第5話 “らしい”デザイン

(…うーん…)

香魚子は悩んでいた。

新作のノートのデザインを担当することになり、そのデザインをどうするか考えていた。

テーマは動物だった。

(ターゲットは20代って言ってたけど、ピーコックうちから発売するならパステル系で可愛らしい感じの方が良いのかな。大人っぽい感じでオオカミとかも描いてみたいけど…)

香魚子の脳裏には鷲見すみのレターセットのデザインが浮かんでいた。

香魚子のデザインは誰が見ても決して下手ではないし、流行もつかんでいて洗練されている。しかし商品化の確率と、その先の店頭で見かける確率が他のデザイナーよりも低いように思う。

メーカーで働くデザイナーである以上、そのメーカーの客層に合わせたデザインができることも必要な能力だということを、香魚子自身もわかっている。

(売り上げにつながらなかったら、どんなに良いデザインでも自己満足だよね…。)

今回はピーコック社デザインをしよう、と決めた。

一瞬、明石の顔が浮かんだ。会社に合わせたデザインをしたらどんな反応をするだろう。


「へぇ、やっとうちのテイストがわかってきたんじゃない?」

チーフデザイナーの鷲見は香魚子が提出したノートのデザインラフを見て言った。

「福士さんのデザインはどうも玄人くろうと好みっていうか…オシャレな雑貨屋に置いてありそうな方向に行きすぎっていうのかな〜、とにかくうちのテイストとはいまいちズレてたから、これからはこの感じを掴んでもらえれば良いわ。」

「はい…」

香魚子は充満する鷲見の香水の匂いの中、複雑な気持ちで鷲見の言葉を聞いていた。

(オシャレな雑貨屋さんにだって置いて欲しいけど、文房具屋さんにだってちゃんと馴染むデザインを意識してたんだけどな…)

「じゃあこれで、本番のデザインを進めてくれる?来月末のプライベートショーにサンプル展示するから、間に合うように入稿してね。」

プライベートショーというのは、一社のみで開催する展示会のことだ。客として来場するのは店舗や問屋のバイヤーで一般客は来場しない、商談の場だ。

ピーコックは年に2回、ホテルの催事場を借りてプライベートショーを開催している。

新商品のお披露目の場でもある。


プライベートショーまでの間はデザイナーはとくに忙しい。

新商品のサンプルデータの入稿、会場に展示するパネル類の作成、招待状の作成、そして展示物のレイアウト案なども考えなくてはいけない。

今回のメインテーマは、鷲見がレターセットで発表したSWEETスウィート&SWEETスウィートに決定した。会場全体がパステルカラーの甘い雰囲気になるであろうことが想像できる。

香魚子のデザインしたノートも今回は雰囲気に馴染みそうだ。


「聞いた?今度入る新卒の女子、明石さんが教育係らしいよ。」

香魚子が仕事をしていると、企画デザイン部の同僚が話しているのが聞こえてきた。“明石”の名前に反応してしまう。

「それって企画デザインうちの部希望で入ってくる子?」

「そうそう。」

ピーコック社では新卒入社の社員は希望に関わらず、最初の一年は営業部に配属される。その一年、教育係の先輩社員とおもに行動を共にして会社のことや仕事のことを学んでゆく。

「えー!なんで明石さんなの?超羨ましいんだけど!私も教育して欲し〜い!」

「なんかその新人、めっちゃ美人らしいよ。」

「え〜なんか本格的に明石さん取られちゃうんじゃない?」

「取られちゃうって、誰のものでもないでしょ。てゆーか、明石さんに彼女いないわけなくない?」

「まぁそれはそうかもしれないけど〜!社内で女といるとこ見たらテンション下がる〜。うちに配属になったらいじめちゃうかも〜。」

「ちょっとー怖いんですけどー。でもちょっとわかるわ。」

会話をしている二人は笑っているが、嫉妬に満ち溢れた空気が出ていてなんとなく怖い。

(明石さんて本当にファン多いんだ…。美人の新人さんかぁ…。明石さんてどういうタイプが好きなんだろう。)

会話を聞いていた香魚子も頭の中でいろいろと想像していた。


『明石さんに彼女いないわけなくない?』


同僚の言葉が耳に残った。


数日後

「ねえねえ総務の雁屋かりやさんがさー日曜に見たんだって、明石さん。」

同僚たちがまた明石の噂をしている。

「どこで?」

「表参道?だったかな。それがさー、女と二人で歩いてたらしいよ。」

「えー!じゃあもう彼女持ち確定じゃん…!」

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