第10話 平日深夜

ある木曜日 22時

(………今日こそ送る…送る…?)

香魚子は今日もタブレットとにらめっこをしていた。

デザインは溜まっているが、いざ自分から明石にLIMEを送ろうとすると緊張してしまう。

(明石さん忙しそうなのにこんな時間に?)

(これ見て喜んでくれるの?)

(メッセージはなんて書いたら良い?)

そんなことばかり考えてしまういなかなか送信ボタンが押せない。

そんな時ふと、新入社員の川井の顔が浮かんだ。


『川井さんはデザイン部希望だから…』


つまりデザインの話ができる人物だ。しかもかわいい。そんな人間が明石のペアとしてずっとそばについて動くことになった。

(デザイン、ここで送らなかったら私の存在なんて忘れられちゃうかも…)

香魚子は意を決して「送信」を押した。

メッセージにはすぐに既読の印がついた。


22時20分

まだ明石からリアクションが無い。

(もしかしてまだ仕事中だった…とか?)


(あ、飲み会とかだったかも!)


(あんまり良くなかった…?)

だんだんと不安になる。


22時35分

スマホの着信音が鳴った。

(え?)

画面には【明石 周】と表示されている。

(えええ!?)

香魚子は手の汗を拭き、唾を飲んで、通話ボタンを押した。

「ひゃ、はい…」(あ!変な声になった…!)

「福士さん、今大丈夫だった?」

「は、はい!」

(耳元で声がするの、なんかくすぐったい。)

「夜遅いのにごめんね。送ってくれたデザイン見たよ、ありがとう。ちゃんと見て、直接感想言いたかったから電話しちゃった。」

(…しちゃった、ってなんかかわいい…)

「私、夜型なので全然、全然大丈夫です。」

「俺は眠いけど。」

「え、わぁ!ごめんなさい!」

「うそうそ。俺も夜型だから大丈夫。」

電話越しに明石の「ハハハ」と笑う声が聴こえて、ますますくすぐったい。

「今日送ってくれたのはノートのデザインだよね?」

「はい。最初なので、とりあえず柄をデザインしてノートのフォーマットに落とし込んで送ってみました。少しレトロな雰囲気にしていて…」

「どれもすごく良いと思ったよ。とくに…」

明石は香魚子が送ったデザイン一つ一つに丁寧にコメントをくれた。褒めるだけでなく、今までに文具バイヤーや文具店の店員に聞いた売れる商品の情報などを交えて、明石なりのアドバイスもくれた。

「すごく丁寧にありがとうございます。」

「当たり前だよ、せっかく送ってくれたんだから。あれから少し時間がかかった気がするけど、デザイン結構悩んだ?」

食事会の日の約束から、香魚子がデザインを送るまでの日数のことを言っている。

「…いえ、実は…あれから毎日のようにいろいろデザインしてたんですけど、明石さんもお忙しいのに本当にご迷惑じゃないのかなって……思いまして…」

「えっそうなんだ。実は毎日結構楽しみに待ってたんだよね。」

「え!?」

「そんな驚く?俺が見たいって言ったんだよ?とにかく迷惑どころか楽しみにしてるから、変な遠慮しないでいつでも送ってよ。」

「はい。」

「つーか、こんな時間に電話してて大丈夫だった?ご家族に迷惑だったかな。」

「一人暮らしなので大丈夫です。これから映画でも観ながらもっとデザインしようかなって思ってたところなので。」

「映画?何観んの?」

「えっともう何回も観てるくらい好きなんですけど……」

香魚子が好きな映画の話をすると、明石もその監督の映画が好きなことがわかった。

好きな映画から、好きな音楽、好きな漫画まで話が盛り上がった。

香魚子は時計を見た。

1時30分 とっくに金曜になっていた。

「もうこんな時間!平日なのにすみません!」

「いや、こっちこそごめん。映画も観れなかったね。じゃあまた明日。おやすみ。」

「映画は何度も観てるやつなので…おやすみなさい。」


(はぁ、楽しかったけど…ドキドキしてたから半分くらい何話したか覚えてないかも)


(………嘘。そんなことない…映画のことも音楽のことも、笑ったタイミングも覚えてる…)


香魚子は明石との話の内容を何度も反芻はんすうしながら短い眠りについた。

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