第21話 Sturgeon Moon-2

「俺そんなに恵の前でいい格好してないと思うけどな」


「先輩普通にしてても人気ありましたからね」


定例会で生徒会の山尾たちが注目されるたび、朝長と愛果に視線が向けられるたび、緩む頬を抑えきれなかった恵である。


彼らを最初に見つけて物語を描いたという自負があったのだ。


「でも、恵は全然俺に興味なかったじゃない」


これまた高そうな九谷焼の平皿に鶏のピカタと唐揚げとレンコンのはさみ揚げを乗せた山尾が、ソファの隣に腰を下ろした。


信楽焼の器に盛られた大根の煮物からいい匂いが漂ってくる。


自分で好きに作ってと渡されたソーダ水と、テレビボードの隣の棚に並んだボトルを適当に見繕って差し出されたウィスキーで、ハイボールを作る。


恵がハイボールを用意した後で、山尾がビールを開けた。


「いや、人並みにはありましたけど」


「俺より気になってる子いたよね。クラスメイト?」


「え!?気づいてたんですか!?」


朝長と愛果を暇さえあれば観察していたことを見抜かれていたなんて驚きである。


「定例会のたびにソワソワしてたから、なんとなく」


「ああ・・・ええ・・・まあ」


定例会という名のパラダイスは、恵にとっては次のストーリーを考えるための大切な企画会議のようなものだった。


山尾からの会計報告を受けて、朝長と愛果が顔を寄せ合って何かを確認しあうたびに妄想が膨らんで、行事に向けた質疑応答で朝長と山尾が声を交わすたび、勝手に見えない火花を想像してハラハラドキドキしていた。


自分とは別次元で生きる彼らのキラキラしい学園生活を思い描く事で、パッとしない自分の青春に花を添えていたのだ。


「恵と、そういう話した事無かったから、この間のあれは、かなりいきなり過ぎたと、思う。ごめん」


唐突に切り出された謝罪に、きゅうっと胃が痛くなった。


「いえ、私が余計なお節介をしたので・・・・・・黙っとけばよかったですね。すみません・・・先輩が動揺して口走ったあれは、もうあの、忘れましたから・・・スマホもたぶん明日には元に・・・」


こうして仕切り直しが出来たなら、スマホの電源をオフにし続ける理由も無くなる。


察しの良い山尾のことなので、恵の気持ちはお見通しだろうからこれ以上不用意な発言はしないほうがよい。


お互いいい大人なんだから、うっかり酔っぱらって馬鹿なことを言ってしまうことだってあるのだ。


玲子はそう簡単に山尾は酔わないと言い切ったけれど、あの話題を受けて胸の痛みが甦って来て一気に酔いが回った可能性だって大いにある。


けれど、ビール缶を傾けていた山尾は、それをテーブルに戻すと、頷くどころか首を横に振った。


「動揺はしたけど、それは恵がいつまでも俺が昔の恋愛を引き摺ってると思ってたことに対してだよ・・・もう何年経ったと思ってるの・・・さすがに俺も忘れるよ。あと、あの時言ったことは、そりゃあ、勢いもあったけど、適当な思い付きじゃないから」


「はい・・・それなら・・・うん・・・良かったです」


彼があの言葉に傷ついていないなら何よりだけれど、適当な思い付きじゃなくて内に秘めていたことをうっかり恵に零してしまったというなら、そちらの方が問題のような気がする。


彼は、やっぱりあの人との将来をずっと心のどこかで考えていたんだろう。


が、それは恵が踏み込んで良い場所ではない。


一つ頷いて飲み込んだ恵の隣から、山尾がこちらを覗き込んで来る。


「で、俺と結婚してくれるの?」


「・・・・・・・・・先輩、もう酔ったんですか?」


「ビール二口じゃ酔わないよ。いつも飲む量知ってるだろ?」


真顔で帰されていよいよ頭が痛くなってくる。


何を思って彼は恵にプロポーズしてくるのか。


「・・・・・・・・・・・・ええっと・・・あの、私たち、付き合ってませんよね?そういう雰囲気になったこともありませんよね?先輩と後輩でしたよね?」


どれだけ記憶を紐解いて見ても、二人はいつだって先輩と後輩で、それ以上でもそれ以下でもなかった。


たまたま近所に住んでいて、たまたまお互い独り身で、時間を持て余した時に和来屋わらいやで一緒にお酒を飲むだけの、飲み友達だったはずだ。


「んー・・・いまは、そうだね」


「なにかのっぴきならない事情でもあるんですか?」


「え、そこは、俺が恵と結婚したいから言い出してるとは考えてくれないんだ?」


「だって、山尾先輩と私が結婚って、おかしくありません!?」


「どのあたりが?」


「脇役以下のモブはいきなりサブヒロインにはなれないんですよ」


至極真剣に山尾に告げれば、瞬きをした彼が、小説に例えないでよと息を吐いた。


だってどう考えたっておかしいのだ。


ヒロインが年上の魅力に惹かれるならまだしも、名前すらついていないクラスメイトその一が、どうしていきなりヒーローの相手役に抜擢されるのだ。


「そろそろ結婚したいなと思って、相手は恵がいいなと思ったから言ってるんだけど」


「・・・・・・先輩、なにか悩みがあるんでしょう?ちゃんと相談に乗りますから、馬鹿なこと言わないでくださいよ。こんな簡単に一生を決めちゃいけませんよ、私なんかで」


地元で大人気の若先生を誑かしたなんて噂が出回ったら大変なことになる。


ここは一刻も早く目を覚まして貰わなくてはならない。


こうなったらやっぱり絵になる愛果を勧めてみようかと思い始めた恵の耳たぶに、熱が走った。


甘噛みされたと気づいた時には、珍しく不機嫌そうな山尾の声が耳元に落ちた。


「その言い方は腹が立つな」

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