは、“そういうこと”でいいんですね」

「うん、そこと」


 決して卑猥なことではない。

 ラブホなんてもってのほか。というかそんな金は俺にはない。


「ではワクテカバーガーへ行きましょうか」


 こいつはハンバーガーが特に好きである。

 いや、ジャンクフード全般が好きだが、その中でもダントツのぶっちぎり1位の好物である。

 最初会った時は俺が学校から帰る途中、たまたま路地でぶつかり口喧嘩になったが偶然近くにあった有名ハンバーガーチェーン店である、ワクテカバーガーのワクテカセットを奢ってあげると、すんなりとなだめてくれた。


そして今日もこうして駆け込み共々注文を済ませ、食事を摂っているわけだが琴咲は当たった玩具を熟視している。気に入ったのか?


「先輩先輩見てくださいこれ。レアな色違いモンスターの玩具ですよ! ネットのソースでは0.1パーぐらいでしか当たらないって言われていたのに! やっぱり先輩と一緒にいると良いことがたくさん起きますね」

「人をバフ要員扱いにするのやめろ」


 お前は小学生か。

 高校生なのにやたらと玩具が好きなんだよなコイツ。

 俺を必要以上に敬っているが……言い知れぬものを感じる。


「さーせん。まあ先輩と出会ったきっかけの場所ですからね。……奢ってもらったからには明日はちゃんと出ますから」


 間を置き。


「へー明日また心理学の講習があるんですか」

「マ、だから忘れずに来いよ、長丁場になるかもしれないけど」


 毎回、講習などの説明会って長いんだよな。

 これまで大学から訪れた有名学者、教授だったり有名な賞いくつも取った人に会ったことがある。

 だが、1分ごとの時差が人生の半分を浪費したような感覚になるのはなぜだろうか。


「わかりましたよ、行けばいいんでしょう行けば。先輩の頼みなら断れませんしね」

「はぁ、頼むぞ」


 まあ、コイツは時々俺の家に自分の家にある家庭用機ハードを持ってくるが、おい琴咲俺の家だからいいが、他の家でそんなことやったら電気泥棒扱いにされるからな。……今度念入り注意しておこう。


 そして夕暮れ。店を出て、仄暗い夜道にて琴咲と別れる。


「じゃあな、夜道暗いから早めに帰れよ」

「わかってますって。先輩も……終電にならないよう注意してくださいね」


 でも琴咲にもあのこと話してもいいかな。

 先生――カナ先生はあまり知らないようだったけどコイツなら知ってそうだよな。

 だってSNSでいつも「ネットサーフィンしてました、サーセン」とかいうヤツだし。


「なあ琴咲、最後に1ついいか?」

「? なんですか先輩」

「これ」


 俺は謎の画面上真っ暗なアプリを彼女に見せた。

 琴咲も先生と同じような反応をとったが。


「……あぁこれですか、知ってますよ。急にアプリ上に現れた謎のアプリだって、速報にまとめられていましたよ……聞きたいです?」

「く、詳しく」


 そのアプリの詳細を知っていたであろう琴咲の言葉を信じ、詳しくはSNSで話そうと約束をし、俺はその場で琴咲と別れた。

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