第24話 質問
13:00 ピーコックラボ バースデーカード社内コンペ
会場はレターセットの時と同じ大会議室だ。
部屋に入った瞬間に驚いた表情をしたのは香魚子と目白営業部長だった。
なぜか司会進行役の席に
(なんで…?周さんが進行役なんて初めてじゃない?)
もっとも香魚子にしてみれば営業部が当番制で回しているものが周に回って来たのだろう…という程度のことを予想するだけで、すぐに納得できてしまう。
本当に驚いて、忌々しそうな顔をしているのは目白の方だ。
「なんで明石がそこに座ってるんだ?進行役は
目白が怒鳴るように言った。
「目白部長、それがですねー、鴇田くんが喉傷めちゃいまして。ピンチヒッター明石が進行することになりました。」
周はマイク越しに飄々とした口調で答えた。
鴇田はマスクをして審査側の席で小さくなっている。
「鴇田は第二グループなんだから第二グループから代役を立てるのが筋だろう!」
周と鴇田は営業部内で所属するグループが違う。鴇田の所属する第二グループは目白が部長として管轄し、周の所属する第一グループはまた別の部長が管轄している。
「まあまあいいじゃないですか、同じ会社の仲間なんだから、助け合っていきましょうよ。ピーコック社として発売する商品を選ぶのに社内でケンカする必要なんてないですよ。」
周は煽るように言った。
「安心してくださいよ目白部長、鴇田くんから進行手順はしっかり聞いてるんで。」
周はにっこりと笑った。
さすがというべきか、周の進行はスムーズだ。聞きやすい声に、ちょうど良い喋りの速さ、そしてどうやら午前中に事前資料を読み込んだらしく、デザイナーが説明に詰まるとヒントになるような質問をしてサポートしてみせた。
「じゃあ次は4番の…福士さんお願いします。」
周が香魚子を指名した。
「え!?」
そう驚きの声を発したのは
「鷲見さん、どうかしましたか?」
周が言った。
「え、だって次は…」
「あれ?鷲見さんは次が誰だかご存知なんですか?」
「えっ…いや…」
発表の順番はエントリー順で、当日呼ばれるまでわからないことになっている。
「鷲見さんも早く発表したいくらい、今回のコンペは気合い入ってるってことですね。みなさん楽しみにしてましょう。」
会場は笑いに包まれたが、鷲見は困惑した顔で目白を見て、目白はますます忌々し気な目つきで周を見ていた。
「じゃあ福士さん、お願いします。」
「はい。」
進行役は発表するスクリーンの横に席を設けているため、香魚子が発表の場に立つ前には周の前を通る。その瞬間に香魚子は少し緊張したが、周は特別なことは何もせずただの進行役として香魚子を送り出した。
香魚子は小さく深呼吸をしてからマイクをオンにした。
「それでは発表を始めますので、スクリーンをご覧ください。」
いままでなら緊張していた第一声から、今回は落ち着いていた。
香魚子のプレゼンは相変わらず完璧だった。デザインのコンセプト、販売のターゲット層、販売価格、素材、コスト面の懸念事項とその解決策の提案、パッケージのイメージとそれを店頭で什器展開した際の見え方まで考えられている。香魚子は普段から自社だけでなく他社の商品についてもリサーチを欠かさないため、並の営業よりも店頭の状況に詳しいくらいだ。
「すごい…」
香魚子がプレゼンを終えると川井が感嘆の声を漏らした。
質疑応答の時間になり、質問の手が上がる。香魚子は前回のレターセットの時のことを思い出して身構えたが、驚くほど好意的な質問ばかりで拍子抜けしてしまう。
———ハイ
(え…)
予想外のところから手が上がった。
「俺からも質問いいですか?」
声の主は周だった。
「は、はい。どうぞ。」
香魚子は少し動揺してしまった。
「なんでミモザなんですか?」
突然の質問に動揺した香魚子だったが、すぐに冷静になった。
(…これは…「明石さんのためです!」みたいな答えが欲しいわけじゃないよね。)
「ミモザは、私が一番好きな花です。」
香魚子は続ける
「好きな理由はいろいろありますが、黄色くて小さな丸い粒が可愛くて、見ていると元気になります。ミモザをバースデーカードにした理由の一つは、店頭で選ぶお客さんにも、その人が贈った相手にも元気になってほしいからです。」
周は香魚子をじっと見ている。
「それから…ミモザにはいくつか花言葉があるんですが、ミモザが親しまれているイタリアでの花言葉は「感謝」だそうです。バースデーカードって誰かの幸せな気持ちを乗せる
周は香魚子を見て微笑んだ。
「福士さん、ありがとうございました。」
周が言うと、香魚子はぺこりとお辞儀をして発表を終えた。
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