第2話「クソガキと美人女将」飛騨高山編②

○高山・全景      


山並みに少し紅葉が始まっている。


○三町通り       

            

情緒ある町中を、天道がブラブラ歩いて来る。出格子の続く軒下を、用水路が流れている。

天道「風情あるのぉ」

つぶやいた天道に、牛串屋の婆さんが声をかける。

婆さん「兄さん、男前やな。一本どうかね」

天道「おー、飛騨牛やん」

天道、婆さんから串を受け取り、かぶりつく。

天道「婆さん、これは美味い。最高や」

その瞬間、ランドセルを背負った小さな男の子が、勢いよく天道にぶつかる。


路上に落ちる牛串。


少年「いってぇ〜。おっさん、どこ見てんだよ」

天道、転んだ男の子に手を伸ばして助け起こすが、そのまま襟元を掴んで顔を近づける。

天道「大人に向かってタメ口きくな。ガキでもしばくぞ」

ドスの効いた声に、男の子は一瞬怯えるが、天道の手を振りほどくと「俺は忙しいんじゃ」と言って走り去る。

天道「クソガキが!」

そう吐き捨てた天道の目の前に、新しい牛串が差し出される。

婆さん「半額にしとく。これでアンタも損、私も損」

天道「粋なこと言うやん」

新しい牛串を受け取り、笑顔で金を渡す天道。


○一番街・夜


飲屋街の灯。小さくカラオケの歌声が聞こえ、浴衣の観光客が行き交っている。


○小料理屋『いずみ』


いずみと書かれた暖簾をくぐる天道。カウンターだけの狭い店内に、初老の客、袴田<はかまだ>が一人。

いずみの声「いらっしゃいませ」

天道、カウンターの隅に腰をおろす。おしぼりが差し出され天道が顔を上げると、和服を着た女性が微笑んでいる。 

色白の小顔に大きな目‥華やかな美人だが、それでいて、どこかこの町の風情に通ずる楚々とした奥ゆかしさを持ち合わせている。店のママ、いずみである。


いずみ「どうぞ」

天道、いずみの顔を見て固まっている。

いずみ「‥どうされました?」

袴田「兄さん、ママがきれいで見とれとるんだろ」

いずみ「バカ言わんで、袴田さん」

天道「いや、ホンマですわ。ママがべっぴんさんなんで、びっくりしました」

袴田「ちょい待ち。常連を差し置いて、一見さんがママくどいちゃアカンよ」

天道「先輩、堪忍や。天道、言います。おとなしゅうしますから、一杯ええで

すか?」

袴田「よっしゃ、一杯と言わず飲め」

いずみ「いずみです。よろしくね」

天道、ぎこちない笑顔で、いずみからおしぼりを受け取る。


○旅館・深夜


鼻歌を歌いながら帰って来た天道を、小柄な番頭が揉み手で出迎える。


番頭「お帰りなさいまし。明日の朝は早くに出発なさいますか?」

天道、急に怖い顔で番頭に近づきその襟首を掴む。

天道「誰が出発する言うた?」

引きつる番頭に、一転グニャグニャの笑顔を向け  

天道「俺、しばらく居るよって。部屋空いてるんやろ?」

番頭「は、はい」

番頭の襟元を丁寧に直し「ほな、おやすみ」と言って部屋に向かう天道。


番頭「こ、殺されるか思った‥」


○翌日 安川通り    

            

穏やかな秋の陽光。町中に響き渡るお囃子の音。闘鶏楽や裃姿といった、伝統衣装を纏った町人たちが、巨大な屋台とともに練り歩いている。

集まった群衆の中、屋台を見上げ、あんぐりと口を開けた天道がいる。


天道「はぁ〜、こりゃ見事なもんじゃ」

喧騒に混じり、天道の名を呼ぶ声がする。気づくと道の反対側に、いずみの姿。

昨夜と違い、洋装で髪を下ろしている。

天道「い、い、いずみさん!」

            

屋台と町人の間をかき分け、いずみの元に駆け寄る天道。

いずみ「天道さん、ええ時期に来ましたな」

天道「何ですのん?これは」

いずみ「年に二回ある高山祭り。春は山王祭、秋は八幡祭って言うの」 

天道、いずみの言葉を聞きながら、セーターの胸元に目をやる。その存在感ある膨らみに、思わず「マジですか」と標準語でつぶやく。


その時、群衆に押されたいずみの身体が、天道にぶつかり密着。

いずみ「あ。ごめんなさい」

天道「いっ、いや‥」

口ごもる天道に、いずみが艶っぽい視線を向ける。

いずみ「天道さん、しばらくこの町にいるの?」

天道「はい。そうしよか思って‥」

いずみ「嬉しいわ。良かったら今晩もお店にいらして」

天道「も、勿論行きますがな。行きますよって。必ず」

いずみ、にっこり微笑み「じゃ後ほど」と言って、くるりと背を向ける。


その後姿に向かって、ニタニタしながら手を振る天道。しかし、急に笑顔が冷え、険しい表情になる。

橋のたもとに、煙草を咥えた目つきの悪い男が三人、たむろしている。

天道「スジモン(ヤクザ)やな‥あいつら」

男達、煙草を投げ捨て、立ち去る。


天道「ポ、ポイ捨てはアカンやろ」


○夕焼けにそまる山並み  

            

遠くでカラスの鳴き声が聞こえる。やがて暮れていく‥


○夜 小料理屋『いずみ』

            

カウンターに座る天道の前に、小さな火鉢が置かれる。

天道「これは?」

いずみ「朴葉味噌。日本酒に合うのよ」

横から袴田が「飛騨の郷土料理だ」と付け加える。

天道、一口食べ「美味い!」と絶叫。いずみが「さあさ、どうぞ」と天道の杯

に熱燗をそそぐ。

天道「先輩、高山最高っスね」

袴田「兄さんの場合、高山じゃなくてママが最高、じゃろが」

天道「そりゃないですわ、先輩‥って図星やけど」

いずみ「まあ」

袴田「ほら、はきおった」


三人が笑いあった時、店奥の襖が開いてパジャマ姿の男の子<竜太>が顔を出す。

寝ぼけている様子。

いずみ「あら竜ちゃん、どうしたの?」

天道「竜ちゃん‥?」

竜太、おもむろにズボンとパンツを一気に下げる。

いずみ「りゅ、竜ちゃん。ここトイレじゃないわよ」

いずみ、慌てて駆け寄る。竜太、寝ぼけ眼の焦点が天道に合う。


天道&竜太「(同時に)あっ!」

竜太「牛串のおっさん!」

天道「ク、クソガキ!」

いずみ「??」

竜太「も、漏れる!!」

いずみ、「ちょっと待って」と言いながら、襖を閉め竜太を奥に連れていく。

二人を唖然と見送る天道。


袴田、手酌で杯を満たし「死んだ亭主の息子や」と言って一飲みする。

天道「いずみさん‥結婚されてはったんですか?」

袴田「昔な。今はヒモみたいなアホな男が一人おるわい」

天道「ちょ、ちょっと、次々と衝撃の事実言わんで。ついていけんわ」


いずみが「ごめんなさいねー」と言いながら戻って来る。

いずみ「天道さん、ウチの子とどこかで会ったの?」

天道「い、いいや、初対面ですわ」

袴田「確かさっき、クソガキって‥」

天道「言うてへん、言うてへん」

いずみ「でも、いい子なんですよ。学校から帰ると、いつもお店の手伝いしてくれて」

天道「店の手伝い‥?」


○天道の回想

            

天道の手を振りほどく竜太。

竜太「オレは忙しいんじゃ」

走り去るランドセルの後姿。


○小料理屋『いずみ』

            

天道「何や、ガキのくせに忙しいって、ホンマだったんか」

いずみ「どうしました?」

天道「い、いや‥ええ子ですな」

袴田「さっきクソガキって‥」

天道「だから言うてへんて!」  


ふたりのやりとりを。微笑みながらいずみが見ている。

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