第26話 不正

コンペを終えた夜、香魚子はあまねと電話で話した。

「プレゼンおつかれさま。」

「…周さんも、おつかれさまでした。」

香魚子が気を使うように言うと、周は小さく笑った。

「あんなこと言ってしまって…あの後大丈夫でしたか?」

「うちの部長に呼び出されたけど…」

「え…」

「褒められた。うちの部長と目白さんて仲悪いから。それもどうかと思うけどね。」

「怒られなかったなら良かったです。」

香魚子は安堵の声を漏らした。

「まああとは社長たちが判断するんじゃない?」

コンペの会場には社長をはじめとする幹部社員も揃っていた。


「ところで、周さんが進行役なんて珍しいですね。」

香魚子が質問した。

「鴇田に代わってもらったんだ。」

「…鷲見チーフと目白部長のことと関係あるんですか?」

「あの二人がやってるくだらない不正を防ぐには進行役やるのが一番早い。」

「……?」

「コンペのプレゼンの順番はブラインドってことになってるだろ?」

「はい。」

「でも実際は操作されてて、進行役の営業に目白さんから鷲見さんの順番の指示が出てる。」

「え…」

「目白さんもさすがに“鷲見さんに高い点入れろ”とは言えないから、“4番に入れろ、他には厳しい質問をしろ”って逆らえない若手に指示出してるんだ。」

毎回毎回鷲見だけに票が入るのは不自然なので、カモフラージュで他のデザイナーに入れさせることもあったらしい。香魚子は電話口で呆れてしまった。

「だから今回は鴇田ときたに無理言って進行役代わってもらって、俺が順番操作した。」

「だから鷲見チーフ…」

鷲見が順番に驚いていた理由がわかった。

「あ…じゃあ今回は…私にたくさん点がはいってしまうんですか…?不正で…」

香魚子は申し訳なさそうに言った。

「正直なところ、この方法に決めた時はそういう結果になるかもしれないと思った。でも、川井さんが思わず“すごい”って口にするくらい香魚子のプレゼンもデザインも圧倒的だったよ。点が入っても自分の実力だって胸張っていいよ。」

「はい…」

「納得いってないね。」

周は香魚子の声色で察する。

「俺はコンペの結果だけで充分実力だって思っていいと思うけど、納得いかないとしても、コンペで選ばれたらその先の店頭での売れ行きが本当の審査だから。そこで判断したらいい。だから今落ち込んだり、申し訳なく思う必要はないよ。」

「はい。」



コンペの結果発表日

香魚子は休憩スペースでいつものようにラフを描いていた。

「福士さん。」

聞き慣れた声で呼ばれ振り返ると、周がいた。

「…明石、さん…。」

周は香魚子のテーブルに座った。

香魚子は思わずキョロキョロと周りを見渡してしまう。

「そんな気にしなくて大丈夫だよ、。付き合う前だってこんな場面何回もあったでしょ。」

「でも…なんか私、最近“福士さん”て呼ばれる方が変な感じがしちゃって…。変な顔になっちゃってそうです…。」

「良い傾向じゃん。」

香魚子が両頬に手をあてて困ったように言うと、周が笑って言った。

「コンペの結果って出たんですか?」

香魚子の質問に周は首を横に振った。

「…時間かかってますね。」

「結果出すのに時間がかかってるのか、俺がいろいろ言ったことが会議で問題になって時間かかってるのか、どっちかわかんないけど…落ち着かない?」

香魚子はうなずいた。

「抱きしめてあげようか?」

周は、頬杖をついていたずらっぽく笑って言った。

「何言ってるんですか…!」

香魚子が顔を赤らめて拒絶した。


「なにイチャついてんスか。」

香魚子がビクッとして声の方を見ると、立っていたのは鴇田だった。

動揺する自分をよそに冷静な周を見て、香魚子は状況が飲み込めずにいた。

「鴇田は知ってるから大丈夫。」

周が言った。

(なんで…?)

「そんな不安そうな顔しなくても。多分気づいてんの俺くらいだから大丈夫だって。」

(だからなんで…?)

香魚子は不安気な顔で周を見た。

「鴇田は明石マニアだから。俺のことすっげーよく見てて、俺のマネばっかしてくんの。だからバレちゃった。」

「明石マニア……あ。」

周は冗談めかして言ったが、香魚子には思い当たることがあった。

以前、鴇田に『明石さんが自分からデザイナーに話しかけてんの初めて見た』と言われたことがあった。そしてその時鴇田が買ったコーヒーが周と同じ銘柄だったことも思い出した。

香魚子は納得したような顔で鴇田を見た。

「いや納得すんなよ。ちげーし。」

鴇田は否定したがよく見ると腕時計なども周と同じブランドのものだ。

(絶対ファンだ…)

「明石さんに文句言いに来たんスよ。」

「なんだよ。」

目白部長うちの部長の機嫌がすこぶる悪くて手がつけらんないんスけど。どうにかしてくださいよ。」


「てことは、コンペの結果出たのか?」

鴇田はうなずいた。

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