第3話「ヒーローはヒモ男?」飛騨高山編 ③

○高山第一小学校・外観


木造の古い校舎。昼のチャイムが鳴っている。


○同教室

            

猛烈な勢いで給食をパクついている、いずみの息子竜太。喉につかえ咳き込む。隣の席から「慌てて食べるからよ」と少女の声がする。八千代である。


竜太「うるせー」

八千代「ちゃんと噛んで食べなさい」


忠告を無視するかのように、わざと大口でパンを頬ばる竜太。


八千代「(くすっと笑って)ねぇ竜ちゃん、今度の日曜一緒に遊ばない?」

竜太「遊ばない」

八千代「なんで?用事あるの?」

竜太「‥‥」

八千代「ねぇ、なんで?」

竜太「うっせーな。オレは女とはつるまないんだ」


八千代、一瞬悲しそうな顔をするが、机の中から一枚のプリントを取り出し、

竜太の顔前に差し出す。


八千代「竜ちゃん、これどうするの?」


竜太、チラッとプリントに目をやるが、「オレには関係ないわ」と言って八千代に背を向け、牛乳を一気に飲む。


○櫻山八幡宮


静かな境内。観光客が写真を撮っている。


○同・拝殿


賽銭を投げ入れ手を合わす天道。

その背後から「おっさん、はよせーや」と言う声。天道が振り向くと、派手な服装でガムをクチャクチャ噛む男がいる。その隣に、茶髪で短いスカートの若い女が寄り添っている。


男「聞こえんかったか?はよせーや」


天道、女に近寄り笑顔で「お嬢ちゃん、ちょい待っててな」と言うと、グイと男の腕を掴む。


男「な、何するんじゃ」

天道、男を拝殿の裏に連れ込む。

天道「(胸ぐらを掴んで)お前、いっぺん死ぬか?」


天道の迫力に押され腰砕けになる男。


天道「連れの女に免じて、今回は謝れば許したる」

男「す、すみませんでした」


天道、男を離すと腕時計を見て「おっ、そろそろやな」とつぶやき踵を返す。

ポカンとした顔で天道を見送る男。 

  

拝殿の陰で見ていた連れの女が、へたり込んでる男を見てつぶやく。


女「弱!」


○同・表門


天道、待たせてあったタクシーに乗る。走り去るタクシー。


○高山第一小学校 校門


下校する児童達が校門から出て来る。少し離れた場所に停車してるタクシ—。

その車内にいる天道、不自然な程身を隠しながら、子供たちをガン見している。


運転手「あのぅ‥お客さん」

天道「何じゃ?」

運転手「も、もしかして何か良からぬことを考えてるんじゃ‥?」

天道「何じゃい?良からぬことって?」

運転手「い、いえ‥そのぅ‥」

天道「おっ、来た。おっちゃん、あの子の後つけてや」


校門から竜太が走って出て来る。天道、さらに深く座席に身を沈める。


運転手「お客さん、犯罪だけは‥」

天道「はよ出せや。絶対気付かれんようにな。たのむで」


○町中


ランドセルを背負って走る竜太。その後をつける天道が乗ったタクシー。


○魚屋


店主にメモを渡し、魚を受け取る竜太。車内から、その様子をじっと見つめる天道。


○八百屋

            

店主に金を払い、野菜を受け取る竜太。車内から見ている天道。


○小料理屋『いずみ』


両手に大きなビニール袋を抱え竜太が走って来て「ただいま」という声とともに店に入っていく。

天道、その様子を確認すると金を払い、タクシーを降りる。

店に向かって歩き出した天道に、窓を開け運転手が声をかける。

運転手「お客さん、悪い事考えたらダメですよ」

天道「人を見かけで判断すな」


○同・店内

            

買ってきた魚や野菜を、カウンターに並べている竜太。


いずみ「いつも助かるわ。竜ちゃん」

竜太「あっ、じゃがいも忘れた!」

いずみ「あら‥でもいいわよ」

竜太「オレ、もう一度行って来る」


○同・店前

            

天道が店の中を覗こうとしている。と、扉を開け、竜太に続きいずみが出て来る。あわててて身を隠す天道。


いずみ「気をつけてね」

竜太の背を見送ったいずみ、こそこそ隠れている天道に気付く。

いずみ「あら天道さん。今日は早いのね」

照れ笑いしながら、物陰から出て来る天道。


○同・店内


包丁で魚をさばくいずみ。カウンターで、天道が煙草をふかしている。


天道「そうでっか。旦那は病気で‥」

いずみ「あっけなかったわ」

天道「ママも苦労したんやな」

いずみ「でも私にはあの子がいるから」


天道、煙草を揉み消すと「すんません」と言って頭を下げる。


いずみ「なに?どうしたの?」

天道「ホンマは俺、クソガキ言いましたんや」

いずみ「(笑いながら)ちゃんと聞こえてましたよ」

   

天道が頭をかきながら「ホンマすんません」と言った時、竜太が帰って来る。


いずみ「お帰り。じゃがいもあった?」

竜太、天道に気付くと「何してんだよ、おっちゃん」と睨みつける。

いずみ「失礼よ、竜ちゃん。お客さんに向かって」

竜太、無言でいずみにじゃがいもを渡すと、暖簾を手に店の外へ出て行く。


踏み台に乗り、店の入り口で暖簾をかける竜太。


いずみ「天道さん、私着替えて来るんで、ちょっと待っててね」

襖を開け奥の部屋に消えるいずみ。入れ替わりに竜太が店内に戻って来て、天道の隣に腰掛ける。


竜太「言っておくけど、母ちゃんに悪さするなよ」

天道「悪さするように見えるか?」

竜太「見える!」

天道、一瞬こけるが竜太に顔を近づける。

天道「ほな、お前がきっちり母ちゃん守ってやらんかい」

竜太、負けずに天道に顔を近づける。

竜太「言われんでも守ったるわい」

天道「おう、よう言うた」

竜太「オレには、銀ちゃんていう味方がいるんだ」

天道「誰や?そいつ」

竜太「カッコよくて喧嘩も強い、男の中の男さ」

天道「ほぉ、一度会ってみたいのう」


和服に着替えたいずみが戻って来る。


いずみ「竜ちゃん。奥に夕飯あるからね。食べたら宿題やるのよ」

竜太、天道を睨みつけたまま奥の部屋に消える。


いずみ「何を話してたの?」

天道「いや、何でもないです。男同士の話ですわ」


○店奥の居間

            

四畳半ほどの部屋、竜太がひとり、いずみの作った夕食を食べている。

ふと箸をとめる竜太。その目線の先にランドセルがある。


○竜太の回想(学校の教室)


担任の教師が、子供たちにプリントを配っている。


教師「このプリントは、必ずお家の方に見てもらうこと。わかった?」

一斉に手を挙げ返事をする子供たち。

プリントを見つめる竜太、隣の席から心配そうに覗き込んでいる八千代に気づき、あわててプリントをランドセルの中に押し込む。


○店奥の居間

            

箸をとめたままランドセルを見ていた竜太、茶碗に残ったご飯を箸で口にかきこむ。


○一番街・夜

            

閑散とした通り。


○小料理屋『いずみ』


カウンターに天道と袴田。かなり酔いが回っている様子。


袴田「天道ちゃん、もう一杯いこう」

天道「とことん付き合いますよ、先輩。ママもこっち来て一緒にどうです?」

いずみ「じゃあ、そうしようかな」


その時、店の扉が開いてひとりの男が入って来る。表情が強張るいずみ。


袴田「おー銀ちゃん、いいとこに来た。みんなで一杯やろう」

天道「銀ちゃん?」


男、天道に気づき「あっ、昼間の‥」と言って怯えた顔になる。

天道「ほぉ、あんたがヒーローの銀ちゃんさんかいな」

袴田「何、天道ちゃん、銀次のこと知ってるんかい」

天道「一緒にお賽銭あげた仲ですわ」


銀次、舌打ちをするといずみに近づき、何やら小声で伝える。

    

いずみ「また新しい女ね」

銀次「そんなんじゃねーよ。早く出せ」

いずみ、ため息をつきながらレジを開け、数枚の札を銀次に手渡す。

銀次、無造作に金を受け取り店を出ていこうとする。

いずみ「明日土曜だから、時間あったら竜太と遊んでやってね」

銀次、背中で「ああ」と言い店を出て行く。


袴田、天道に向かって「ママのコレや」と、親指を立てる。


○中橋・深夜

            

天道と袴田が、欄干にもたれ話している。


袴田「酒と女が好きで、バクチばっかやっとるしょーもない奴よ、銀次は」

天道「何であんなんがママと?」

袴田「それが男と女の不思議なとこだ」

天道「でも、あれじゃママが苦労しまっしゃろ?」

袴田「あの男に惚れとるんよ。こればっかは仕方ない」

天道「‥‥」

袴田「けど、惚れるってそんなもんじゃないかね?」


宮川の暗い流れを見つめる天道。


天道・心の声「しょーもない男に惚れる女‥その女に惚れる俺も、しょーもないわな」

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