第20話 還るもの、帰れぬもの、
4月22日、日曜日の朝8時30分。
休日にしては早めに設定していた、スマホのアラームが予定通りに鳴り、萌のことを起こす。
睡眠時間が少なかったためか、目が開き切らない。
日の光を浴び覚醒を促すため、勢いよくカーテンを開ける。
が、今日は曇天であった。
覚めきらない眠い目を擦りながら今日の予定を確認していく。
今日もバイトが入っているが、ランチから夜分の仕込みまでだ。
翌日学校のある時は、繁忙期を除いてはラストまでは働かせてもらえない。
今日もバイトまでの時間はフリーであるため、午前中のうちに掃除洗濯のほか買い物等の生活ルーティンを終えてしまわないとと考え、着替えを済ませて2階の自室から1階に下りた。
ダイニングから物音が聞こえる。
一気に目が覚め、まさかとは思うが一応警戒しながらダイニングに向かう。
緊張しながら、ダイニングのドアを開けるとそこには母さんと楓がいた。
なんでこんなに朝早く二人で来ているのかと疑問に思ったが、母さんが朝食の用意してくれてあったので、3人で食べることにした。
楓は志望校の相談をしてきたり、最近の学校のことを教えてくれる。
只、相槌ばかりでほとんど話さない母さんのことが気になる。
まだ、蟠りがあるものの最近は割と普通に会話もできていたのに、また、何かあったのかと不安になる。
「母さん、何かあった?朝ごはんはありがたいけど、こんなに朝早くから二人揃って来ることはなかったよね?」
思い切って聞いてしまった。父さんに諭されてからは、自分からも話すようにしているのだ。
「私も、お母さんに突然起こされて朝ごはんは兄さんのところで食べるからって連れてこられたんだ。朝から兄さんに会えるから私は嬉しかったけど。」
楓のストレートな言葉が少し嬉しかった。
母さんは、俺と楓の顔を見て、軽くため息をつきながら言った。
「とにかく食事を済ませてしまいましょ。話はそれからということで良いかな?」
きっと父さんの話だと察してしまった俺は、母さんに向き合い頷いた。
楓もなんとなく察したのか何も言わずに頷いていた。
あの後も、割と和やかに朝食を済ませ、コーヒーを飲みながら母さんが話し始めた。
「
「「見つかった!?」」
俺と楓の声がハモる。
「その、言い方からすると無事というわけではないんだね?」
俺が一応の確認をする。
母さんは一呼吸おいて、
「明け方に向こうにいるお義父さんから電話があって、見つかったという連絡だったんだけどね…。一郎さんの事故があったあの現場付近でまた崩落事故があったそうなの。あの国は標高の高いところが多くて、地盤もしっかりした場所ばかりではなかったみたいなんだけど。幸い事故による被害はなかったそうだけど、その場所から一郎さんの身に着けていた装備の一部が見つかったらしいの…。それで再捜索した結果、一郎さんが見つかった…。一応、向こうでDNA鑑定も行ったそうで、間違いないそうよ。向こうの慣習で手厚く火葬してくれたって言っていたわ。手続きが済み次第、帰国するって。来週の萌の誕生くらいになるかしら。いずれにしても、やっと帰ってきてくれるわね。一郎さん…。」
母さんはそういうと、ぼろぼろと泣き出した。当然だろう。最愛の人の訃報なんだ。そして、不安な気持ちをずっと隠して俺たちの為に仕事もしてきたんだ。
バカな俺でも今なら理解ができた。
聞き分けのないことを言ってきた俺にもちゃんと向き合って話してくれたんだ。
今は俺が少しはしっかりしなきゃな…。
楓も呆然としている。やはりショックなのだろう。
俺は、二人の傍に行き、二人を抱きしめた。そのあとは3人で泣いた。大きな声を出して…。
「母さん、今まで本当にごめん。俺のわがままで…、迷惑をかけたと思う。でも、あの強かった父さんが殉職なんて考えたくなかったんだ。信じたくなかった…。でもあの日、父さんが夢に出てきて色々教えてくれたんだ。」
「貴方が気にする必要はないわ。萌はお父さんの名誉のために戦ってくれたんだから、寧ろあなたのことを守ってあげられなくてごめんなさい。本当にごめんなさい…。」
言ってまた泣き出してしまう。
「母さん、ありがとう。俺は、もう大丈夫だから。俺よりも楓の方が心配だよ。今までいろんな気持ちを押さえつけてたみたいだし。
今もまだ泣いてる…、一番ショックだったみたいだから。
楓のフォローをしてあげて、俺はもう大丈夫だと思う。
それに、俺はこれまで通りここに住むつもりだから。
母さんたちは無理してここに来なくても大丈夫だ。
離れていても家族なのは変わらないし。」
「あんたの事も心配なのよ。これまで碌にかまってあげられなかったし、もっと甘えていいの!
…私にはまだ、この家に住むのは辛いけど、今までよりも戻ってくる頻度は増やすわ。あの人の仏壇もこの家に置くつもりだしね…。」
そういって母さんは抱きしめてくる。うれしいのだけれど恥ずかしい…。
「母さん…、勘弁してくれ。楓も見てるし…。」
照れくさくて、母さんにお願いしたが…。
「だったらさ、楓もおいで!」
楓も巻き込んだ。なんだ?楓はうれしそうだな。
「私も、大丈夫!
昔の呼称に戻ってないか?大丈夫か?
なんだか久しぶりに家族に戻れた気がした。
俺はずっと、わがままを言っていた。父さんの死という現実を受け止めるのが怖くて、だから探しに行こうなんて無茶なことも考えていた。
父さんは死んでしまった、確かにそうなんだ。
この事実をようやく受け止められた。
体はもう帰って来れないけど。
父さんの魂はきっと俺たちのところに還ってくる。
再び、家族の絆もつながった気がしていた…。
※ ※ ※
3人でこれからのことなども含めて話し込んでいたが、
ふと、時計を見ると10時をまわっていた。
ヤバイ!買い物行かないと!
急に焦り出した俺は、2人に対してとりあえず謝り、慌てて出かける準備をする。
「母さん、楓、ゴメン。これからバイトまでに溜まってる洗濯とか、掃除とか、あと買い物にも行かなきゃ行けなくて。」
「萌、少しは頼りなさい。洗濯と掃除は私がやっとくから、貴方は楓と買い物に行ってきなさい。」
笑いながら母さんがそう言ってくれたので、素直にお願いすることにした。
「それじゃ、頼むよ!洗濯物は乾燥機に入れといてくれればいいから。俺の部屋は自分でやるからいいよ。」
と言うと、
「萌の部屋か…。大丈夫よ。入らないから、フフフ…。さあ早く行ってきなさい。」
俺は、すっごい不安を抱えながら、楓とともに買い物に出かけた。
ー ・ ー ・ ー ・ ー ・ ー・ ー ・ ー ・ ー ・ ー
※ このお話はフィクションです。消防関連の事故を題材に取り上げておりますが日本からの災害派遣に於いて消防官(消防士)の死亡例はありません。実在のお店、メーカー、バイク・車も登場しますが一切、実在の物とは一切関係ございません。ご了承ください。
※ 物語が気に入ってくれましたら星やハート評価よろしくお願いします。
書く時の励みにもなります。 ^^) _旦~~
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