第2話 社内コンペ

ピーコックラボは手帳やレターセット、ペンケースなどの文具を作って販売している会社で、海外からの輸入事業なども手がけている業界では中堅どころの企業だ。80名程度の社員が働いている。

香魚子の働いている企画デザイン部は、その名の通り新商品の企画とデザインを担う部署だ。商品だけでなく、カタログや店頭POPなどさまざまな販促品のデザインやデータ作成も行なっている。部署には12名、そのうちデザイナーは7名所属している。


この日は新作レターセットの社内コンペが行われていた。レターセット のデザインを元に次のシーズンに新作として発売するステーショナリーシリーズを作るため、次のシーズンのいしずえとなる大切なコンペだ。今回は香魚子を含め5名のデザイナーが参加している。

ピーコック社のコンペは社員の投票と、社長をはじめとする幹部社員の最終審査で決定する。

社内で一番広い会議室に営業部と企画デザイン部の社員、そして幹部社員が集められ、スクリーンに投影しながらプレゼンをする。

香魚子のプレゼンの番になった。

「えーっと…」

何度経験しても、プレゼンの一言目は緊張の色を隠すのが難しい。

「私が提案するのは、“ミルフルール”という花柄のシリーズです。メインターゲットは20代の女性で、かわいいものが好きだけど、少しきちんとした大人っぽい雰囲気のものにシフトしていきたい層に焦点を当てています…それで…」

香魚子は徐々にエンジンがかかったかのようにスラスラと商品の説明をしていく。

———ハイッ

デザインについて一通り説明を終えたところで、営業部の社員が手を挙げた。

「花柄ってめちゃくちゃ普通じゃないですか?売りにくいと思うんですけど?」

「それについては次の資料をご覧ください…4ページの…」

数ヶ月経っても社員の顔と名前が一致しない香魚子だが、商品のプレゼンは完璧だ。

デザインのコンセプトやポイントだけでなく、ターゲット層も明確で、ライバルになるであろう他社の製品についてや、WEBや雑誌で集めた独自の資料でマーケティングもされている。

———ハイッ

———ハイ!

香魚子の番だけ妙に質問が多い気がする。同じような内容を繰り返し答えた。

“花柄なんて普通だ”という意見ばかりを何度も聞かされたが、全ての質問にきちんと答えて香魚子はプレゼンを終えた。

次のデザイナーの番になり、席に戻ろうとした時、誰かに声をかけられた。

「おつかれ。」

暗がりで一瞬わからなかったが、明石だった。香魚子はぺこりと頭を下げて席に戻った。

(そっか、明石さんも見てたのか…営業だもんね、トップ営業マンだもんね…)

何度かプレゼンをしているが、営業部の人間を認知していなかったため明石の存在にも気づいていなかった。知り合いに見られていたと思うと今さら緊張しているかのように心臓がドキドキと早鐘を打っている。

(…知り合いだから…?)

ただ知り合いに見られていただけなら、こんな風にドキドキしたりしないかもしれない。先日明石に言われた『ずっとどんな人か気になってたけど、想像よりも色んなこと考えてそうで愉しいね』という言葉が、さっきの『おつかれ』と交互に頭のなかで繰り返された。


今日のプレゼンはたのしかっただろうか?

たのしいと思っていてくれたら嬉しい。


香魚子はそんなことを考えながら、その日一日を終えた。

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