第27話 涙

「…どうなったんですか…?」

香魚子は恐る恐る聞いた。


「福士さんのカードが採用になりました。あの場にいたほとんどの人が9点とか10点つけてて、幹部会議も満場一致、だそうです。」


不正が影響を及ぼさない、圧倒的な結果だった。

「すげー!」

あまねも純粋に驚いていた。

「………」

香魚子からは言葉が出ない。

「香魚子?」

「…………えっと…あの…」

言葉を発しようとする香魚子の目から、ほろっと涙がこぼれた。

周が差し出したハンカチで、香魚子は目を押さえた。

「ごめんなさい、なんかちょっと…びっくりしたのと……その…安心しちゃって…」

「………」

「ミモザのデザイン…本当に大切なデザインだったから…。最後の最後までコンペに出すのも迷ってて、出した後も不安で……はぁ…良かったぁ…」

周は微笑みながら香魚子を見ていた。

「……明石さん、ありがとうございました。それから…」

香魚子は鴇田ときたの方を見た。

「鴇田さんも、ありがとうございました。」

「え、いや、俺は別に何も…」

驚いて否定する鴇田に香魚子は首を横に振った。

「元のままのコンペだったら、きっとこうはなってないので…。私にとって、本当に本当に大切なものだったので、進行役代わってくれてありがとうございました。」

香魚子は涙を浮かべた目で鴇田に微笑んだ。

「…そんなに…」

「え?」

「コンペなんて何度もあるのに、そんなに大切とか…なんていうか、大袈裟じゃない?」

鴇田の言葉に、香魚子は少し考えた。

「…そういう人もいるかもしれませんが…私は差はあれど毎回気持ちを込めすぎちゃうかもしれないです。今回のは特別に大事なデザインでしたけど、他のときも…選ばれなかったデザインのどこが悪かったのかずーっと考えちゃいます。」

香魚子は少し照れ臭そうに言った。

「目白さんと鷲見さんがやってることがどんだけ酷いか、なんとなくわかっただろ?辞めていったデザイナーも、みんな真剣にやってたはずだよ。」

周が言った。

「………」

鴇田は黙って香魚子に頭を下げた。

「すみませんでした。」

「えっ」

「毎回そこまで考えずに部長の命令通りに邪魔して…」

「………」

鴇田を責める気もないが、傷つかなかったといえば嘘になる。

「……レターセットのコンペのときの…」

香魚子が口を開いた。

「花柄、覚えてますか?」

「…覚えて…ます…。」

「なら、それだけで充分です。これからは不正が無くなると良いなって思いますけど…現実的にはわからないので、せめてデザイナーが真剣に作ったデザインを真剣に見て、覚えててほしいです。他のデザイナーさんの気持ちはわからないですが…私はそれだけで充分です。」


香魚子が企画デザイン部のフロアに戻ると、部長の鷹谷からコンペの審査用紙を渡された。

「おめでとう。」

「ありがとうございます。」

周に諭されてしまった鷹谷はなんとなくバツが悪そうだった。

審査用紙には、前回と違い称賛の言葉が並んでいた。川井の審査用紙には【100点】と書かれていたが、赤いペンで10点と修正されていて、香魚子は思わず笑ってしまった。

鷲見はこの日、会社を休んでいた。

「この間のコンペの雰囲気、鷲見さんと目白部長ってもしかしてさぁ…」

噂好きな同僚がまた噂話に花を咲かせている。

「それにしても、明石さんかっこよかったよね〜。一生ついていきます!って感じ。」

「わかる〜!進行役も超うまかったしね〜!」



「って、みんな周さんの噂してました。」

その日、香魚子は仕事が終わると周の部屋にいた。

「“一生ついていきます”は困るね。辞めるし。」

周は苦笑いした。

「でもピーコックもこれから良くなる気がします。」

「辞めたくなくなった?」

香魚子は首を振った。

「ミモザのカードをちゃんと入稿したら辞めるって言います。」

「そっか。」

「あの時周さんが最後に言った“ピーコックラボが見るべきなのは社外のライバル”って言葉、あれって戦線布告…ですよね。」

香魚子の言葉に、周は口角をあげた。

「わかった?」

「私も周さんと一緒にピーコックのライバルとして頑張りたいです。」

香魚アユの逆襲。」

そう言って周は笑って香魚子の頭を撫でた。

「香魚子、あらためておめでとう。よく頑張ったね。」

「…………」

「ん?」

周の言葉に、香魚子は泣き出した。

「…本当は…本当はすごく怖かったんです。周さんのためのデザインなのに、もう二度と使えなくなったらどうしようって…ダメだったらもっと良いデザインをすればいいって何度も自分に言い聞かせてたけど…本当に本当に良かったです…ありがとうございました。」

「香魚子の実力だよ。ていうか、俺のためにデザインしてくれたんだから俺がお礼言わなきゃいけないのに、なんか変だね。ありがとう。」

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