第11話 企画デザイン部

今日は企画デザイン部の新商品ミーティングがある。部長や課長、チーフデザイナーらが事前に会議で決めた新商品デザインの担当を割り振るミーティングだ。

企画デザイン部に置かれた長机にデザイナー全員が集まって話を聞く。

香魚子の胸には明石の言葉が引っかかっていた。


『ピーコックは君の才能を活かすには濁りすぎた水だから。』


(あの時はその後の言葉にドキドキしちゃってスルーしたけど、“濁りすぎた”ってどういう意味だろう。私のテイストに合わないって意味?)

そんなことを考えながらミーティングの席に着いた面々を、なんとなく見渡した。

7人いるデザイナーの顔ぶれをあらためて見ていると、よく商品を発売しているデザイナーはほぼ固定された2〜3名だ。中でも鷲見すみチーフはプレゼンで決まる商品に7割程度の確率で選ばれているように思える。

(チーフを任されてるくらいだし、実力…だよね…?)

「じゃあ、マスキングテープとシール、ラッピングバッグ、ペンケース、マスクケースは福士さんが担当ね。」

ふいに名前を呼ばれて、香魚子は現実に引き戻された。

「この間のノートが好評だったから、あの雰囲気で私の描いたモチーフをレイアウトしてくれたら良いから。期待してるわ。」

鷲見がにっこりと笑った。

「はい…。」

担当商品の点数は多いが、自分でモチーフを描かない分仕事としてはいくらか簡単だ。だが先日のノートのデザインの雰囲気、つまり鷲見のデザインと間違われるような雰囲気で作るという指定までされているので、考える楽しさのようなものはほとんど無いに等しい。

(鷲見チーフのモチーフをこの前みたいな感じで…か。)


『そこに飲まれすぎないようにして欲しい。』


(真逆の方向に進んでしまいそうです…)

香魚子は誰にもわからないような小さな溜息をいた。


ミーティングが終わり、香魚子が社内のフリースペースを通ると、テーブルで明石と川井が話をしているのが見えた。

「傾向的にこのお店はSWEET&SWEETよりもmistyの方が売れそうですね。」

「あぁ、俺もそう思う。どちらにしろ数量は抑え目の方が良いと思うけど。」

「……このくらいですか?」

川井がノートPCの画面を明石に見せる。

「だいたい良い感じだと思うけど、この柄は多分そんなに出ないな。」

「同じシリーズは同じ数で納品しなきゃいけないわけじゃないんですか?」

「うん、生産数も人気ありそうな柄を多くしてたりするし。生産数は倉庫のサーバーから見れるよ。ここからパスワード入れて…」

川井が明石の後ろに回ってPCの操作を見ている。

二人を見ていた香魚子はなんだかモヤモヤとするものを感じた。

「川井さん、営業向いてるよ。データの見方も正しいし飲み込みも早い。」

そう言って明石が笑った。

———キュ…

香魚子の心臓がきしむ音がした。

(………私…)

「あ、福士さん。」

明石が香魚子に気づいて声をかけた。香魚子はハッとした。

「お、おつかれさまです。」

「おつかれさま。」

「おつかれさまです。」

川井も香魚子に挨拶した。

「えっと…川井さん、仕事にはもう慣れた?」

「はい。営業も結構おもしろいです。」

「へぇ、すごい!私は人の顔覚えるの苦手だから向いてないだろうなぁ。」

「川井さんは実際もの覚えも良いし、営業に向いてると思うよ。」

「ありがとうございます。」

明石に褒められた川井は少し照れ臭そうにしている。そんな様子を見て、また香魚子の心臓がかすかに軋んだ。

「でも川井さんは企画デザイン部希望だもんな。」

「はい。営業もおもしろいですけど、企画に興味があります。」

「じゃあ、福士さんとは仲良くしといた方が良いよ。ね。」

そう言って明石は香魚子に笑いかけた。

「え、そんな、私は…」

「うちのデザイナーで一番センス良いから。」

「そうなんですか!」

川井が目を輝かせたのを見て、香魚子はまた心臓が締めつけられるような気持ちになった。

(…私、鷲見チーフのイラストを編集するくらいの仕事しかできてないんだけどな…)

香魚子は手にしていた新商品のデザイン資料をキュ…と握った。なんとかニコッと笑ってその場を離れた。

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