第21話 会社の名前

ある土曜の午後

香魚子とあまねは、柏木ともう一人、女性と4人でカフェにいた。

樅内もみうち めぐみです。よろしく〜。」

30代後半と思われる女性が香魚子に明るく言った。

「福士 香魚子です。よろしくお願いします。」

「樅内さんには経理系の業務を担当してもらうんだ。前は白雪舎はくせつしゃで働いてたけど、出産を機に退職して、時短で働けるところを探してるってことで入ってもらう。で、福士さんは今は俺と同じピーコックで…」

周が二人にそれぞれを紹介した。

社員ではないものの、正式にデザイナーとして関わることになった香魚子を、あらためて自分の会社の創業メンバーである柏木と樅内に紹介する場を周が設けた。

「めぐさん、つむぎちゃん元気?」

柏木が聞いた。

「元気元気〜!最近おしゃべり始めて超かわいいよ。」

「めぐさんの子どもとか、超しゃべりそうだね。」

「もー柏木くんてそんなことばっかり言うよねー!でも絶対超しゃべると思う〜!あはは」

樅内は明るく笑いながら言った。

(めちゃくちゃ明るい…)

「つむぎちゃん、何歳なんですか?」

「今ねー一歳になったところ!超かわいいよ。写真見る?」


「私ちょっとトイレ行ってくる。」

樅内が席を立った。

「にしても良かったな〜明石。福士さんが来てくれて。」

「………。」

妙に明るい柏木の言葉に、周は“余計なことを言うな”という圧を感じさせる視線を向けた。

「福士さん、明石がさ」

「健太郎、黙れよ。」

「すっげー弱気になってたんだよ、福士さんの答えを待ってた2週間。」

「え?」

「あの2週間で飲みに行ったときも“断られたらどうしよう”って珍しく弱気になっててさーいいもん見れたって感じだよ。」

柏木がニヤニヤしながら言った。香魚子は周の方を見た。

「…弱気にもなるだろ。」

香魚子の視線に観念したように周が呟いた。

「…そう、だったんですか…」

(実際一回断っちゃったし…)

「まあ断られても諦めるつもりなかったけど。」


「ところで私も見たいな〜福士さんのデザイン。最高のデザイナーが入るから絶対経理やってくれ〜って言われたんだけど?」

席に戻った樅内が言った。

「ああ、そっか、正式に決まる前だったから見せてなかったっけ。スマホに入ってるやつなら見せられるけど…」

「あ、私タブレット持ってます。」

香魚子がタブレットを取り出した。

「そういえば、この間描いてたやつって完成した?」

「この間…あ、はい。完成したので見せられます。」

(周さんだけに最初に見せたかった気もするけど…)

香魚子は周の家で描いていたデザインを開いた。

「えっと…ミモザのバースデーカードなんですけど…」

白地にミモザのブーケのものと、紺地にミモザのリースをあしらった2種類のバースデーカードを見せた。

三人からは何の声も上がらない。

「…えっと…?もしかしてダメだったでしょうか…?」

「…すごい…超きれー!」

最初に言葉を発したのは樅内だった。

「紺色の方、すごく良い!旦那の誕生日に使いたい〜!えー!もうこれ商品化決定でしょ!」

樅内はテンションが上がっている。

「相変わらずすごいね。」

柏木も目を輝かせている。

「………。」

周だけがなかなか言葉を発しない。香魚子は他の誰よりも周の反応が気になる。

「あま…明石…さん?ダメでしたか?」

香魚子の言葉に周はハッとした。

「いや、めちゃくちゃ良い。今までで一番くらい…さすがだと思う…」

周の言葉に香魚子はホッと胸を撫で下ろした。

「でもなんでミモザなの?」

樅内が聞いた。

「あ、それは…」

「あ」

香魚子が答えようとすると、周も口を開いた。

「そうだ、今日はこれを言おうと思ってたんだった。社名決めたんだ。」

「え、ちょっとミモザの話は〜?」

「まあちょっと待って。」

周は手帳から一枚のメモを取り出した。

「ミモザってさ、アカシアの仲間なんだけど…ほら、これ見て」

(え、このメモ…)

それは、いつか香魚子が周に書いた名前のメモだった。

「アカシアマネ、アカシア?」

柏木が声に出して読んだ。

「そう、俺の会社だから俺の名前をもじって入れるのもベタだけどありだなって思ってて。」

「アカシア株式会社とか〜?」

樅内が冗談めかして言った。


「“ミモザカンパニー”って名前。」


周が言った。

「ミモザカンパニー…」

香魚子も口に出してみた。

(良い響き…)

「へぇ、いいじゃん。明石っていろんなこと知ってるな。」

「ん?でもさ〜会社名が今発表されたのに、バースデーカードもミモザだよ?偶然?」

樅内の質問に、周は首を横に振った。

「このメモ書いたのが福士さんだから。福士さんが教えてくれたんだ。」

「え〜!そうなの?超すごい!」

「え、えっと…」

(あの時のメモ、こんなところで出てくるなんて…)

「だからさ、福士さんにはまずミモザカンパニーのロゴ作って欲しいんだよね。この手書きの雰囲気で英語のやつ。」

「…はい。」

樅内が二人をじっと見た。

「てことはさ〜、このバースデーカードって明石くんのためのデザインってこと?」

「え!あの…」

「めぐさん鋭いね。そうだよ、俺のため。」

香魚子は動揺して真っ赤になったが、周はあっさり言った。

「も〜!最初から言ってよー!えーなんか福士さんの反応見てるとこっちが恥ずかし〜かわいいー!」

樅内と柏木は同じ表情をしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る