第5話 三度目の正直?

 森本が、アミが逃げてきた方向に走り出したので、アミもその後を追った。血だらけの金ヅチと手袋は捨てた。

<自分はあの工場こうばの社員だと言ったけど、警察が調べたら、すぐに嘘だとバレるだろうな。どこかで、こいつとオサラバしよう>

 アミは、すきを見て森本からも逃げることにした。


 森本は、アミが空き巣に入って大男と遭遇した工場の前で止まった。

「もうここには、あの怪物はいないだろう。現場確認したいから、一緒に入ってくれるかな? どこから入ったの?」

「横の社員通用口からです」

 入るのは嫌だったが、ここで逃げたら森本に怪しまれてしまう。仕方なく、森本と一緒に工場の事務室に入った。入口ドアのじょうは、さっきアミが道具を使って開錠してあった。


 部屋に入ると、森本は懐中電灯をけ、すぐに照明のスイッチの場所を探し出した。室内が明るくなると、ゆかに血だまりができているのが見えた。

「ここで、あの男を殴ったんだね?」

「ええ、そうです。突然襲ってきたので」

「ちょっと、いや、相当やり過ぎたんじゃないか?」

「え? 押し倒されて、首を絞めら、殺されそうになったんですよ。正当防衛です」

「いや、過剰防衛だ。あいつの顔がメチャクチャになったじゃないか」

「ヤツのこと、知っているんですか?」

「知っているどころじゃないよ。あいつはおれ兄貴あにきだ」

 

 森本の顔から表情が消えた。アミに突進すると、アミの後ろにあった作業台の上に、仰向あおむけに押し倒した。大きな手で、アミの首をつかんで、万力のように締めてくる。

<なんだよ、これ。さっきと同じじゃない>


 アミは手を伸ばして、作業台の上のものを探った。ズシリと重い鉄棒のようなものに触れた。それを|掴み、渾身こんしんの力を込めて、森本の頭に振り下ろした。

「ボグッ」

 鈍い音を立てて、鉄棒が森本の頭頂部にめり込んだ。森本は床の上に倒れ込んで、だいの字になった。

 恐怖に駆られたアミは、森本の顔や頭に何度も鉄棒を振り下ろした。鼻が折れ、眼球が飛び散り、脳の一部が飛び出した。先ほどとは違って室内が明るいから、森本の頭部が崩れていく様子ようすが、よく見えた。


 アミは鉄棒を捨て、通用口に向かった。物音がするのでふりかえると、森本が立ち上がっている。森本の頭部は、頭や顔が分からないほど崩れ、血だらけだ。

<なんだ、またかよ>

 アミは素早く事務所を出て、さっき逃げた方とは逆の方向に走り出した。


 走りながら振り返ると、森本が追ってくる。アミは走り続けた。

 そのうち、追ってくる足音が増えたような気がした。

 振り返ると、追手おっては二人に増えている。森本と、最初に倒した大男だ。時々通過する街路灯の光に照らされる彼らは、二人とも、頭や顔がグチャグチャだ。目が見えないはずなのに、なぜか執拗に追いかけてくる。


 アミの息が上がってきた。すでに、疲労の極に達している。

 ふと横に目をやると、ドラム缶がいくつも積んであるのが見えた。アミは、ドラム缶の後ろに回り込んで、しゃがみこんだ。

<もうこれ以上、走れない……>

 荒い息を何とか静めて、ハシビロコウのように動かなくなった。


 と、その時、誰かが後ろから手を伸ばして、アミの口をてのひらで塞いだ。

「シッ! しゃべらないで」

 アミは口を塞いでいる手から脱しようと、藻掻いた。

「騒がないで。安心してください。私は警察です」

 男の声は、とてもやさしそうだった。

 アミが振り返ると、制服姿の警官がしゃがんでいた。

「大江戸署大川おおかわ交番の森本といいます。この付近を警邏けいら中です」

 警察手帳には、「巡査・森本三郎」とあった。

<やべぇ。また森本かよ>

「助けてください! 怪物のような男二人に追われています。ほら、あそこにいるでしょ。まもなく、ここに来ますよ」

「どれ」

 森本巡査は、首を伸ばして男たちの方を見た。

「ああ、あれね。心配ないですよ」

「私に襲いかかってきて、殺そうとしたんですよ! 私、逃げます」

 立ち上がって逃げようとするアミの腕を、森本のゴツくて大きな手が、ガッチリ掴んだ。

「待ちなさい! あいつら、ちょっと乱暴だけど、根は優しいんだよ。話せば分かるさ」

「話せば分かるだって? 顔や頭がグチャグチャなのに? そんな馬鹿な……」

 押し問答しているうちに、男二人がアミの前に到着した。

「ほら、二人とも笑ってるだろ」

 かろうじて損傷を免れた二人の口が、あたかも笑うように半開きになった。

 すると、次郎の口から、なかつぶれた眼球が出てきて、ぽとりと地面に落ちた。  

《完》

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頭のない追跡者 あそうぎ零(阿僧祇 零) @asougi_0

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