第48話 Waning Gibbou-2
「それは・・・その・・・・・・やっぱり状況的にも勝手に上がり込むのはどうかと・・・」
「状況って?俺は恵にプロポーズしたよね?いつでもおいでとも言ってる。こっちに住んでいいよ言うつもりで・・・・・・・・・ああ、そっか、ほんとに住む場所無くなりそうなんだ?」
こちらが強硬手段に出る前に、玲子が先にしびれを切らしたようだ。
彼女らしいというか、なんというか。
恵のペースに合わせてのろのろしていた山尾に、彼女は相当苛立っていたようだ。
「・・・・・・先輩、いつうちの両親に会いに来たんですか!?」
上り口で立ち止まったまま一歩も動こうとしない恵が、いつもより強めの口調で問いかけて来た。
こんな風にはきはき話せば、玲子に似ていないこともない。
「恵が酔って家で寝ちゃった次の日」
素直に真実をばらせば、恵はそんな前!?と目を剥いた。
彼女が届いたばかりの新しいソファーの上で眠ってしまった翌朝、歯科医院の診療が始まった後で、こっそり恵の家に向かった。
朝一の患者が途切れたタイミングで、森井に、1時間もせずに戻るから緊急時にはスマホを鳴らして貰うように頼んで出掛けたが、幸い涼川夫妻との対談中に電話が架かって来ることは無かった。
無断外泊をさせてしまったことへのお詫びと、恵との将来についての建設的な話を切り出せば、涼川夫妻は両手を叩いて大賛成の返事をくれた。
玲子一家との同居を考えている事、この先子供が増えれば今の自宅は手狭になるので敷地内に家を建てる予定があること、もちろんこのまま恵が家に居たいと言えばそうさせるつもりであること。
それらを踏まえた上で、恵を大切にしてくれる誰かがいるのなら、喜んで応援したいと返事を貰って、最後の踏ん切りがついた。
新居建設開始までに、彼女の気持ちだけは固めておきたいが、未だ恵が結婚に前向きではないことも正直に話して、最終決断は彼女に任せることも約束した。
が、それを言えば親と姉に言われたので、と恵が言い出しかねないと思ったので、ぎりぎりまで黙っておくことにしたのだ。
「なんで私に言ってくれなかったんですか!?」
「言ったら来なくていいって言われると思ったから。どう?当たってるだろ」
「うっ・・・・・・で、でも、そのせいでうちの両親は多大な期待を抱いて・・・」
それはそうだろう。
自分でも、山尾医院と若先生の地元での人気と信頼ぶりは重々承知している。
年嵩の女性は診察に訪れるたび自分の娘か近しい身内を勧めて来るし、しょっちゅう恋人の有無を確認される。
まだ病院を継いだばかりですから、と上手く躱して来たが、それも今日までのようだ。
「期待して貰っていいじゃない。俺はそのつもりなんだし」
「先輩、それほんとにほんとに本気で言ってます!?結婚ですよ!?」
「うん。最初から本気で言ってる。俺が適当にプロポーズ出来るような性格じゃないことは、恵が一番よく分かってると思うけど?」
「わ、分かってますけど、相手は私ですよ!?」
「うん。他の人には言ってないからね。結婚して良かったって思って貰えるように、いい夫になれるようにこれから頑張るよ」
身近に居る円満夫婦を二組思い浮かべて、何かあった時、まず時相談するのは井上夫妻だなと記憶する。
華南とガンは幼馴染の延長で結婚しているので、参考にならないことの方が多いのだ。
その点、あの早苗を妻に迎えて、二児の母親にまで成長させた井上颯太の手腕には、期待しかない。
子供たちにも人気の先生でマイホームパパでもある彼には、山尾にない要素が沢山ある。
「・・・・・・」
精一杯誠実な気持ちを伝えたつもりだったけれど、どうやら恵はお気に召さなかったようだ。
予想外の胡乱な眼差しを向けられてたじろいでしまう。
「早速不満があるみたいだけど、聞こうか?」
「それ以上武器持ってどうするつもりですか先輩・・・・・・むしろ、いい奥さんになれるように努力が必要なのは私のほうかと・・・・・・」
恵が拗ねたように零した一言に、山尾は思わず笑み崩れる。
「奥さんになってくれるつもりあるんだ。良かったよ」
「え!?いや、だって・・・・・・」
そこを突っ込まれるとは思っていなかったのだろう恵が目を白黒させている。
「恵が結婚してくれるなら、それで十分だから」
「・・・・・・お姉ちゃんから押し付けられた・・・とかじゃ」
「あるわけないよ」
「・・・・・・私でも、先輩の奥さん務まります・・・・・・?」
「むしろほかになり手がいないよね?」
「またそういう事を言う・・・・・・」
「もうやめない?このやりとり。どうせ堂々巡りだよ」
「・・・・・・たしかに」
「それより、恵は、俺が結婚相手でいいの?」
肝心なのはそこである。
用意していた強硬手段は、玲子によって使う必要が無くなってしまった。
あとは、彼女の心次第。
「・・・・・・先輩以上の人っています・・・・・・?」
息を吐いた恵が、ようやく笑ってこちらを見つめ返してくれた。
重ねた視線の先から伝わって来るのは、安堵と、ほのかな愛情。
これを途切れさせないように、ゆっくりと大切に育てていく事が、夫としての最初の使命のようだ。
「うん、いないよ・・・・・・って、ことにしておく」
そっと手を差し出せば、恵がゆっくりと山尾の手のひらを握り返した。
目を伏せて照れたように笑った彼女の額にキスを一つ。
「じゃあ、今日からはもうおかえり、でいい?」
「ええっと・・・そのあたりの事も、色々相談したくって・・・」
相変わらず遠慮気味な恵の手を引いて、リビングへと向かいかけて、立ち止まった。
「それも全部ちゃんと聞くけど、ごめん。まずは家の片づけから始めていい?」
開けっ放しのドアの向こうを指させば、恵が笑って、喜んでと答えた。
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