第22話 Harvest Moon-1
高校時代は勿論のこと、卒業して医師免許を取得して、忙しい勤務医生活を送っていた頃も、父親の跡を継いで開業医になってからも、彼は恵の前ではいつだって温厚で思慮深い紳士的な人だった。
年齢よりもずっと大人びて落ち着いていた彼は、生徒会役員たちとはしゃいだり大騒ぎすることはまずなくて、けれど、生徒会室で繰り広げられる雑談に急に鋭い突っ込みを入れたりする意外な一面もあって、ちゃんと生徒会室で自分の居場所を作っている人だった。
自分の描くキャラクターのモデルにしたいと思ったきっかけは、見た目と雰囲気。
朝長が絵に描いたような爽やかスポーツマンタイプだったので、文系のキャラクターの方が面白いだろうと、身近にいる様々な人たちを観察し始めたことがきっかけで山尾をモデルに選んだわけだが、多少の色眼鏡で彼を見つめ続けた学生時代も、それ以降も、山尾は恵の期待を裏切ったことは一度もなかった。
恵は見たことがない山尾医院の前院長の誠実で親しみやすい性格をそのまま受け継いで、急な往診依頼にも柔軟に対応する若先生への地元住民からの信頼は増すばかり。
誰に尋ねても彼への批判はまず出てこない。
立ち回りの上手さもあるが、それ以上に山尾が穏やかで優しい男だからだ。
けれど、ここに来て初めて恵は山尾宗介という男への見識を改めることになった。
実際の彼は、温厚で思慮深い・・・策士かもしれない。
・・・・・・・・・・
「糸こんにゃくのピリ辛炒め、恵好きだろ?あと、こっちの小松菜のお浸しと、厚揚げのあんかけも」
有田焼の鉢に盛られた総菜各種をずいっと恵の前に押し出して、山尾が召し上がれと柔和な笑顔を向けて来る。
もう値段を気にすることは諦めたそれらに箸を伸ばしつつ、繊細な模様の琉球ガラスのグラスに作ったハイボールを横目に眺めて、恵は頂きます、と返した。
「これ、好きって私言いました?」
二人で飲みに行くのは決まって
居酒屋定番の揚げ物やサラダ、焼き鳥がメインのお店なのだ。
前回これを口にしたのは、と記憶を遡り始めた恵に向かって、先に山尾が回答を口にした。
「前に来た時よく食べてたから、幼馴染に頼んで作って貰った。俺最近全然料理してないし、どうせなら美味しいもの食べて欲しいから。味は間違いないよ。俺が保証する」
「ええええ・・・なんか申し訳ないです」
どの料理にも満遍なく箸を伸ばしていたつもりだったのだが、恵が好きな総菜を山尾はきちんと見抜いていた。
加えて、ビールを飲まない恵のために、飲み比べ用にとシングルモルトが何本か追加購入されていた時にはかなりぐらっと来たが、踏ん張った。
宣戦布告以降の山尾は、本当にどこまでも抜け目がない。
温厚で誠実なだけでは医者にはなれないのだろう、たぶん。
「いいんじゃない?早苗も、早苗のおばさんも作り甲斐があるって喜んでたよ。何でも大量に作る家だからさ。俺が作るってなると、処分した調味料揃え直すの面倒だし、恵の好みの味になるか分からないから」
山尾の両親が小豆島に移住した際に、料理好きの母親が殆どの調理器具や調味料を持って出ており、残っていたものも、キッチンに立たない自分には必要ないと早々に処分してしまったと以前聞かされていた。
それを知っているからこそ、彼の幼馴染や、山尾医院に長年お世話になっている地元住民たちがしょっちゅう差し入れを持ってきてくれるのだろうけれど、それはあくまで山尾自身への差し入れであって、恵に向けたものではない。
堂々とおよばれして、その上わざわざ恵用に作って貰ったという好物に遠慮なく箸を付けている自分はいったいなんなのか。
「え、先輩料理するつもりあるんですか?」
「時間と余裕が出来たらそのうちね。俺の手料理食べたくない?」
「え?ああ、うん、それは・・・」
ちょっと、いや、かなり興味あがる。
山尾が作る料理は、きっと正しい手順で丁寧に作られた美味しいご飯になるんだろう。
食べる前から信頼がおける相手である。
父親が地方の学会に出席する時は母親も一緒に出掛けることが常だったので、一人息子の彼は最低限の家事は自分でこなせる。
凝ったものは作れないと零しているが、明らかに家事スキルは恵よりも上だろう。
思わず話の流れでこくんと頷きかけて、いやいやこの前もこのパターンだったと慌てて緩んだ思考を引き締めた。
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