第10話 父の大事な話

 珍しいことに、ティネは父親から呼び出された。どうやら大事な話があるらしい。メイドに先導されて、彼女は父親が待っている部屋まで歩いて行く。もちろん私も、ティネと一緒に付いていく。


「お嬢様をお連れしました」

「クリスティーネ、入りなさい」

「はい」


 扉を開けて中に入ると、父親は執務机の椅子に腕組みをして座っていた。あまり良い雰囲気ではない。


 ティネは執務机の前に立って、父親が話し始めるのを待った。私も、彼女の後ろに立っていた。父親には、私の姿は見えていない。ティネが一人だけ立っているように見えているはず。


 私達の眼の前で、難しい顔を浮かべて座っているティネの父親。彼は、一体どんな話をするつもりなのかしら? 少し不安になるわね。


 しばらく無言の時間が続いた後で、ようやく父親は口を開いた。


「これまで、お前を特別な理由を除いて屋敷から一歩も出さなかった」

「はい」


 特別な理由とは、この前の婚約相手との顔合わせのことだろう。それ以外は、本当に屋敷から出してもらえなかったティネ。部屋から出してもらうのも稀だった。実は勝手に抜け出しているのだけれど、目の前の父親は知らないこと。


「それには、理由がある」


 そう前置きしてから、父親は本題を切り出した。もしかして、あの話をするつもりなのかしら。


「お前の中には、非常に危険な存在が封印されている。それが何か分かるか?」


 やっぱり! 父親の問い掛けに対して、ティネは首を横に振って答えた。まだ私も彼女には話していない、とても大事な秘密。まだ幼いティネに、その話をしてしまうのか。


 まだ、話すべきじゃないと私は思っていた。いつか話すべきだろうけれど、それは今じゃない。もっと、先の話。それを、ティネの父親は話してしまうのか。


 こんなことなら、もっと早く私の口から伝えておくべきだったかもしれない。だけど、もう遅い。


「邪神だ。お前の中に、この世界を滅ぼしてしまうかもしれない恐ろしい邪神が封印されているのだ!」

「……」


 あぁ! 言ってしまった。それを聞いて、とても不安そうな表情を浮かべるティネ。そんなに怖がらなくても大丈夫。世界を滅ぼすなんて、そんなことするはずないから。


 そして私は、この場面を見て思い出したことがある。私がプレイしたゲームにも、これと同じようなイベントがあった。


 腕を組んで、不穏な雰囲気を醸し出す男性。呆然とした様子の少女。そんな二人が薄暗い部屋の中で会話しているシーンの一枚絵。邪神の存在を告白するシーン。その場面を思い出した。ゲームと同じような流れで、ティネも邪神の存在を知らされた。


 そうだった。こんなイベントがあったのを、私は忘れていた。


「お前は、その邪神の封印を受け継いだ。そして、封印が絶対に解かれないよう常に注意しながら、一生を送らなければならない。いつか、自分の子に邪神の封印を受け継がせる。それが、お前の運命なのだ。よく覚えておけ」

「……」


 ティネが顔を伏せる。そして、チラッと頭だけ後ろを向く。私の顔を見たようだ。彼女を不安にさせてしまった。本当に申し訳ない気持ちになる。


「どうした、クリスティーネ? ちゃんと話を聞いているのか? 返事はどうした」

「……はい、聞きました」

「なら、絶対に忘れないようにするんだ」

「わかりました」

「話は以上だ。もう行っていいぞ」


 こうして、父親の大事な話は終わった。彼女は静かに一礼して、執務室から出た。そして、いつも過ごしている部屋まで戻っていった。私も、彼女の後をついていく。二人の間に会話は無かった。私は、とても不安になった。

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