第12話 将来
「福士さん、ここの色がもとのイラストと違うんだけど?」
「えっと…ここにこのオレンジが入ると少し浮いてしまうというか…」
香魚子が言った。
「知らないの?差し色ってやつ。全部同じトーンにしたらメリハリがないじゃない。」
「あの…差し色でしたらロゴに濃いピンクやパープルを入れては…」
「オレンジよ。黙って元のイラストの色に戻して。」
「………はい。」
「少しはうちの雰囲気わかってくれたかと思ったのに、全然ダメね。」
この会社で10年以上働いている鷲見に、入社して1年程度で大した実績もない香魚子が意見をするのはなかなか難しい。納得のいかない指示でも、余程のことでなければ飲み込んで従うのが賢明だ。
(仕事なんだから、自分がやりたいことだけできるわけじゃないってわかってはいるけど…)
———はぁ…っ
香魚子は休憩スペースで大きな溜息を
「福士さんみっけ。」
聞き慣れた声に心臓がまた小さく跳ねる。
「明石さん。おつかれさまです。」
「休憩?」
「はい、ちょっと行き詰まってて…。」
「それ?」
香魚子の手元にあるペンケースのラフを見た。
「………はい…」
「見てもいい?」
香魚子は明石にラフを渡した。
「これ、鷲見さん?」
やはり明石は鋭い。
「です。今、鷲見チーフのイラストを編集する仕事をしてて…。」
「相変わらずだね、色が…」
明石が色づかいのことを言おうとしているのはすぐわかった。おそらくオレンジ色のことだろう。
「……いや、まぁ俺が言うことじゃないか。仕事だって割り切ってやるしかないかな。」
(え…)
意外な発言だった。
「俺は福士さんのデザインがとても好きだし、君がやりたいデザインをして欲しいんだけど、割り切って仕事をすることも今の君には必要かもしれない。」
香魚子は頷いた。
明石の言うことは正しい。給料をもらっている以上は会社の求めるデザインをするのが香魚子の仕事だ。ただ明石から言われると少し寂しく感じてしまう。
「あ、そうだ。福士さんに渡したいものがあるんだった。」
「渡したいもの?」
「はいこれ、出張のお土産。」
明石はジャケットのポケットから、クッキーのような物を取り出して香魚子の手のひらに置いた。
「えーなにこれー!」
香魚子の目が輝いた。
手の上に置かれたのは魚が鳥を食べているような形のクッキーだった。
「鵜飼いで獲られる側の鮎が、逆に鵜を飲み込んでるんだって。“鮎の逆襲”って名前のクッキー、ウケるでしょ。鮎だったから福士さんに見せたいなと思って。」
「ウケます〜すごーい!鮎だー!嬉しいです、ありがとうございます!」
香魚子は満面の笑みでお礼を言った。出張先でも自分のことを思い出してくれたことが嬉しい。
「出張…川井さんも、もう出張とか行くんですか…?」
「いや、川井さんはまだ出張は行かないよ。男だったら連れて行ったかもしれないけど。」
「そうなんですか。川井さん、すごく優秀そうだから。」
褒めるふりをして探り入れてしまっていることには香魚子自身も気づいていた。
「優秀だよ。入ったばっかりであれだけできたら将来有望。」
「そうなんですね。でも来年にはデザインの方に来るんですよね。もったいないですね。」
「あーそれね。俺が思うに、あの子は営業の方が良い気がするんだよね。」
「え、なんでですか?」
「うーん、まだ働きはじめたばっかだからなんとも言えないんだけど…飲み込みが早くて真面目な分、少し生真面目っていうのかな。ちょっと型にハマりやすいタイプなんじゃないかな、ってのが俺が勝手に思ってること。」
(さすが、よく見てる。)
「企画の方にいったら結構苦労するんじゃないかな。だったらデザイナーの気持ちがわかる営業になってくれた方がこの会社の将来のためだと思うんだよね。」
「会社の将来…」
香魚子は、その将来この会社にいる自分を想像してみたが、うまく想像できなかった。
「明石さんや川井さんが出世したら、もっと素敵な会社になりそうですね。」
それは本音だった。
「うーん…どうかな。」
明石は含みのある苦笑いを浮かべた。
「まあできるだけ色々教えたいと思ってるんだ、川井さんには。」
(大事にしてる…ってことだ。)
その夜
「鮎の逆襲…か。香魚は逆襲どころか飲み込まれそうです…。」
家で明石にもらったクッキーを見ながら香魚子は
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